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水縹に咲く二ロトパラ  作者: 山野悠太
第2部 2章 『海の魔女』
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4話 パン派?ご飯派?

  翌朝。私の調教され尽くした体内時計は、私を六時丁度に覚醒させた。


  思えば、昨日は長い一日だったと思う。バイトに行くために、気だるい朝日の中、体を起こし。菜月のお見舞いに行って、その後は一晩中逃避行。気がついたらこっちに来ていて、どうやら私は眠っていたらしいが、その間もあざらしに会っていた。そこから数時間労働して、昨晩は夜の十一時過ぎに床についた。


  そして、今はせっせと自室の掃除をしている。


  主人こと海の魔女が起きるまで、あと三時間程度。


  朝食は一時間もあれば、中々豪勢なものが作れるだろう。素早くたくさん作れることが、私の取り柄であると自負している。


  そうと決まれば、洗濯をしてしまおう。手始めに、シーツを取り外し、洗濯籠に叩き込む。それから、既に数日間着ていた寝巻きも洗濯することにした。残念ながら洗濯機が見当たらなかったので、洗濯板らしき洗濯板で手洗いして庭に持っていく。洗剤も見当たらないので、迷いに迷った末、米の研ぎ汁を使うことは諦めた。水洗いのみというのは、少々抵抗があるが、何もしないより幾分かましだろう。


  屋敷の外に出ると、そこは霧の深い灰色の世界だった。太陽は一応出ているらしいが、厚い雲に覆われ、その姿は確認出来ない。


  玄関口の傍に物干し竿を発見したので、そこに洗濯物をかける。この天気では乾く保証はないが、まあ仕方がない。


  屋敷に戻ろうとして、踵を返す。よく見れば、私が務めている職場は、かなり古い建物だったようだ。


  典型的な洋館というよりは、中世の城に近い。中央の建築物を挟むようにして、二本の尖塔が立っている。それらはすべて煉瓦造りで、強風でも吹こうものなら吹き飛んでしまいそうなほど古びていた。


  しかし、屋敷への入口となる両開きの古い木の扉を開けると、そこはまさに御伽の国のお城である。床には色とりどりのタイルが円形に敷かれており、向かいの壁には、天使が堕落していく様を表現しているのであろう、冒涜的な絵柄の、豪華なステンドグラスが一面に張られている。扉から真っ直ぐ行けば食堂に、右側の階段を上がれば西塔に、左側の階段を上がれば東塔に続くらしい。その旨英語で床のタイルに書かれていた。東塔の最上階が海の魔女の部屋で、西塔に続く廊下の下に私が風穴を開けた工房と厨房がある。私の部屋はこの棟の天井裏に当たる部分のようだ。


  ところで、この中央棟には、何故か大きな鸚鵡が放し飼いにされている。昨晩も幾度となくちょっかいを掛けてきた緑色の鳥は、今は階段の手すりに図々しく留まっていた。


  鸚鵡に目を合わせないように、改めて中央棟一階を観察してみる。そして、私は、塔に繋がる階段も、床のタイルも、西塔側に置かれているソファも、全て埃が被っていることに気が付いた。


  私は後ろを振り向いた。昨晩魔女が私に言った通り、扉の上に大時計が掛かっている。時刻は午前七時半。ここを掃除するには少々時間が足りないだろうが、別に大きな問題にはならないだろう。


  箒とちりとり、雑巾を用意すると、私は掃除に取り掛かった。


────


  掃除も佳境に差し掛かり、時刻は午前八時半。私は西塔の厨房へ向かい、朝食の用意をすることにした。


  昨晩と同じ轍は踏まない。どうやら、私の可愛らしいご主人様は、あまり脂が好きではないらしい。それを念頭に置きながら、朝食を作り始める。


  メニューは、野菜中心のものを採用した。まずは、サラダを作ろう。海の魔女がどれ程料理に関心のある人物なのかは分からないが、一つ確かなことがある。彼女は、野菜とフルーツが大好きなようだ。


  冷蔵庫の野菜室には、一人で食べ切れるのか定かではない量の新鮮な野菜、そして様々な種類の果物が、これでもかと詰め込まれていた。但し、季節感はどれもばらばらで、どう見ても毛色の違うキャベツがあれば、林檎の横に熱帯で食べられているような赤いけばけばした果物が置いてある。まさに、旬という言葉が泣いて逃げ出しそうな有様である。


  その辺りの事情は、幻夢境の特徴なのだろう。私は勝手にそう思い込むことにした。ここは私たちの住む世界とは違う。春キャベツと寒玉キャベツが同時に作れる土壌だって、あるのかもしれない。


  面白くなってきたので、他にも目新しいものがないか、倉庫を漁ってみる。すると、丁度いいところに苺とブルーベリーがあった。間に合うかどうかは分からないが、これを使って一品作ろう。きっと、彼女も喜ぶだろう。


  次は、パンか。私はパンが適当に放られている区画に目を移した。


  「待てよ、彼女はパン食の人間?はたまた、ご飯派閥?」


  これはまずいことになった。この派閥争いは、英仏百年戦争にも匹敵する。もし私が間違えた方を出した場合、行き着く先は死だ。また哀れなジャンヌ・ダルクが、火炙りにされてしまう。


 「むう、弱ったなあ」


  昨晩の食事で、私はお茶碗にご飯を盛って提供した。それは、彼女のものと思しき、魚柄の可愛らしいお茶碗を、戸棚の中で発見したからである。また、それは大分使い込まれているようであり、お椀の一部分が欠けていた。


 「やはり、ご飯派なのか」


  いや、パン食の線もある。この無造作に放られたパンの数々。それらは全て異なる種類であり、野菜程ではないとはいえ、彼女はパンにも並々ならぬこだわりがあると見ていいだろう。


 「また幻術なのか」


  弱った。どうしようか。いや、手がない訳では無い。どちらでもないものを出してしまえばいい。その上で、彼女に直接問えば良いのだ。


  丁度ここに、昨日アップルパイを焼く際に一緒に作っておいたミートパイがある。これを出そう。これなら揚げ物ほど脂っこくないし、何より迷ったことを誤魔化せる。


 「よし」


  そうと決まれば、さっさと用意してしまおう。余計な時間を使ってしまった。


  私は急いで、料理を始めるのであった。


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