ジェネリック
皇「おい、杏子、いるか!」
瀬能「・・・」
皇「勝手にあがるぞ・・・・・・・・あ、いた。お前、寝てんなよ」
瀬能「・・・あのぉ、自分の家で寝ているのに文句を言われる筋合いはないと思いますけど。」
皇「ほら、お前の好きな、釜揚げシラス、持って来てやったんだ。感謝しろよ?」
瀬能「ああ、どうも。ご親切に。・・・ありがたく頂戴します。」
皇「お前、米、どこだ?米?・・・米、どこだよ?」
瀬能「米?・・・・たぶん、お勝手に。適当に探して下さい。あると思います。ご飯が炊きあがった頃、また、起こして下さい。」
皇「お前なぁ。自堕落にも程があるぞ。・・・勝手に探すぞ?いいな」
瀬能「・・・・・・おまかせします」
皇「そういえば、さっき、駅前で、お前にそっくりな奴、見たんだよ。」
瀬能「・・・ドッペルゲンガーじゃないですか?」
皇「じゃあ、お前、死ぬじゃん。違うんだよ、バカ! ドッペルゲンガーじゃなくて、そっくりな奴ぅ!」
瀬能「それって、他人の空似って話じゃないですか。世の中、そっくりさんが3人いるって言いますから、おかしな話じゃないですよ。」
皇「そうなんだけどさ。お前みたいに、しわっしわのワンピース着て、頭が重そうな黒いボブでさ。猫背で。まぁとにかくお前だと思うじゃん? そんな格好している奴、お前くらいだろ?」
瀬能「・・・・ネクラな女はもれなく、似たようなモンですよ」
皇「お前、ホントに女を敵に回すの好きだよな。・・・・・・それで、声かけようと思って、ほら、釜揚げシラス、持ってきたやったからさ。顔、見たら、違う女でさ。」
瀬能「はぁ。」
皇「はぁじゃないよ、危うく、違う女に声かけるところだったんだよ。」
瀬能「・・・声、かけてみれば良かったじゃないですか? あながち、私だったかも知れませんよ?」
皇「お前ほど目鼻立ちが、はっきりしてなくて、ボヤってした感じだったんだ。いかにも東洋人っぽい顔でさ。」
瀬能「ああ私、どっちかと言うと西洋人寄りですものね。よく美人だって言われますし。」
皇「お前、言ってて、恥ずかしくないのか?」
瀬能「別に・・・・・事実ですし。」
皇「どっからその自信が出てくんだよ? 頭ン中、パンプキンでも詰まってんのか?」
瀬能「あ!・・・・あ、パンプキンパイも食べたいですぅ。」
皇「米、ねぇぞ、米!・・・・・パンプキン頭のお前みたいのが二人も三人もいたら、こっちが傍迷惑だ。」
瀬能「またまた冗談が面白いんだから、瑠思亜は。」
瀬能「そう言えば、・・・・・役所の人に、瀬能さんを見たって言われました。もしかしたら、瑠思亜が見たドッペルゲンガーと同じかも知れませんね。」
皇「そっくりさんだって言ってるだろ。」
瀬能「私、その時間、外を出歩いていなかったので不思議だなぁとは思っていたんです。」
皇「お前、昼間、寝てるもんな。」
瀬能「ええ。その通りなんです。寝てる時間に、駅前を歩いている訳ないじゃないですか。それにしても、私の真似をして、どういう意図があるんでしょうか。」
皇「お前の真似なんかするバカいるかよ。似てる奴がいるって話だろ。」
瀬能「どっちにしても、あまり気分の良い話ではありません。」
皇「まぁ。・・・だらしないカッコしている女は一定数いるからな。」
瀬能「その、だらしないの母数に、私も入っているんですか?」
皇「お前は子数の方だ。お前さぁ、この家ん中、見てみろよ。・・・・だらしないを絵に描いたようなもんだろ。」
瀬能「私はだらしがないんじゃなくて、自然体なだけなんです。」
皇「最近、自然体とかさぁありのままとかさぁ、勘違い女の自己主張、多いよな。・・・・そんなん知らねぇって言う。」
