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水縹に咲く二ロトパラ  作者: 山野悠太
第2部 1章『地雷系女子はあざらしの夢を見るか?』
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4話 安売りはしていないのに

 「ほーら海咲ちゃん、口開けてー」


 「これ分量どんくらいだっけ」


 「知らね。たくさん飲ませりゃいいんじゃね?」


  鼻を摘まれる。


  呼吸は、出来ない。口を開けたら、何もかもが終わりだと、本能的に悟ったからだ。


 「ちょっとー、海咲ちゃん。困るよーそういうの」


  苦しい。陸にいるのに、溺れているようだ。心臓は悲鳴をあげ、全身の細胞がSOSを発信したが、私は尚も我慢し続けた。


  一、二分後。私の予想外の粘りに堪忍袋の緒が切れたのだろう。坊主頭のタコのような男性が、前触れもなく私のお腹を思い切り踏みつけた。


  たった一撃ではあったが、破裂寸前のダムが決壊するのには、十分過ぎる威力だった。


  間抜けにも、悲鳴と共に開いてしまった私の口に、二、三錠の錠剤が放られ、大量の水で強引に胃に流し込まれる。


  「おえっ、げほっ、げほっ」


  堪らずえずいた私を、男の一人が力任せに蹴り飛ばした。


  私は無様に、下着姿のまま安物のフローリングの上を、ごろごろと転がった。


 「……っ!!………!」


  あまりの衝撃に、肺が萎縮してしまったのか。押し殺した悲鳴は、空気を震わせるに至らなかった。


 「こらこら、ダメでしょ、海咲ちゃん。吐いたら子供出来ちゃうんだよ?」


 「海咲ちゃん高校生なんだろ。なら、それくらい分かるだろ、なあ?」


  頬に鈍い痛みがはしる。別の男が、私の頬を手の平で叩いたのだ。


 「いっ…」


 「返事」


  威圧するように、男が私の顔を覗き込んだ。明らかに、驕っている。自分が捕食者であると、私よりも優位であると信じて疑っていないのだろう。


  その姿を見て、私の心に生気が蘇る。


「…貧乏(ケチ)くさ。一人一万も出してくれれば、喜んで寝てあげるのに」


  馬鹿にするな。低い声で、暴力で、どれだけ私を脅したところで、私は絶対に屈しない。私は空虚な反骨精神を振りかざした。震える瞳で彼らを睨みつけ、嗤ってやった。


「責任取れないほど、生活苦しいんだ?おうち帰ってママにお小遣いでも強請ったら?」


  虚勢だ。そんなことは自分でも分かっている。


  さっきは、不意打ちに逃げてしまったが。ここからは、正々堂々真っ向勝負だ。どんなことをされようが、私は屈しない。品性をフリマアプリで購入したようなケダモノ共に、絶対に、絶対に屈したりなどするものか。


 「あー、そう。いいや、じゃあ」


  私の態度に。男はやれやれと首を振った。


  そして、私のお腹を思い切り蹴り上げた。


 「ぎゅっ…!」


  私の口から、胃の中の空気が全て漏れ出た。


  男たちは間髪入れず、私を徹底的に蹂躙した。頭を掴んで床に叩きつけ、馬乗りになって私の顔を殴りつける。


  繰り返し繰り返し。男たちは、私の体が痣だらけになるまで執拗に殴り続けた。


  最悪。頭も悪ければ、手癖も悪いのだろうか。


  本当に、本当に嫌になる。


  ホックの外し方がわからなかったのだろうか。気づけば、下着は強引に引きちぎられて、無残な形で足元に転がっていた。


  男たちは、私を文字通りサンドバッグのように扱った。


 「あ、う…」


  意識が飛びそうだ。この頭の悪い雄たちは、どうやら自分たちが私よりも上だと、どうしても私に分からせたいらしい。


  破壊的な暴力の嵐を前にしても、私の心の炎は尚も燃え続けていたが、体の方は既に限界を超えていた。


 「海咲ちゃん?」


 「………」


  無言で、中指を立てた。返事をする体力も、もうなかった。


  鏡越しに、自分の姿が目に入る。全身が、出血したように赤くなっていた。強く殴られたせいだ。まるで、肉片を食い散らかす魚のように。彼らは理性なく、ただ獰猛な本能に身を任せるまま、私に襲いかかったのだ。


