エグゼの役割
鍛冶場に着いた二人は、精霊石を前に暗い面持ちで話をしていた。
「なぜだ。なぜあんな無茶な条件を、ソウマに突き付けた!」
珍しく怒りを露わにするエグゼに、ティアラは向き直ることもせず、話を続ける。
「もし、この国を救いたいのなら」
その大きな一つ瞳に、憂いをたたえながら。
「絶対のカリスマとチカラを兼ね備え、どんな逆境にも負けない、正に『救世主』が必要なんだよ、エグゼ」
と言った。
「特に、お前が負けたからな」
鋭い視線をエグゼに向ける。
若き英雄。
最強の魔法騎士の頂点に君臨する、軍神。
神話に謳われる、精霊王と契約した、救世主。
当時、この国の人々は思いつく限りの賞賛を、エグゼに送っていた。
「お前に実感はないかもしれないが、そこに寄せられる信頼は、神に送る祈りにも等しい、といっても過言ではないくらいだった」
エグゼはなにも言えなかった。
いや、口を挟めなかった。
代わりに、血がにじむ程、歯を食いしばる。
「この国に生きるものが、どれほどの絶望を味わったかわかるか? 正に地獄だよ自分たちが信じてやまなかったものが、あっさりと根幹から無くなったんだからな」
だからこそ。
くるり、とエグゼに向き直った、たたらの瞳は、意外にも、怒りや失望ではなく、後悔と悲しみに満ちていた。
「だからこそ、私たち国民も甘えていた部分はある。あまりに優秀な国や人材に負ぶさり、自分たちが窮地に、立たされた時に、これほど、なにもできないとはな」
このシスカの町でも、最古参の一人であるだろうたたらは、その時にどのような戦いをしていたのか。
「だからこそ、今回は私たちも戦わなければならない。
これは、ジハード(聖戦)でもレコンキスタ(再征服)でもあってはならない。今までにない新たな世界を作る、神話の如きジェネシス(創世記)であるべきなんだ。
そのためにトップに求められるものは、生半可なものではない。
たとえどのような状況下に置かれても、絶対に折れぬ神剣のような意思力と、世界の人々が諦めるような逆境を覆す程の能力と、それすらも希望に変えられるような存在力がなければいけないんだ」
「……。それが、ソウマなのか?」
「いや。ソウマ自身も気づいているだろうが、その役目はソウマたりえない。なぜならこの戦いは、エルミナ大陸に住む生き物の戦いだからだ。
ソウマが救世主だったのは、ソウマの国が救われるまでだ。ここから先は違う」
「なら、誰がっ!」
本当は、わかっている。
たたらに聞かずとも、その役目を誰が負うべきなのか。
しかし。無理だ。
あの時の、あの絶望。
あの時の、あの屈辱。
あの時の、あの怒り。
あの時の、あの悲しみ。
死すら生ぬるい程の罪を、あの時に負ったのだ。
せめてミハエルに一矢報い、その後はどうでもいい。
この国を救えなかった自分などに、平和になった国で、暮らす価値などない。
しかし。
たたらの口は、一番聞きたくない言葉を発する。
「エグゼ。お前だよ。絶望と混沌の淵に立たされ、神から見放されたこの世界を救うのは。
お前以外の何物にも代わることはできない」
「無理だ! 僕は精一杯やった! あらゆる手を尽くして、最善の策をとって、万全の体制で戦ったんだっ! ……でも、負けた」
手も足も出なかった。完膚なきまでに叩きのめされた。尊敬するものを失い。信頼する者を奪われ。
「愛する者を蹂躙される! この気持ちがわかるかっ!?」
エグゼの瞳に浮かぶのは、侮辱された怒りではない。
明らかな恐怖だった。
「怖いんだよ……。戦うのが。また、あの無明の中に立たされたら、僕は今度こそ、この魂ごと、再起不能になる。
みんなの希望の眼差しが。
みんなの期待の言葉が。
今、なんの力も持たない僕は、怖いんだ……」
「だからこそ、剣が必要なんだろう。『勇気』という名の剣が。私が作るよ。決して折れることのない、最強の剣を。
この火之本”バレンシア”たたら、の名にかけて」
その名を名乗るのは、何百年振りか。
たたらの長い人生の中でも、片手で数えられるほどしかしたことのない命をかけた戦いでしか、名乗らなかった真名。
その意味は、勇気。だ。
「たたら……」
「なにも、お前一人にその重責を負わそうとは思っていない。お前が戦うのなら、私も共に行こう。
それに……」
チラリ、と先ほどまで、2人がいた部屋を見る。
「私が作る剣にも劣らない、素晴らしい相棒がいるじゃないか。それを見極めるための、難題だ。
しかも、この程度の課題、クリアできなければ、ミハエルを倒すなど、夢のまた夢だしな」
あいつは気にくわんがな、と付け加え、たたらは深呼吸をすると、エグゼを見据えた。
言葉を発することなく、返答を求める。
痛いほどの沈黙の中、間伸びした時間だけが過ぎていく。
「たたら……。僕は」
「ふぅ。最近騒がしいな。静かに好きな武具を作って、ゆっくり隠居したいんだがな」
そういってたたらは、声の方へと歩いて行く。
エクゼも、答えを探しながら、その後へと続くのだった。