瀬能「その通りなんですけど。」
皇「・・・・・その通りなんだけどさ。だと、してもだよ。お前みたいのが二人も三人もいて、たまるかよ、って話。」
瀬能「そうですか。私は困りませんけど。」
皇「お前は張本人だから困らないだろう?」
加賀「良かったですね、木崎さん。瀬多さん、家から出られて。」
木崎「そうだな。ま、ようやく、支援が実を結んだって感じだよな。これからだよ、これから。」
加賀「まずは、家から出る。家から出られるってだけで、進歩ですよ。」
木崎「外に出られる時間を増やしていければな。・・・・・積極的に、自治会とかの、なんでもいいんだけど、生涯学習に参加して、生活再建に繋げて欲しいよな。」
加賀「瀬多さんって、話してみれば、いい子なんですよねぇ。」
木崎「いい子?」
加賀「いい子って言っちゃダメなんでしょうけど、話してみると、話が通じないタイプの人じゃないって言うか、それなりにちゃんと将来の事も考えているっていうか。ううぅううん。」
木崎「とっかかりって言うのかな、今は人と接するのが苦手みたいだけど、まぁ。ゆっくり、膝をつきあわせて、瀬多さんのペースで話をすれば、話が通じない感じじゃないからな。」
加賀「それ、です。それ。僕が言いたいのは。」
木崎「一時は、瀬能さん二号になるんじゃないかって心配だったけど、マジメな子で良かったよ。マジメ過ぎたんだろうな。」
加賀「分かります。・・・・瀬能さんの垢を飲ませてやりたいって言うか、逆ですね。瀬能さんは、少しは瀬多さんを見習った方がいいですよ。あの人、自由過ぎるから。」
木崎「あとは、もうすこし、身なりをちゃんとしていければ、社会復帰も夢じゃないな。」
加賀「ああ。そうですね。外に出られたのはいいですけど、もう少し、瀬多さんも、他の人の目を気にする余裕が出来ればいいですよね。」
木崎「俺さ、瀬能さんが町で歩いている!って思って、声をかけようとしたらさ、瀬多さんでさ。驚いちゃったよ。・・・・・瀬能さん二号にさせない為に支援をしていかないとな。」
加賀「まったくです。」
おばあちゃん「ああ、杏子ちゃん、この前はありがとうねぇ」
瀬能「ああ、こんにちは。ん? どうかしましたか?」
おばあちゃん「ほら、この前、信号で渡り切れなくて、途中で、ひっかかっちゃった時、杏子ちゃん、助けてくれたじゃない? いやぁん、助かったわぁ。」
瀬能「んん? そんな事ありましたっけ?」
おばあちゃん「やだよぉ、この子はぁ。 ねぇ? おほほほほほほほほほほほほほ」
瀬能「あは あはははは あははははははははは・・・・・そんな事、ありましたっけ?」
ママ「あ、瀬能さん。」
瀬能「ああ、どうも。こんにちは。」
ママ「先日は、バスで子供に席を譲っていただいて、ありがとうございました。ほんと、ぐずっちゃって仕方がなかったんですけど、助かりました。」
瀬能「ええ?ええ? あ、ああ。あ、はい。どうも。」
おじさん「おお、杏子ちゃん! この前、助かったよ、朝のゴミ拾い、メンバーが集まらなくてさぁ」
瀬能「え、ああ。こんにちは。」
おじさん「いやぁ、杏子ちゃんが参加してくれて、なんとかなったし、マジメにゴミ拾いしてくれるの、杏子ちゃんくらいだしさぁ。他の人も、見習って欲しいよなぁ。なぁ?」
瀬能「は? ああ、ええ。・・・・そうですよね。」
おじさん「また頼むよ。なぁ、はははははははっははははははははは」
瀬能「あ、あは、あははははは あははははははははは」
警官「ああ、瀬能さん。先日はどうも。」
瀬能「はい? あ、こんにちは。」