 「何したよ、今」


 「…」


 「偉そうにイキがんなよ、クソビッチが!」


  頬を、踏みつけられる。口の中に、濃い鉄の味が広がった。


 「…んぐっ…!」


 「…はあ。もういいよ」


  涙に濡れた瞳だけで彼らを睨みつけながら、声にならない呻き声で返事をした私が、気に食わなかったのか。男の一人が懐から注射器を取り出し、無造作に私の腕に突き立てた。


 「いづっ…」


  注射器の中身は、何らかの液体で満たされている。男は、無表情のままピストンを押し込み、黄色の液体を私の体に注ぎ込んだ。


  途端に、体が軽くなる。


  気を保てなくなるほどの痛みも吹き飛んで、暗い気持ちもふわりと何処かへ行ってしまったように、温かい何かが身体中を駆け巡る。


  何をうたれたのかは漠然と理解した。しかし、もう何もかもが、全てが、どうでもよかった。


 「…あれ?」


  それは、おかしい。どうでもいいなんて筈はない。お前は、彼らに屈していいのか。私は自分に言い聞かせた。


  心が霧で埋まっていく。霧は炎を覆い尽くして、その熱量を奪っていく。


  思考がまとまらない。


  頭がおかしくなる。


 「…あれ、私」


  ふと気がついたときには、思い出せるのは、恐怖だけになっていた。何かに蹂躙されて。そう、苦しかったんだ。痛くて、怖くて、私は泣いてたんだっけ。


  苦しくて、苦しくて、苦しくて。


 この苦しみから、恐怖から、逃げられるのであれば、何だって構わない。助けて欲しい、救って欲しい。


  あれ、私は、何をされたんだっけ?


  あれ、私は、何をしていたんだっけ?


 「海咲ちゃん?」


  ふいにかけられた声に、体がびくりと反応した。


 「ふぁ…」


  男たちの顔はこころなしか楽しそうに見えて、私も嬉しい気持ちになった。


 「じゃあ、いただきまーす」


  ずきり。鋭い痛みが走ったが、それを遥かに上回る幸福の嵐が、私の理性を消し飛ばした。もう一本、無造作に。彼らは再び、私の体に針を突き立てたのだ。


 「こいつ初物じゃねーじゃん」


 「やっぱりビッチだったのかよ。流石海月さんの娘だな」


 「やめとけ、殺されるぞ」


  次に気がついた時には、腐臭を放つ穢らわしい蛆虫が、私の身体中を這い回っていた。白濁した蛆虫の唾液が、私の身体を、口腔を、穴という穴を、汚していく。


  何度も、何度も、何度も、何度も。私が壊れていくまで、その蛆虫たちは繰り返し、私を貪った。


 「や…めろ…」


  時折。正気に帰る瞬間があった。まるで、冷たい海から引き揚げられるように、私は目を覚ます。しかし男たちは、私の理性がその光を再び灯し始めると、何処からともなく注射器を取り出した。


  そうしたら、また振り出しに戻ってしまう。注射器の中身は静脈を伝って脳に達し、その破壊的な効能を最大限に発揮する。


  意識がトんでいく。


  感覚が狂っていく。


  気がついた時には、身体が注射器を欲していた。肌を貫かれる感触を、恋しく思っていた。頭の中をぐちゃぐちゃにされる感覚を、切望していた。


  すっと頭を覗かせた理性が、完全に薬に支配されている自分を非難する。心を満たしていた霧は、次第に煤を含んだ黒色に変わっていく。


  薬が欲しい。この現実を、少しでも楽にして欲しい。


  ああ、まただ。また、男たちが注射器を取り出した。身体が勝手に沸騰する。もう、逃れられない。


  欲しい。欲しいの。はやく。はやく。


  ケダモノのように、必死におねだりする。私が、私ではなくなってしまったような感覚。もう、『優等生』に戻ることは、出来ないのかもしれない。


  数本の注射器が同時に肌に突きつけられる。


  意識が宇宙まで飛んでいってしまうほどの、快感の波涛が身体を突き抜けた。気持ちがいい。こんな快楽は、生まれて初めてだ。今までのどれよりも、何よりも、最高だ。


  私は恍惚とした表情を浮かべたまま、床に倒れ込んだ。


  目が回る。男たちが何やら言い争っていたが、そんなことはもうどうでもよかった。


  夜の帳が降りたように、視界が黒い靄に塗りつぶされる。深い海の底に、堕ちていくように。私の意識は、溺死した。

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