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水縹に咲く二ロトパラ  作者: 山野悠太
第2部 3章 『月蝕の夜』
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2話<後半> 菜月の手がかり

 「じゃあさ、神様は死ぬの?」


  アースラに、素朴な疑問を投げかけてみる。神話によって、死んだり死ななかったりする彼らは、果たしてこの世界で朽ち果てることはあるのだろうか。


 「うーん、死、という概念をどう取るかだな。死ぬには死ぬ、という曖昧な表現をしておくぞ。


  まあ何にせよ、幻夢境の地下に広がる黄泉の国はどこも沸騰寸前だ。そのうち受け入れ拒否なんてものが起き始めるかもな。そんな中で、蒸発しそうな神霊まで受け入れたら、地獄はいよいよパンクする。


  お前ら、毎日死に過ぎなんだよ。お前らだぞ、日本人。おっと、日本人と韓国人は、特に地獄行き率が少ないんだった」


  快活に笑うアースラだが、その実現世が幽霊で溢れかえる、ないしは肉体から離れられない魂のせいでゾンビパニックが起きることを想像すると、正直悠長に笑ってはいられない、逼迫した問題である気がする。


 「…じゃあさ」


  気分を変えて、別の質問をしてみる。


 「ここの住人は何者なの」


 「端的に言うとな」


  アースラが目を細める。


 「半分は向こうで暮らしていけなくなった者達だ。妖怪然り、魔術師然り、な」


  成程、益々世界の裏側という言葉に相応しい。そうしたアウトローが、こちらに流れてくるのか。


 「もう半分は?」


 「宇宙人だな」


  適当な返事を返す彼女に眉をひそめながら、私は彼女に問を投げかける。


 「うん、そう考えるとおかしくない?私は魔術師の卵だけど、ここに来た直後はただの人間だよね。私は地獄に堕ちるのではないの」


  私の質問に、アースラが眉を顰める。


 「あー、すまない、正直わからん。アタシが言えるのは、この世界に入るためには、数パターンの工程を踏まなければならない。例えば、鬼門を開くとか、高低差を利用して、次元の狭間からエレベーターガールを召喚するとか。飽きた、なんて呼ばれているのもあるな」


  聞き覚えがある単語に、思わず反応する。


 「それそれ。私のポケットに、その飽きたって書いてある紙が入ってた」


 「あーそう。お前実は最低なやつだな。冗談半分で誰かに描かせたのか?」


  アースラが心底軽蔑したような目で私を睨む。


 「なに、どういうこと」


  困惑する私に、アースラがそれ以上に困惑した表情を見せる。


 「あ?飽きたってあれだろ。人一人の魂を犠牲にして、強引に通行許可証をでっち上げる方法だろ」


 「…何?」


  思考が一瞬停止した。


 「なんだお前、知らないでやったのか?最低の屑だな」


 「ごめん、ちゃんと説明してくれない?」


  少し口調を荒らげて、アースラに尋ねる。私の棘のある言い方に、辟易した様子の彼女は、嫌々その口を開いた。


 「だから。飽きたっていう方法は、人一人殺して、その血で紙に飽きたと書く。そしてその紙を持ったまま死ぬなり寝るなりするやり方だ。そうすれば、門の前に魂が引きずり出されるか、門番が直接魂を引きずりに来る。オカルト板見て、知っててやってたんじゃねえのかよ」


  全て、合点がいった。あのときの菜月の行為の意味が、漸く理解出来た。彼女は、私を逃がすために、自らを犠牲にしたのだ。


 「何て、馬鹿なの、あいつ」


  どこまで、彼女は私のことを想ってくれていたのだろう。自身だって、まだやりたいことが幾らでもあっただろうに。この世界に来れば、彼女のやりたいこと、したいことが実現出来た可能性だって、大いにある。


  しかし、それはもう叶わない。彼女は私と違い、幻夢境に生を受けていないから―私を逃がす代わりに、自らの魂を犠牲にしたからだ。彼女は、自らの未来全てを犠牲にしてまで、私に―無二の親友に、第二の生を与えてくれたのだ。


 「海咲?」


  激情を抑え切れず、思わず涙した私に、アースラが優しく語りかける。


 「あー、ごめん。大丈夫」


  彼女が差し出してくれたハンカチで涙を拭いながら、私は言う。


 「向こうで別れた友達のこと、思い出してた」


 「そうか」


  アースラが少し寂しそうな顔をする。


 「そいつ、どんな死に方した?」


 「飛び降り自殺」


  デリカシーがないとも取れる彼女の問に少し苛立ちを覚えつつ、私はそう言った。その言葉を聞いたアースラは、顎に手を当てて思案する。そうしたまま、時間が経つこと、一分間。