警官「先日、小学校の旗振り、ごくろうさまでした。・・・・なかなか、ご父兄の方もやってくれる人が難しくて。いやぁ助かりました。」
瀬能「ええ。あ、はい。いえいえ。」
警官「お子さんもいらっしゃらないのに、あ、それは失言でした。・・・・また、お願いする事もあると思うんですけど。」
瀬能「あ、そうですね。その時は、是非。あはははははははは あははははははははははは」
警官「子供たちも喜びますんでね。頼みますね。」
子供「あ、杏子ちゃん!この前は宿題みてくれて、ありがとうねぇ!」
瀬能「・・・・・あはははははは、どういたしまして?」
瀬能「おかしい。おかしいです。」
皇「ん?お前の顔か?」
瀬能「それはちっともおかしくないです。むしろ絶好調です。」
皇「あ、そうか。じゃあいいじゃん。」
瀬能「ちがいます。ちがいます。そうじゃないんです。おかしな事が起きているんです。この町で。」
皇「なんだよ、おかしな事って。」
瀬能「私の知らない所で、私が親切な事をしているんです。」
皇「ん?」
瀬能「だから、私が知らない所で、私が町の人に、親切な事をしているんです。」
皇「夢だろ?」
瀬能「いやいやいやいやいやいや。いや、夢じゃないんですよ、知らない人が、お礼を言ってくるんです! 私、まるで覚えがありません、きっと、私が寝ているうちに、何かをしでかしているんです!」
皇「夢遊病とか?そういう事か?」
瀬能「はい、きっと、そうだと思います。私が寝ている間に、無意識に、きっと、町を出歩いて」
皇「冗談は顔だけにしておけよ。」
瀬能「じゃあ、じゃあなかったら、ドッペルゲンガーですよ、ドッペルゲンガーの仕業ですよ! ドッペルゲンガーじゃなかったら、ジキルとハイドですよ! 私に誰かが薬を盛って、ハイド氏になっちゃってるんですよぉおお!」
皇「ううぅん、2Pカラーじゃないのか?」
瀬能「2Pカラー?」
皇「ニセ瀬能杏子だな。ニセ仮面ライダーとか、ニセセーラームーンとか、ニセモノはよく出てくる。だいたいツリ目で、色はブラックか紫で、オッパイが大きかったり、コスチュームが際どかったりするんだよなぁ。」
瀬能「オッパイが大きいのは、営業妨害以外の何ものでもありません。」
皇「私が思うに、本来、ヒーローのニセモノは、いい事の逆の事をするだろ?あえて悪い事をしてそのヒーローの評判を落とす作戦だ。だが、お前の場合、普段の素行が悪いから、ニセモノが逆の事を行うと、親切な事になってしまうんだ。お前の評判を悪くするために。」
瀬能「・・・・・どういう事ですか?」
皇「いや、わかんね。ごめん。テキトーな事、言った。」
瀬能「普段、素行が悪いって?」
皇「お前、普段、素行、悪いじゃねぇか。・・・・だから、逆な事すると、親切な事になるだろ?」
瀬能「親切な事をすると私の評判が悪くなるんですか?」
皇「お前が親切な事すると、みんなが迷惑なんだよぉおおおおおおお!」
瀬能「おかしいでしょおおおおおおおおおおおおお?」
皇「普段からおかしい奴が何、言ってんだよおおおおおおおおおおおおおおおお?」
瀬能「その通り過ぎて、何も言い返せませぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええん!」
皇「・・・・で、誰なんだろうな。本当にドッペルゲンガーかもな。」
瀬能「ちょっと、気味悪いんですけど。」
加賀「ああ、木崎さん、おはようございます。これ、いります?」
木崎「ああ、おはようさん。なんだよ?」
加賀「ここ来る途中で、市民会館の前、歩いてたんですけど、ばったり瀬多さんに会いまして、貰っちゃったんです。どうぞ。」
