12話 「…東の魔女の家はここじゃねえぞ、ドロシー?」
「んっ…」
目を覚ます。
ここは何処だろうか。
さっきの光景は、夢だったのか。
視界いっぱいに広がる、古い木の天井。
かび臭いシーツに眉を顰めながら、私は体を起こす。
いや、起こそうとした。
「痛い…」
全身が、打撲したように痛い。
―海の魔女の屋敷の真上に落とされます。
あざらしの言葉を信じるならば、実際に打撲しているのだろう。真上から落とされて、よく命があった―とつくづく思う。
私は起き上がることを諦めて、周囲を観察することに努めることにした。
まず、かび臭いシーツ。洗濯は十数年していないのだろう。
贅沢は言ってはいけない。地下牢に繋がれていないだけ、ましだと思うことにしよう。
あとは、ベッド横の花瓶に入っている、萎びた花。嫌がらせか何かだろうか。敢えて透明なガラスの花瓶を選び、並々と注がれた水を此れ見よがしに見せつけているのも、また質が悪い。
枯れてるじゃん、花。
あとは、帽子の男に思い切り指を入れられた、右目。試しに、左目を閉じてみる。
「うーん、見えるなあ」
私の右目は、きちんとその責務を果たしてくれていた。だとしたら、あのごきゅりという変な音は、何だったのだろう。
思い出そうとすればするほど、寒気がしたので、私は右目についての考察を終わらせる。
「菜月は…」
菜月は、無事だろうか。大方、私も帽子の男に突き落とされた後に、地面に花火を一発咲かせた筈だ。今、私がこうして生きている、少なくとも意識があるならば、菜月も同じような状況なのだろうか。少なくとも今は、そう願う他ない。
最後に、先程の謎の空間。異世界ものの深夜アニメの王道的展開は、強ち間違ってもいなかったらしい。
おお、可哀想な少年よ。残念ながら、貴方は死んでしまいました。ところで、かくかくしかじか、異世界にご案内します。御一緒に、特殊な能力は如何かな?
最高にチープで、最低につまらない。まさか、自分が同じような目に遭うなどと、誰が想像しただろう。遺憾ながら、どうやら私には特別な権能は与えられなかったようであり、また、出迎えがよりにもよってあざらしであった。せめて、髭を生やした白髪の老人が出迎えてくれればよかったものを、と私は悪態をついた。
「まあ、いいよ。メル・ギブソンが荒野を走ってるような世界に転生してなければ、なんでも、どうでも」
考察対象が無くなり、もう一眠りしようかと思った矢先だった。ぎしぎしと足音を立て、誰かが部屋に向かってくる。
その人はドアの前に立ち止まると、こんこんとノックをした。
声をかければいいものを、その人は立て続けに二回三回と、こんこんこんこんと繰り返す。
そういえば、同じことをドアベルでやってきた輩がいるじゃないか。
ああ、よかった、彼女も無事にここに辿り着いたのか。
「菜月?」
ノックがぴたりと止む。
がちゃりと音を立て、ドアが開いた。
現れたのは、菜月ではない。
えんじ色のローブに、真っ黒いとんがり帽子。透き通るような血の気のない白い肌に、真紅の瞳。腰まで伸ばした髪は青みのかかった銀色で、口にはパイプを咥えていた。背格好は小学五年生くらいだろうか。その幼い風貌でパイプをふかしているのは、かなり犯罪臭のする絵面であり、凡そ青少年健全育成条例が黙っていないだろう。
彼女はずんずんと私に近づいてくると、私の腕をむんずと掴んだ。
「来い」
「…ええと」
そのまま彼女は、ベットに寝転がったままの私をぐいぐいと引き摺る。私はベットから転げ落ちそうになり、慌てて体を起こす。
激痛に、全身が悲鳴をあげる。ふと腕に目をやると、あれだけあった青痣が、綺麗に消えていた。開幕青痣消失バグとは、異世界の神様もデバックに力を入れていないらしい。
「痛い、ちょっと、待って」
「…」
私が何を言っても、我関せずといった体で、彼女は歩いていく。階段を降りて、長い廊下を渡る。
怒っている。理由はわからないが、彼女は間違いなく怒っている。激おこだ。おかしいな、私は美少女のはずなのだが、どうしてこんなに怒られているのだろう。
いや、理由がわかった。
―海の魔女の屋敷の真上に落とされます。
ああ、そうだ。完全にそうだろう。よく考えてみれば、当たり前のことだ。つまるところ、彼女が激怒している理由は。
「…おい、どうしてくれる」
眼前には、破壊された何かの装置。その真ん中には、上から潰されたような窪みが出来ている。
そしてその真上。天井に、丁度人ひとりが通れるような穴が空いていた。
「…東の魔女の家はここじゃねえぞ、ドロシー?」




