4話 安売りはしていないのに
「ほーら海咲ちゃん、口開けてー」
「これ分量どんくらいだっけ」
「知らね。たくさん飲ませりゃいいんじゃね?」
鼻を摘まれる。
呼吸は、出来ない。口を開けたら、何もかもが終わりだと、本能的に悟ったからだ。
「ちょっとー、海咲ちゃん。困るよーそういうの」
苦しい。陸にいるのに、溺れているようだ。心臓は悲鳴をあげ、全身の細胞がSOSを発信したが、私は尚も我慢し続けた。
一、二分後。私の予想外の粘りに堪忍袋の緒が切れたのだろう。坊主頭のタコのような男性が、前触れもなく私のお腹を思い切り踏みつけた。
たった一撃ではあったが、破裂寸前のダムが決壊するのには、十分過ぎる威力だった。
間抜けにも、悲鳴と共に開いてしまった私の口に、二、三錠の錠剤が放られ、大量の水で強引に胃に流し込まれる。
「おえっ、げほっ、げほっ」
堪らずえずいた私を、男の一人が力任せに蹴り飛ばした。
私は無様に、下着姿のまま安物のフローリングの上を、ごろごろと転がった。
「……っ!!………!」
あまりの衝撃に、肺が萎縮してしまったのか。押し殺した悲鳴は、空気を震わせるに至らなかった。
「こらこら、ダメでしょ、海咲ちゃん。吐いたら子供出来ちゃうんだよ?」
「海咲ちゃん高校生なんだろ。なら、それくらい分かるだろ、なあ?」
頬に鈍い痛みがはしる。別の男が、私の頬を手の平で叩いたのだ。
「いっ…」
「返事」
威圧するように、男が私の顔を覗き込んだ。明らかに、驕っている。自分が捕食者であると、私よりも優位であると信じて疑っていないのだろう。
その姿を見て、私の心に生気が蘇る。
「…貧乏くさ。一人一万も出してくれれば、喜んで寝てあげるのに」
馬鹿にするな。低い声で、暴力で、どれだけ私を脅したところで、私は絶対に屈しない。私は空虚な反骨精神を振りかざした。震える瞳で彼らを睨みつけ、嗤ってやった。
「責任取れないほど、生活苦しいんだ?おうち帰ってママにお小遣いでも強請ったら?」
虚勢だ。そんなことは自分でも分かっている。
さっきは、不意打ちに逃げてしまったが。ここからは、正々堂々真っ向勝負だ。どんなことをされようが、私は屈しない。品性をフリマアプリで購入したようなケダモノ共に、絶対に、絶対に屈したりなどするものか。
「あー、そう。いいや、じゃあ」
私の態度に。男はやれやれと首を振った。
そして、私のお腹を思い切り蹴り上げた。
「ぎゅっ…!」
私の口から、胃の中の空気が全て漏れ出た。
男たちは間髪入れず、私を徹底的に蹂躙した。頭を掴んで床に叩きつけ、馬乗りになって私の顔を殴りつける。
繰り返し繰り返し。男たちは、私の体が痣だらけになるまで執拗に殴り続けた。
最悪。頭も悪ければ、手癖も悪いのだろうか。
本当に、本当に嫌になる。
ホックの外し方がわからなかったのだろうか。気づけば、下着は強引に引きちぎられて、無残な形で足元に転がっていた。
男たちは、私を文字通りサンドバッグのように扱った。
「あ、う…」
意識が飛びそうだ。この頭の悪い雄たちは、どうやら自分たちが私よりも上だと、どうしても私に分からせたいらしい。
破壊的な暴力の嵐を前にしても、私の心の炎は尚も燃え続けていたが、体の方は既に限界を超えていた。
「海咲ちゃん?」
「………」
無言で、中指を立てた。返事をする体力も、もうなかった。
鏡越しに、自分の姿が目に入る。全身が、出血したように赤くなっていた。強く殴られたせいだ。まるで、肉片を食い散らかす魚のように。彼らは理性なく、ただ獰猛な本能に身を任せるまま、私に襲いかかったのだ。
「何したよ、今」
「…」
「偉そうにイキがんなよ、クソビッチが!」
頬を、踏みつけられる。口の中に、濃い鉄の味が広がった。
「…んぐっ…!」