木崎「おお、サンキュー。」
加賀「朝から不燃物の回収ですって。瀬多さん、がんばってますね。」
木崎「不燃物の回収と、リポDと何の関係があるんだよ?」
加賀「それはよく知りませんけど、自治会の人に貰ったけど、飲まないからって。・・・・いい子ですよね。」
木崎「自分で飲めばいいのにな。あれだろ?扇風機とか、電子レンジとか、そういうアレだろ。あれ、重たいものとかあるから疲れるんだよな。ゴミ捨て係りが、荷物増やして帰ってくるのもアレだから、お前にくれたんだろ?」
加賀「ゴミじゃないですよ、リポDですよ。まぁ飲んだら空き瓶、出ちゃいますけど。」
皇「お前ん家に来る途中で、また、お前に似た奴に会ってさぁ」
瀬能「ドッペルゲン子ですか?」
皇「どんな奴だよ、ドッペルゲン子って」
瀬能「私のニセモノだから、ドッペルゲン子ですよ。」
皇「まぁそんで、話してみたら、凄くいい奴でさぁ、」
瀬能「瑠思亜! あなた、話したんですか? ドッペルゲン子と!」
皇「なんかアレらしいぞ」
瀬能「アレって何ですか?アレって」
皇「ここら辺に越してきたばかりで友達もいないし、引き籠もりがちらしくてさぁ。まぁ、ちょっとでもぉ?近所の人に馴染めるようにやってるんだってさ。」
瀬能「へぇ。」
皇「お前、関心ねぇのかよ?」
瀬能「・・・・正直、他人の身の上ほど、興味ない物はありませんので。」
皇「だから、お前、友達いねぇんだよ!」
瀬能「それとこれとは関係ないじゃないですか。」
皇「瀬多って言うんだけどさ、その子。あんまり良い子だったから、ブタの味噌漬け、あげちゃった。」
瀬能「へぇ、はぁ、そうなんですか。」
皇「だから、お前の分はないぞ?」
瀬能「はぁぁぁぁぁぁあああ!それは、ちょっと、話が違くないですか?」
皇「なんだよ? 別に私がお前にお土産を持ってくるとは限らないだろ?」
瀬能「だったら言わなくてもいい話じゃないですか。貰えないなら、最初からそれ、言わなくていいじゃないですか! 貰える物、貰えないと、損した気分になるじゃないですか!」
皇「ん?あ、そうだな。悪かった。また、今度、おごってやるよ。でも、瀬多は良い奴だったぞ?」
瀬能「だから知りませんよ? ああ、もう、食べ損ねた!ドッペルゲン子の所為でぇええええ!」
皇「まぁそういうな。代わりに、豚生姜、作ってやる。」
瀬能「いやぁぁぁぁぁああああ、だから、瑠思亜の事、好きなんですぅぅぅぅううううううううううう!」
皇「お前、ホント、現金だな・・・・」
加賀「木崎さん、お疲れ様です。」
木崎「おお、お疲れ。」
加賀「午前中、定期訪問で瀬多さんの家、行ってきました。彼女、順調ですね。このまま社会復帰の道も、遠くなさそうです。」
木崎「そうか。瀬多さん自身のがんばりもあるだろうけどな。」
加賀「外出する機会も増えてきて、がんばって就労に漕ぎつきたいと本人も言ってました。いやぁ、とても前向きで、こちらも支援のやりがいがありますねぇ。」
木崎「そうだな。」
加賀「それに引き換え、・・・・瀬能さんはダメです。やる気がありません。あの人、どうにかしないと。どうにもなりませんけど。」
木崎「まぁ、そこはそこだからな。」
加賀「こっちのリソースを瀬多さんに割いた方が良いと思うんですよね。瀬能さんに割くだけ無駄と言うか。」
木崎「ああ。・・・・それはあるな。」
加賀「ですよね。一時的にしろ、リソースを瀬多さんに全振りしてみるのも手だと思うんです。それで瀬多さんが一気に、社会復帰できれば、それはそれで良い事なんじゃないかと思うんですけど。」
