表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水縹に咲く二ロトパラ  作者: 山野悠太
第2部 3章 『月蝕の夜』
96/133

3話<後編> 海の魔女

 深夜。腹部に圧迫感を感じ、私は目を覚ました。


 「むっ、シバリオブカネ…?」


  右腕を除く他の四肢が、動かない。力は入るものの、ある一定の角度までしか動かすことが出来ない。


  寝惚けた焦点の合わぬ瞳で、辺りを見渡す。私の体の上に、何者かが座っている。


 「誰…?」


  返事はない。


  段々と、ピントが合っていく。私の上にいるのは、ここ数ヶ月で仲良くなった、私の新しい友達。


 「アースラ?」


  私に跨っていたのは、他ならない、アースラだった。


  彼女は一糸たりとも衣服の名のつくものを纏っておらず、そのきめ細やかな素肌が、仄かな月光の元、妖しく輝いている。薄く肋骨の浮き出た肉付きの悪い肢体。ほっそりとした鎖骨。いつにも増して紅い双眸は、彼女をより妖艶で煽情的にさせている。


  よく見ると、私の体を拘束しているのは、彼女の太腿から先の触手であることに気がついた。その姿は不気味というよりは艶やかで、触腕のひんやりとした質感は、堪らなく心地よく感じた。


 「ええと、どういう状況。夜伽?やっぱり業務内容に含まれてる?」


  アースラは何も言わずに、私へ覆いかぶさる。


  彼女は貪るように、私に抱きついてくる。その姿は、発情した雌猫のようで。


  私は、少し困惑した。


  彼女から伝わってくるのは、寂しさや、人恋しさだけではない。


  『あの夜』の光景がフラッシュバックする。彼女の上気した瞳。好色に歪められた薄い唇。アースラは、確かに、性的に私を求めている。


 「…リヤ…」


  誰かの、名前だろうか。アースラが寂しそうに、そう口にした。もしかすれば、彼女は誰かと、私を混同しているのかもしれない。


  淫猥に、腰をくねらせるアースラ。嫌悪より、疑念が先行する。勿論、彼女は、男性ではない。では、何を間違えて私達は身体を重ね合っているのだろう。


 「…どうしよう。どうした方がいいのかな」


  右腕でアースラを優しく抱きしめる。


  彼女の間違いを正すべきか。それとも、彼女を受け入れるべきだろうか。


  私は暫く迷った末、一つの結論を導き出した。


 「…うん、そういうことなら、いいよ。アースラの好きに、すればいい」


  決して、諦観などではない。ある種の信頼と言ってもいい。


  アースラは、あの男たちとは違う。私を蹂躙することは、決してないだろう。


  そういうことならば、私には抵抗する理由がない。私は身体から一切の力を抜き、彼女の為すがままに預けた。


 「うっ、むっ、ちゅる…っ」


  アースラの舌が、私の口腔をまさぐるようにして侵入してくる。互いに舌を絡めて、吸い合う。


  アースラの唾液は、ほんのりと甘い味がした。


  彼女は器用に下肢を操り、私の衣服を剥がしていく。


  彼女の触腕が、私の局部にそっと触れる。


 「…いいの。これ以上やったら、私たち。もう、友達じゃあ、いられなくなるよ」


  アースラが、一瞬悲痛な目を私に向ける。


 「それでいいなら。貴女がそうしたいなら、すればいい。私は、貴女のこと、嫌いになったりは、しないから」


  彼女の真紅の瞳が、私の両目を捉えて。大きく、揺れた。


 「ミ…キ…?」


 「うん?」


  哀願するような、儚い、か細い声。


 「友達じゃ、なくなっちゃうの?」


  彼女の問に、私は首肯する。


 「そうだね。そうだと思う」


  アースラは、その美しい頬を涙で濡らして。


 「やだ、やだ」


  私を、抱き締めた。


 「…」


  私は、そっと彼女の髪に触れて、優しく、撫でてあげた。


  彼女の細い肩は、哀しみに震えていた。


 「大丈夫。私は、貴女の友達だから」


  慈しみを持って。赤子をあやす様に。


 「ずっと、ずっと。貴女が死ぬまで、そばに居るから」


  アースラを、そっと抱き締める。


 「それでも。それでも、貴女が寂しいと感じるのであれば。私は、貴女と一つになってあげる」


  彼女は、凍りついたかのように、動かない。


 「だから、今はまだ、友達でいよう。ね?」


  私の微笑みに、アースラはびくりと身体を痙攣させ、焦点の合わない瞳で、私を見据えた。


 「…っ」


  いつの間にか、アースラの太腿からは、艶かしい一対の足が延びていた。


 「……」


 「…アースラ?」


  彼女は、ふいと顔を背けると、ベットから降りて、足早に部屋から立ち去ろうとする。そして、裸のまま、ドアの前で立ち止まり、後ろを振り向いた。


 「…今夜のことは、忘れてくれ。…頼む」


  消え入るような声で懇願されては、拒絶のしようもなければ、冗談をいう隙もない。


 「貴女がそうしろと言うなら、そうする」


  私はそう言って微笑んだ。


  彼女は、ばたりとドアを閉めると、階段を駆け下りて行った。


  言葉とは裏腹に、今晩のことは、どうにも忘れられそうにない。数ヶ月前に感じたあの胸のときめきは、どうやら、そういうことだったらしい。いや、違うかな。いや、そうかもしれない、くらいに留めておこう。


 「あー、だめ。私まで変な気を起こしてどうする」


  汚れた妄想を払拭するように、私はシーツを頭の先まで被った。


 「あー、寝よ寝よ。忘れた、わーすーれーた」


  そう自分に言い聞かせ、私はぎゅっと目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