「…はあ。もういいよ」
涙に濡れた瞳だけで彼らを睨みつけながら、声にならない呻き声で返事をした私が、気に食わなかったのか。男の一人が懐から注射器を取り出し、無造作に私の腕に突き立てた。
「いづっ…」
注射器の中身は、何らかの液体で満たされている。男は、無表情のままピストンを押し込み、黄色の液体を私の体に注ぎ込んだ。
途端に、体が軽くなる。
気を保てなくなるほどの痛みも吹き飛んで、暗い気持ちもふわりと何処かへ行ってしまったように、温かい何かが身体中を駆け巡る。
何をうたれたのかは漠然と理解した。しかし、もう何もかもが、全てが、どうでもよかった。
「…あれ?」
それは、おかしい。どうでもいいなんて筈はない。お前は、彼らに屈していいのか。私は自分に言い聞かせた。
心が霧で埋まっていく。霧は炎を覆い尽くして、その熱量を奪っていく。
思考がまとまらない。
頭がおかしくなる。
「…あれ、私」
ふと気がついたときには、思い出せるのは、恐怖だけになっていた。何かに蹂躙されて。そう、苦しかったんだ。痛くて、怖くて、私は泣いてたんだっけ。
苦しくて、苦しくて、苦しくて。
この苦しみから、恐怖から、逃げられるのであれば、何だって構わない。助けて欲しい、救って欲しい。
あれ、私は、何をされたんだっけ?
あれ、私は、何をしていたんだっけ?
「海咲ちゃん?」
ふいにかけられた声に、体がびくりと反応した。
「ふぁ…」
男たちの顔はこころなしか楽しそうに見えて、私も嬉しい気持ちになった。
「じゃあ、いただきまーす」
ずきり。鋭い痛みが走ったが、それを遥かに上回る幸福の嵐が、私の理性を消し飛ばした。もう一本、無造作に。彼らは再び、私の体に針を突き立てたのだ。
「こいつ初物じゃねーじゃん」
「やっぱりビッチだったのかよ。流石海月さんの娘だな」
「やめとけ、殺されるぞ」
次に気がついた時には、腐臭を放つ穢らわしい蛆虫が、私の身体中を這い回っていた。白濁した蛆虫の唾液が、私の身体を、口腔を、穴という穴を、汚していく。
何度も、何度も、何度も、何度も。私が壊れていくまで、その蛆虫たちは繰り返し、私を貪った。
「や…めろ…」
時折。正気に帰る瞬間があった。まるで、冷たい海から引き揚げられるように、私は目を覚ます。しかし男たちは、私の理性がその光を再び灯し始めると、何処からともなく注射器を取り出した。
そうしたら、また振り出しに戻ってしまう。注射器の中身は静脈を伝って脳に達し、その破壊的な効能を最大限に発揮する。
意識がトんでいく。
感覚が狂っていく。
気がついた時には、身体が注射器を欲していた。肌を貫かれる感触を、恋しく思っていた。頭の中をぐちゃぐちゃにされる感覚を、切望していた。
すっと頭を覗かせた理性が、完全に薬に支配されている自分を非難する。心を満たしていた霧は、次第に煤を含んだ黒色に変わっていく。
薬が欲しい。この現実を、少しでも楽にして欲しい。
ああ、まただ。また、男たちが注射器を取り出した。身体が勝手に沸騰する。もう、逃れられない。
欲しい。欲しいの。はやく。はやく。
ケダモノのように、必死におねだりする。私が、私ではなくなってしまったような感覚。もう、『優等生』に戻ることは、出来ないのかもしれない。
数本の注射器が同時に肌に突きつけられる。
意識が宇宙まで飛んでいってしまうほどの、快感の波涛が身体を突き抜けた。気持ちがいい。こんな快楽は、生まれて初めてだ。今までのどれよりも、何よりも、最高だ。
私は恍惚とした表情を浮かべたまま、床に倒れ込んだ。
目が回る。男たちが何やら言い争っていたが、そんなことはもうどうでもよかった。
夜の帳が降りたように、視界が黒い靄に塗りつぶされる。深い海の底に、堕ちていくように。私の意識は、溺死した。