木崎「そうだな。リソース全振りはやり過ぎかも知れないが、瀬多さんが前向きに取り組んでいる事を考慮すれば、多めに割いてもいいと思うけど、俺は。」
加賀「ああ、やっぱり木崎さんに話してみるもんですね。」
木崎「予算も人員も限られている訳じゃん。良い機会に勝負に出るのも有りだとは思うって話だ。」
加賀「ありがとうございます、木崎さん。課長に詳しく相談してみます。」
木崎「おう、がんばれよ。」
瀬能「最近、家に誰も来ません。・・・・引き籠もりだから、別に、人が来なくても構いはしませんが、瑠思亜まで顔を出さないとか。」
皇「うわっ! 驚かすなよ!」
瀬能「今の子、誰ですか?」
皇「今の子? ああ、瀬多だよ。瀬多。」
瀬能「・・・・瀬多?」
皇「お前さぁ、用があるならちゃんと話かけろよ?驚くだろ。」
瀬能「いやだって、楽しそうに談笑しているのに、割って間に入るのも、失礼だと思いまして。」
皇「お前、そういう律儀な所はあるんだな・・・・」
瀬能「私と瑠思亜は知り合いですけど、もう一人の人、知らないので、知り合いの知り合いと、一緒の空間にいる程、苦痛なものはありませんよ?」
皇「お前はそうかも知れないけど、いい奴なんだよ、話してみればすぐ、仲良くなれるぜ?」
瀬能「いやぁ~、それはどうかと。」
皇「じゃ、私は帰るぜ?」
瀬能「え?もう帰っちゃうんですか? え?一緒にモス、していきましょうよ。」
皇「私はお前みたいに暇人じゃ、ねぇえんだよ。じゃ、な。」
瀬能「え?待って、待って下さい! 瑠思亜!瑠思亜ってばぁ!」
皇「・・・・うっせぇなぁ、モスチキンでも食え、ほら。」
瀬能「ん、が、んぐぅ」
加賀「あれ?木崎さん。風邪ですか?具合でも悪いんですか?」
木崎「ああ、まぁな。体調は良いんだけどさ、この前の健康診断の結果が悪くてな。」
加賀「それで、・・・・お薬を?」
木崎「バカ、胃薬だよ。胃薬。病院行ったら、気のせいとか言われちゃって、念の為、胃薬、出してもらったの。」
加賀「胃腸もバカにできませんからね。胃に穴が開いたら大変ですよ。ストレスでも開くって言うし。」
木崎「そうだな。まったく、医者も金、取ることしか考えてないし。もう、ジェネリック、ジェネリックだよ。ジェネリックしか買えないよ。」
加賀「あれ、選べるんですよね。本物がいいか、ジェネリックがいいか、」
木崎「俺、思うんだけどさ、あれ、選ぶ、意味、あるのかな? 俺達、薬の事なんか分かんねぇじゃん? 聞かれたところで、本物とジェネリックの薬の違いなんて分からねぇじゃん。だってあれ、成分は一緒な訳だろ?」
加賀「選択させられる意味が分からないですよね。成分、一緒なんだから、一緒でしょ?って話で。ただ、後発の方が、価格が安いんじゃなかったでしたっけ?」
木崎「安くなきゃ、後発の意味、ないしな。」
加賀「本物じゃなきゃ嫌だっていう人も一定数いるって聞きますよ? それはもう好き好きなんでしょうけど。」
木崎「俺はさぁ、そもそもなんだけど、同等の性能の、別の薬ってあるじゃん?」
加賀「ああ。ええ。頭痛薬だったらイヴとかルルとかケロリンとか、そういう類の?」
木崎「あれって目的は一緒じゃん?頭痛を治すっていう。その、成分が違ったりアプローチの仕方が違うだけで、目指している所は一緒じゃん?だから、同じ棚に並んでいるわけでさぁ。ジェネリックの前に、そっちを処方してもいいと思わない?」
加賀「処方する薬の、対抗馬。ライバルの薬。」
木崎「ジェネリックだけがライバルじゃないわけよ。ところがなんだ、選べるのは、その一個の薬と、後発のジェネリックだけ。おかしくない?」