 「…なるほどな。確かにそうすれば補完が効く…いいや、でも有り得ない。どういうことだ、誰かが手引きしている…?何者なんだ、そいつは」


  アースラが、小さな声で呟いたことを、私は聞き逃さなかった。


 「どういうことよ」


  私の問に、アースラは少し目を逸らして。


 「…別に。なんでもねえよ」


  ぶっきらぼうに、か細い声で言った。


  アースラは、あまり多くを語ってくれない。それは、私の為でもある。余計な情報を与えて、余計なことをされるよりは―然るべき時を見計らってから教えた方がいいに決まっている、とは彼女の弁だ。


  それは痛いほど身に染みているが―それでも。私には、果すべき責任が、願いがある。もしかしたら、菜月を救う方法が、本当に存在するのかもしれない。希望と共に、私は彼女に問い掛ける。


 「あるのね?菜月を取り戻す方法が」


 「あるな。一つは思いついたが、実現は難しいと思う」


 「教えて」


  私の剣幕に、アースラは露骨に嫌そうな顔をする。彼女は一呼吸おくと、溜息混じりに説明してくれた。


 「…どうやるのか、は聞くな。一つ、自殺者の魂は輪廻転生に含まれない。方法は兎も角、取り戻すことは可能だ。二つ、『飽きた』のコストで蒸発した部分の穴は、適合する何らかの魂で埋められる。拒絶反応もあるだろう、完全に元通りにはならないだろうが」


  どうやればいいの。その一言が喉から出かけたが、抑え込んだ。アースラ特有の、予めハシゴを外しておく論法のせいだ。私は代わりに、小さな声で呟いた。


 「…魔術を学べば、出来る?」


  私の一言に、お師匠様は薄く唇を歪めた。


 「ああ。何百年とやれば、可能だろうな」


  方法は、ある。それがわかったことだけでも、大収穫だ。何年掛かってもいい。きっと、菜月の人生を取り戻してみせる。


 「わかったよ」


  私は朗らかに笑って。暗くなった空気を振り払うように、アースラに尋ねた。


 「じゃあ最後の質問。この世界はいつ終わりを迎えるの」


  気になっていたことを、代わりとばかりに問い質す。


  アースラは、その整った唇を固く閉ざした。


 「扉で遊んでた時に、かなり先までダイアルを進めたの。そうしたら」


 「…真っ暗闇、だろ?」


 「ええ」


 「…それについては、まだ結論が出ていない」


 「ふうん」


 「一つ言えるのは、この世界は元々詰んでるんだ。今は、それを引き伸ばしているだけっていう説」


 「へえ」


  続けて口を開いた私を、アースラが制止する。どうやら、この話はここで終わりらしい。


 「代わりと言ってはなんだが、お前を襲ってたやつのことでも教えてやるよ」


  それも気になっていた。彼女曰く、詰んだ後の世界に住んでいた、得体の知れない化け物。あの大型犬似の怪物は、一体何者なのだろうか。


 「ティンダロスの猟犬。それが、あの化け物の名前だ。


  お前みたいに、不当に時間旅行をしたやつの前に現れる。兎に角しつこい。猟犬とは言われているが実際は犬ではない。あと九十度以下の鋭角から出てくる」


  彼女の投げやりな説明から、些か興味が薄いのだろうと邪推する。


 「へー」


  私は生返事をし、空いた二枚の皿を片付ける。


 「アースラ、私この後何すればいい?風呂掃除?」


 「風呂掃除」


  結局のところ、この洋館、彼女曰く『覆水盆に返らず邸』には、豪華絢爛な浴室が存在していることが明らかになった。私はアースラに頼んでそこを開放してもらい、せっせと掃除と整備を重ねて、とうとう数日前に使用可能な段まで辿り着いた。これで、たらいで水浴び生活からおさらばである。


  しかしながら、風呂掃除という余計な仕事が増え、業務がより一層忙しくなるという弊害が出ていることは、言うまでもない。


  私は食器を洗い終えると、東塔への渡り廊下一階にある浴場へ向かう。


  その道中、何やら玄関口で箒と格闘していたアースラに、声を掛けられる。


 「あ、海咲。忘れるといけないから今言っとくぞ。今夜、東塔に入っちゃ駄目だぞ」


 「なんで?」


 「…魔術の実験するから、なんかおかしなことになったとき、近くにいられると安全を保証できない」


 「はーい」


  ところで、アースラは嘘をつくのが得意だ。彼女は顔色一つ変えずに、どんな嘘でもついてみせるだろう。しかし、今日に限っては、何故か彼女の表情に陰りが見えたことを、私は見逃さなかった。


  しかし、見逃さなかったからといって、問い詰めることもない。誰にでも、一人にして欲しいときはあるだろう。


  例えば、生理のときとか。あとは、夜遊びシングルプレイのときとか。


  そこまで思い至って、思考を中断した。私が下の話をするときは、大体気が滅入っているときだ。さっさと風呂掃除を終え、そのまま入ってしまおう。


  とうとう空を飛び始めた竹箒、そして乱入してきた無関係の鸚鵡と三つ巴の戦いを演じる幼い主を遠目で見ながら、私はそう思うのだった。


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