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水縹に咲く二ロトパラ  作者: 山野悠太
第1部 4章『水縹色の空の下』
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13話 空が落ちてくる

 「フライ艦長、『公爵』『総督』共に戦死したそうですが。どうされます?」


  副艦長を含むブリッジクルー数人に振り向かれ、フライは苦笑した。当然ながら彼らは、解放同盟のスパイなどでは無い。彼らは正真正銘、幽閉機関の兵士である。


 「…どうもこうもあるか。身内の不始末を片付ける。余計な犠牲を出す前に、ガレオン船を引き揚げろ」


  了解、と。ブリッジクルーたちは笑い合うと、各々仕事に取り掛かる。彼らは幽閉機関の兵士である前に―『レン人』であるからだ。それに、彼らにとっては初めての、同胞を手に掛けなくて済む仕事である。意気揚々と、彼らは救助活動の準備を整えた。


 「機関最大、最大戦速にて轟沈した『サイサリス』の牽引を行います」


 「レヴィアタンはどうしましょう」


 「白旗でも掲げておけ。意図を汲んでくれるはずだ」


  そう言ったフライの目の前で、レヴィアタンが飛び出していく。大鯨は脇目も振らず、祭壇へと向かって行った。


 「…そういうことだ。遅れを取るな、サルコマンドに亡命するなら『恩』は売っておくべきだ」


  『例の動画』を見た兵士は、軽快に返事をした。


 「了解!」


  レヴィアタンは、まだ浮上のための機関の生きているガレオン船を、尾の一撃で吹き飛ばした。ガレオン船はぐらぐらと宙を舞うと、粘菌の海に不時着する。そしてその牙で堕ちていく『サイサリス』の残骸を持ち上げると、宙に向けて持ち上げていく。


 「あと二隻か…機関の死んだ方を牽引しろ!面舵!」


  進路を十五度ほど傾け、『スノードロップ』はガレオン船の真上に取り付ける。


 「アンカー射出!」


 「アンカー射出、取り付きました!」


 「機関最大!引き揚げろ!」


  『スノードロップ』のイオンエンジンが唸りを上げる。アンカーに繋がれたガレオン船は、緩やかに上昇した。


 「残り一隻か…!」


  レヴィアタンは、半壊した『サイサリス』の牽引で精一杯であった。ブリッジのモニタに、眼下の『ガーイェグ』の姿が映る。祭壇の奥、ガーイェグの前で、人々が列を成している。まだ、囚われた人々を全て載せ終えていないようだ。


 「間に合ってくれ!」


  ガレオン船は重く、ステム級の推力を以てしても牽引には時間を要する。それに、恐らくガレオン船の中にも、まだレン人の乗員がいる。それを乱雑に扱ってしまっては、ヒライの意志を無駄にしてしまう。


  推進機関は無事だったはずのガレオン船が、引き寄せられるようにして地上へ堕ちていく。 『ガーイェグ』の準備は全く終わっておらず、ガレオン船が墜落すれば多大な犠牲が出てしまう。そもそも、陸上戦艦の船足では、仮に発進できても無事では済まないだろう。


 「まずい、このままでは…っ!」


  せめて、砲撃により船を破壊するか。レン人の犠牲は出てしまうだろうが、彼らは兵士である。無辜の民が死ぬよりは―。


  否、命に貴賎などあるものか。


 「…誰でも良い!堕ちていくガレオン船を止められないか!」


  オープン回線に、フライの声が響く。輸送機の群れでも、何でもいい。少しの時間を稼げれば、何千もの命が救えるのだ。神にも縋る気持ちで、彼は叫んだ。


  その声に誰かが応えた。


 「…やってみましょう」


  その男は、両の足で不遜にも祭壇の上に屹立し、堕ちてくる『天』を見据えていた。


 「我が生死を賭けて、民を生かします」


  身に纏うスーツよりも、更に黒く。全身を巡る血液が、男の体を怒張させる。


 「挿入(イレ)クション、オン―『英雄的苦行(アトラス)』」


  ガレオン船が、地上で静止する。


  『ガーイェグ』の乗降口に並ぶ、とあるレン人の少年は、この時の光景を次のように述懐している。『まるで、重力が消えたようだった』。


 「止まった…!?」


  フライは、思わず神の存在を信じたくなった。彼は直ぐに頭を振ると、再びオープン回線で呼び掛ける。


 「五分だ…っ!頼む―五分間、受け止めていてくれ!」


  祈るような男の声に、ハイペリオン司教はにやりと笑った。


 「五分間、ですか…!それは手厳しい!」


  余裕のある表情とは裏腹に。彼の体は、限界を迎えていた。金剛石のように張り詰められた『メロスの如き肉体』は、銃創により穴だらけになっていた。当然、血流が増えれば血も吹き出してしまう。朦朧とし始めた意識の鎖を手繰り寄せ、男は吠えた。