加賀「・・・・いやらしい話、製薬会社の営業って、えげつないらしいですよ?医者と製薬会社はズブズブですし、このご時世でも、接待が半端ないとか。」
木崎「ブラックジャックによろしくで読んだのかな、忘れたけど、もしかしたら別のマンガかも知れないけど、医者になって一番最初に覚える事は、薬の名前って言うくらいだからな。医者と製薬会社がズブズブなのは当然だろう?」
加賀「飲みきれなくて、捨てられちゃう薬も多くて、それも問題視されていますしね。・・・薬代だって、その内訳の多くは税金ですしね。」
木崎「ズブズブでガバガバかぁ。俺もあやかりたいもんだな。」
皇「ジェネリック、ジェネリックって薬だけじゃないですからね。」
空知「瑠思亜ちゃん、この前、また?ドラマ。 ほら、あれ、健が出てたやつ。知らない女優が出ててさ、もう、若い女なんか顔、覚えてらんないわよ!」
皇「空知さん、健って言うんですね?」
空知「健は健でしょ? なに?電王とか言うの? 最近、お姉ちゃんの方が人気になって凄く嬉しいんだけど。」
皇「女優も歳を取りますから、いつまでも、若い子の役をやらせておけないんですよ。世代交代って奴です。いつの間にか、鈴木保奈美がお母さん、って事ですよ。」
空知「それにしたって、似たような若い女優ばっかりよね。・・・あたし、正直、見分けがつかないもの。」
皇「安心して下さい、空知さん。私も見分けがつきませんから。」
空知「良かったぁ、あたしだけオバサンじゃなくて・・・なんて言うと思う?」
皇「はい?」
空知「あのねぇ、瑠思亜ちゃんは、覚える気がないの?覚える気が。若い女優、覚える気、ないでしょ?そうでしょ?」
皇「・・・ああ、ええ。正直、言うと、はい。女優なんて別に、どうでもいいので、顔を覚える気はありませんねぇ。ぜんぶ似たか寄ったかですもん。」
空知「それがダメなのよ。それが。女優にはね、個性があるの。だから、キャスティングされてるのよ?」
皇「いやぁ、空知さんみたいな性善説の人、珍しく見ました。あんなの、みんな、枕でしょ?枕営業でしょ?」
空知「同じ顔に見えたって、がんばってるのよ、ほら、韓国のアイドルとか、私にはみんなクローンに見えるけど、違うじゃない? グループの違いも分からないけど、違うじゃない?」
皇「分からないのを分かろうとしている空知さんが偉いです。感心しました。」
空知「クローンっていうのかな、ジェネリックっていうのかな、顔も体もファッションも、みんな同じでしょ?成分がみんな一緒。」
皇「だったら、誰が演じても一緒って事になりませんか?」
空知「そう言っちゃおしまいだけど、ああいう芸能人の人達も、個性が出る前に、埋もれちゃうのよね。横一線、みんな同じジェネリックだから。」
皇「でも、ジェネリックで個性を出したら、ジェネリックの意味が無くなっちゃうと思うんですけど。プロデューサーとかは、成分一緒を望んでいる訳でしょ?」
空知「見えない所で差別化をはかっているのよ。アイドルも大変なのよ。」
加賀「・・・木崎さん。あの、瀬多さんの家に訪問したら、ご飯、ご馳走になっちゃいましてぇ。」
木崎「お前、瀬多さんにご飯、食わして貰ったのか?」
加賀「まぁ、平たく言うと。・・・残り物があるから、食べていかないか、なんて言われちゃいまして。それで、ご相伴に預からせて頂いたんですけどね。」
木崎「・・・まぁ。いいけど。・・・お前、あんまりお客さんに迷惑かけるなよ? 瀬多さん、お客さんだからな」
加賀「ええ。もちろんですよ。その辺はわきまえておりますから。」
木崎「なら、いいけど。」
加賀「木崎さんだって何だかんだ言って、瀬能さん家に入り浸っているじゃないですか? それこそ職権乱用、仕事の域を越えていませんか?」
