閑話 アカシック・レコード
澱んだように生温い風は、薄暗い闇に溜まった埃を撫で付けていくようだった。イリス高天原地区『アキバタウン』の裏路地、繁華街の影。まだ日が落ちて間もない割には人気のない裏路地は、来るものを拒んでいるようであった。それもそのはず、周囲に薄らと漂っていたのは、夜闇にこびり付くような、乾いた血の匂い。
赤錆色の雰囲気の中、ひっそりと佇んでいたのは、PCパーツ店。店主が物臭なのだろう、薄らと埃の積もった箱は、ハイエンドのグラフィック・ボードのものだ。
扉の奥には、地下へと続く階段があった。
その奥に、それはいた。
「あは、人の事こんなにしてくれちゃってさ」
人では無く、妖怪でもない。神聖さを微塵も感じさせない、悪意のそのもの。飢えた猛禽類のように爛々とした瞳が、暗闇の中に浮かび上がる。
彼女は鞭のように靱やかで―そして鎖のように艶やかな尾で、九パーセントの澱んだ退廃<缶チューハイ>を掴んだ。ぽい、とそれを放り投げると、薄らと血に汚れた手で缶を掴んだ。
そして、蝙蝠のような翼を広げて、クッションに凭れ掛かる。彼女は懐から真紅のビデオテープを取り出すと、長い足で骨董品のビデオデッキに叩き込んだ。
「責任は、とってもらわなきゃね―『海咲』」
暗い部屋をぱっと照らしたのは、モニタのブルー・ライト。角の生えた後ろ姿が、モニタの光を遮った。
そしてモニタに映し出されたのは、赤ん坊。人間離れした金色の瞳を持つその子は、母親の手の中で産声を上げた。
「さーて。君は、どんな人生を歩んできたのかな?」
小学校、中学校―高校。モニタの中で早回しされていく海咲の人生。そしてとある場面で、再生速度が落ち着いた。
それは二〇二〇年、十二月二十二日。『花崎海咲』という少女の命日―その、二日前である。