  眼下の『ガーイェグ』の前には、子供たち。救われるべき、尊い命。(せんかん)が堕ちれば、失われてしまう―ならば。


  傷だらけの体で、男は―英雄は、力強く、雄々しく、そして猛々しく立っていた。その手の上には、頭上を覆い尽くす『天』そのもの。彼は、それを掴んで離さない。


 「ハイペリオン…!」


  何か、出来ることはないか。彼と共に現れたジャガーは、周囲を見回した。『クレマトリオム』で海咲がしたように、上から船を牽引出来れば、ハイペリオンの負担は軽くなる。しかしその為には、空を飛ぶ必要がある。


 「何か―っ!」


  万策尽きた。このまま、ハイペリオンが耐えられるとは思えない。


  俺はまた、見ているだけだ。獣に堕ちたこの体では、彼の助けになれない。


  そうね。貴方一人では、誰も救えないわ。


 「…ッ!?」


  思考に割り込まれ、イシュバランケは狼狽した。心の中に、知らない女の声が響く。


 「そう、貴方一人では、ね」


  空を覆うガレオン船―その下に現れたのは、ガーイェグに乗り込んでいたはずのレン人たち。そして、祭壇のある小島を埋め尽くす、レヴォールの群れ。その先頭に立つ女王の傍らには、翼竜の姿がある。


 「これを持ち上げればいいのか?」


 「ええ。ご協力痛み入ります、女王様」


  プテラノドン―プトーリアは、女王ボ=グに一礼した。そしてその礼節に報いるように、彼女は部下に指示を出す。


 「『ル=リューリュ=カ』!月での最後の仕事だ、我々の矜恃を見せてやれ!」


  レヴォールたちは、互いに重なり合うようにしてガレオン船を支え、押し上げる。その集団に、レン人が混ざる。種の壁を越え、彼らは今―同じ空の下にいた。敵も味方も、血の色も関係なく。互いに声を掛け合い、彼らは互いに支え合う。


  イシュバランケは、その様子を呆然と眺めていた。


 「…無駄だ」


  彼は、首を振った。レヴォールが何人いようが、ガレオン船の質量は、とても人力で持ち上げられるものではない。共に潰されてお終いである。


 「いいえ、無駄ではないわ」


  彼の横に、プトーリアが立つ。彼女の鶏冠<アンテナ>はある程度回復しており、テレパスは復活していた。


 「彼の能力は、『天』と定義したものに勝手な質量を付与するものでしょう?でなければ、数メートル程度の高さによって、質量に差なんて出るはずがないもの」


  気圧は兎も角、と彼女は付け足した。自身を見上げたイシュバランケに、プトーリアは鼻を鳴らした。


 「それに。定義した質量を『共有』できるのは、身を以て知っているわ」


  そう言って、彼女は壊れた翼を振って見せた。


 「何故…」


 「何故助けたのかって?ふん」


  心を読み、プトーリアはイシュバランケの言葉を遮った。彼女はくすりと笑うと、レヴォールの群れに囲まれる男を見つめた。


 「…好きになっちゃったからよ。他に理由が必要かしら?」


  彼女の言葉を最後まで聞かず、イシュバランケは駆け出した。自身も友人と、『重荷』を共有するためである。


  ガレオン船は、依然として静止していた。ハイペリオンの意識は、殆ど薄くなっていた。


 「おい、萎えるなよ」


  悪態が聞こえ、彼は再び意識を取り戻す。


 「そんな体たらくで、恐竜の相手ができるのか?」


  先程までの言動はどこへやら。イシュバランケは、そう言いつつ、自身もガレオン船に手を添えた。


 「…は、は。これは、手厳しい。『射精(心イキ)』は受け取って、おきましょう、か!」


  残り、三分。多大な犠牲を出した『モスクワの海海戦』。その終焉の時が、迫っていた。


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