木崎「・・・お前に言われたかぁねぇよ。瀬能さんは、特別なんだ。」
加賀「ほら、やっぱり、特別なんじゃないですか、別に課長には報告しませんから。」
木崎「加賀、そういう意味じゃねぇよ。あの人、他の職員じゃ対応できないから、代わりに俺が行ってやってるの。・・・そうでないと、社会復帰もクソも何も見込めねぇんだ、廃人だよ、廃人?廃人、放っておけるか?」
加賀「またそんな事、言っちゃって。・・・ま、そういう事にしておきましょう。事実、瀬能さん家、行きたくない職員、いっぱいですからね。・・・言っちゃ悪いですけど、僕も、行かなくて済むなら行きたくないですもの。」
木崎「そういう事言うから、お前、ダメなんだよ。言っておくが、俺は、客に対しては、平等だ。瀬能さんも瀬多さんも。」
加賀「木崎さん。・・・・あんまり瀬多さんに変な気、起こさないで下さいよ?仕事がやりづらくなりますから。」
木崎「それはこっちのセリフだ、バカ!」
おばちゃん「あら、瀬能さん、おはよう。」
瀬能「あ、どうも。おはようございます。・・・ゴミ出し、まだ、間に合いますよね?」
おばちゃん「大丈夫よ、まだ8時まで15分あるから。」
瀬能「ありがとうございます。では、私は、これで。」
おばちゃん「ねぇ、瀬能さん、昨日、一緒に歩いていた男の人、誰よ?」
瀬能「は?」
おばちゃん「わたし、見たのよ。昨日、ほら、スーパーの安売りの時間、スーパーの前で、男の人と手ぇ繋いで歩いてたじゃない? 誰よ、あれ、誰? 隠さなくってもいいじゃない? 誰よ、あれ?」
瀬能「え?・・・いや、私、その時間、家にいましたけど。・・・・スーパーに出かけたのは夜8時過ぎで・・・・」
おばちゃん「ほんと?ウソよぉ。あたし、見たんだからぁ。じゃあ、あれ、誰よ? 瀬能さんよ、瀬能さん以外にいないじゃない?そんな格好しているの。」
瀬能「そんな事、言われましても。私、その、夕方ですよね?まだ、家にいましたし。」
おばちゃん「ホント? 嘘ついてない? 若い男を隠してるんじゃないの?」
瀬能「いやぁ、別に、隠す必要もありませんし。」
おばちゃん「ま、そりゃそうよね。誰と誰が付き合っていても、別に、そうよね。いい歳だもね、瀬能さんも。結婚して子供がいてもおかしくないしねぇ。」
瀬能「・・・・ええ。その通りです。誰か養ってくれる人がいたら、おばちゃん、紹介して下さい。」
おばちゃん「え?瀬能さんを? ・・・・そうね。そうね。考えておくわ。」
瀬能「私、一人じゃ生きていけないんですぅ。お願いしますぅおばちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
おばちゃん「ほら、まず、瀬能さん。ちゃんとしてからよ。それからよ。男の人だって、ちゃんとしている人じゃないと、駄目よ?ねぇ?」
瀬能「心を入れ替えますからぁ。」(そんな気はいっさい、ありませんけどねぇ・・・・・・・・・)
木崎「ジェネリック、ジェネリック。・・・安易に乗り換えると、本質的な物を見失うぞ?
成分が一緒? 後発? それって、本質的には一緒なのか? 同じものなのか? ニセモノじゃないけど、本物でもない、極めて似て非なるもの。ジェネリック。
大量生産、大量廃棄、そういう時代だから、ジェネリックだって必要なのはわかる。
本物じゃなくてもいいんじゃない? 似ているもので代用すればいいんじゃない? オリジナルは高くて買えないけど、安くて同じ成分なら、そっちを買った方がお得でしょ? コストパフォーマンスがいいでしょ?
