最悪のシナリオ
「がはっ!」
腹を抑え血反吐をはくエグゼ。傷薬や強壮剤を使ってもこれほど深い傷は治せない。
「え、えぐぜ……」
人の死にゆく様を見慣れていないアーニャには酷な光景だろう。
エグゼは自身のカバンを探ると、淡く光る液体を取り出した。
「こ、これを傷口に……」
「こんなの傷にかけてどうなるのよ!?」
「いいから、早く」
エグゼの懇願に、アーニャはその瓶を手に取ると中の液体をエグゼの傷口に振りかけた。「!」
アーニャは自分の目を疑った。エグゼの傷が、見る間に治っていくのだ。それこそ魔法のように。
「これは」
アーニャはまじまじとその液体を見つめると、ようやくその正体がわかった。この液体は妖精の体液だ。
「っはぁ、はぁ」
大きく息を吸ったエグゼはなんと持ち直した。魔法のように傷を癒すことができる奇跡の液体だが、あれほどの致命傷を完全に治すことはできなかったようだ。
だが、死は免れた。
「アーニャ、頼みがある」
未だ激痛が走る体を引きずりながら立ち上がると、エグゼはソウマ達のところに戻ろうとする。
「その体じゃ無理だよ!」
アーニャがそれを制した。だが、エグゼの決意は固かった。
「もしかしたらノームを助けられるかもしれない」
ノームと造魔がつながっている結合部分。そこだけを綺麗に切り離すことが出来ればノームを助けることが可能なはずだ。
そしてノームの魂を見ることが出来るのはアーニャだけ。
エグゼはそこに一縷の望みを懸けていた。
「でも魂に干渉することなんて……」
魔法力が消えうせた今、魂に刃を入れることが出来ることなど、ソウマにすらできない。
「その方法なら。ある!」
エグゼの手には一振りの剣が握られていた。
先ほど買った剣ではない。今にも朽ちそうなボロボロの剣。『大いなる精霊王の剣』だった。
「もともと精霊と僕の魂に干渉するために作られた剣だ。できない訳がない」
「わかった」
アーニャも覚悟を決めた。
ノームの魂の繋ぎ目を見る。それはアーニャ自身もノームの攻撃範囲に入るということだ。
「行こう」
エグゼに肩を貸しながらアーニャが歩き始める。
すると、山の方から轟音が鳴り響く。
「崖崩れ……」
崖崩れなどと生易しいものではなかった。
山崩れ。
山頂が崩れ圧倒的な質量を伴いながら高速で襲い来る。このままでは坑道どころか麓のスミカの村をも飲み込むだろう。
これはもう攻撃などという範囲の魔法ではない。天災だ。
しかもこれほどの魔法力を使ってしまっては、ノームの魂の力も消え完全に消滅するだろう。
山崩れですべてが押し流され、ノームという守護神が消えてここ一体の大地が死滅する。
最悪のシナリオだった。
「急ごう」
エグゼは抜けていく力をつなぎとめるように歯を食いしばってソウマの元に急いだ。