・・・・・・
本当に、そうなのか? それでいいのか? 大切な物を見失っていないか?」
瀬能「めっきり加賀さんが家に来なくなりました。家に来るのが加賀さんの仕事なのに。それは、私にとって、どうでもいい事なんですけど。
変なものに、魅入られていなければいいんですが。」
木崎「え? お前、それ、本気か?」
加賀「ええ。僕、瀬多さんと結婚します。」
木崎「お前、お客さんと結婚するって、あり得ないぞ?」
加賀「別にプライベートの事まで、職場にどうこう言われる筋合いはないと思うのですが。」
木崎「そんな事は当然、分かってるよ。ナースと患者が結婚する事もあるよ?警察官とドロボーが結婚する事もあるよ? 別に、お前が客とどうなろうが俺には関係ないよ? ただな加賀、客に手を出したんだぞ?それは事実だ。いくら純愛だとか何だとか言っても、周りの人間は、そういう目でお前を見るぞ? その覚悟があって、結婚するなら俺はいいよ?」
加賀「・・・確かにそういう意見があるのは承知の上です。なんなら、この仕事、辞めてもいいです。彼女が奇異の目で見られるなら、僕は、この仕事、辞めます。」
木崎「おかしな目で見られるのはお前の方だよ?瀬多さんじゃないからな?」
加賀「これから課長に報告に行きます。木崎さんにはお世話になったから、課長より先に報告しようと思って。」
木崎「加賀・・・考え直すつもりはないんだな?」
加賀「やめて下さい、僕は本気です。僕は彼女を愛しているんです。」
木崎「お前、安易にそういう言葉、使うんじゃないよぉ? 陳腐化するからな。」
木崎「彼女がどういう病気だったのか、症状っていうのかな、今となっては分からないけども、もしかしたらマトモな人間だったのかも知れない。
事実として、彼女は、たまたま町で見かけた一人の女、その女を真似してみたんだ。たぶん、気まぐれだったんだと思う。彼女にしてみても気まぐれだったんだ、最初は。
ところが、その女の真似をしてみたら、どんどん、どんどん、欲しい物が手に入るんだ。不思議と欲しかった物が手に入るんだ。
優しさだったり、思いやりだったり、気遣いだったり、これまでの人生で手に入らなかった孤独を埋めてくれるもの、親切にしてくれるもの、心だけじゃない、生活に必要な物や食べ物、衣食住、全てが手に入ってくるんだ。
欲しい物が手に入って、心が満たされたかも知れない。
だけど、彼女の心は、満たされれば満たされるほど、からからに干されていく。飢えて飢えて仕方がない。
満たされれば満たされるほど、人間の欲は、肥大化する。渇いて、渇いて、死にそうになる。
彼女は、その真似た女から、一切合切、奪っていった。何もかも残らずだ。でもまだ飢えて飢えて仕方がない。飢えに際限がないからだ。
もう、女を真似することなんて、どうでも良くなった。女から奪える物がなくなったからだ。
でも、彼女の飢えが収まる事はないだろう。満腹を知ったら、もっと、欲しくて堪らなくなる。それが飢えだ。
いずれ、他の者も喰らい尽くすだろう。喰らって喰らって何もなくなったら、他の所へ行き、また、喰らう。それの繰り返し。
飢えの前では、人間は無力だ。心の渇きとはそういうものだ。」
瀬能「選択できるんですよ? 本物がいいか? ジェネリックがいいか? 好きな方を選べばいいんです。
本物が好きな人は本物を。ジェネリックが好きな人はジェネリックを。それだけの話です。
ただ、どちらを選んでも、選んだ責任が発生します。・・・・ゆめゆめ選択を間違えない様になさって下さいね。
ねぇ、皆さん。ジェネリックは決して、本物ではないんですよ?」