13話 空が落ちてくる
「フライ艦長、『公爵』『総督』共に戦死したそうですが。どうされます?」
副艦長を含むブリッジクルー数人に振り向かれ、フライは苦笑した。当然ながら彼らは、解放同盟のスパイなどでは無い。彼らは正真正銘、幽閉機関の兵士である。
「…どうもこうもあるか。身内の不始末を片付ける。余計な犠牲を出す前に、ガレオン船を引き揚げろ」
了解、と。ブリッジクルーたちは笑い合うと、各々仕事に取り掛かる。彼らは幽閉機関の兵士である前に―『レン人』であるからだ。それに、彼らにとっては初めての、同胞を手に掛けなくて済む仕事である。意気揚々と、彼らは救助活動の準備を整えた。
「機関最大、最大戦速にて轟沈した『サイサリス』の牽引を行います」
「レヴィアタンはどうしましょう」
「白旗でも掲げておけ。意図を汲んでくれるはずだ」
そう言ったフライの目の前で、レヴィアタンが飛び出していく。大鯨は脇目も振らず、祭壇へと向かって行った。
「…そういうことだ。遅れを取るな、サルコマンドに亡命するなら『恩』は売っておくべきだ」
『例の動画』を見た兵士は、軽快に返事をした。
「了解!」
レヴィアタンは、まだ浮上のための機関の生きているガレオン船を、尾の一撃で吹き飛ばした。ガレオン船はぐらぐらと宙を舞うと、粘菌の海に不時着する。そしてその牙で堕ちていく『サイサリス』の残骸を持ち上げると、宙に向けて持ち上げていく。
「あと二隻か…機関の死んだ方を牽引しろ!面舵!」
進路を十五度ほど傾け、『スノードロップ』はガレオン船の真上に取り付ける。
「アンカー射出!」
「アンカー射出、取り付きました!」
「機関最大!引き揚げろ!」
『スノードロップ』のイオンエンジンが唸りを上げる。アンカーに繋がれたガレオン船は、緩やかに上昇した。
「残り一隻か…!」
レヴィアタンは、半壊した『サイサリス』の牽引で精一杯であった。ブリッジのモニタに、眼下の『ガーイェグ』の姿が映る。祭壇の奥、ガーイェグの前で、人々が列を成している。まだ、囚われた人々を全て載せ終えていないようだ。
「間に合ってくれ!」
ガレオン船は重く、ステム級の推力を以てしても牽引には時間を要する。それに、恐らくガレオン船の中にも、まだレン人の乗員がいる。それを乱雑に扱ってしまっては、ヒライの意志を無駄にしてしまう。
推進機関は無事だったはずのガレオン船が、引き寄せられるようにして地上へ堕ちていく。 『ガーイェグ』の準備は全く終わっておらず、ガレオン船が墜落すれば多大な犠牲が出てしまう。そもそも、陸上戦艦の船足では、仮に発進できても無事では済まないだろう。
「まずい、このままでは…っ!」
せめて、砲撃により船を破壊するか。レン人の犠牲は出てしまうだろうが、彼らは兵士である。無辜の民が死ぬよりは―。
否、命に貴賎などあるものか。
「…誰でも良い!堕ちていくガレオン船を止められないか!」
オープン回線に、フライの声が響く。輸送機の群れでも、何でもいい。少しの時間を稼げれば、何千もの命が救えるのだ。神にも縋る気持ちで、彼は叫んだ。
その声に誰かが応えた。
「…やってみましょう」
その男は、両の足で不遜にも祭壇の上に屹立し、堕ちてくる『天』を見据えていた。
「我が生死を賭けて、民を生かします」
身に纏うスーツよりも、更に黒く。全身を巡る血液が、男の体を怒張させる。
「挿入クション、オン―『英雄的苦行』」
ガレオン船が、地上で静止する。
『ガーイェグ』の乗降口に並ぶ、とあるレン人の少年は、この時の光景を次のように述懐している。『まるで、重力が消えたようだった』。
「止まった…!?」
フライは、思わず神の存在を信じたくなった。彼は直ぐに頭を振ると、再びオープン回線で呼び掛ける。
「五分だ…っ!頼む―五分間、受け止めていてくれ!」
祈るような男の声に、ハイペリオン司教はにやりと笑った。
「五分間、ですか…!それは手厳しい!」
余裕のある表情とは裏腹に。彼の体は、限界を迎えていた。金剛石のように張り詰められた『メロスの如き肉体』は、銃創により穴だらけになっていた。当然、血流が増えれば血も吹き出してしまう。朦朧とし始めた意識の鎖を手繰り寄せ、男は吠えた。
眼下の『ガーイェグ』の前には、子供たち。救われるべき、尊い命。天が堕ちれば、失われてしまう―ならば。
傷だらけの体で、男は―英雄は、力強く、雄々しく、そして猛々しく立っていた。その手の上には、頭上を覆い尽くす『天』そのもの。彼は、それを掴んで離さない。
「ハイペリオン…!」
何か、出来ることはないか。彼と共に現れたジャガーは、周囲を見回した。『クレマトリオム』で海咲がしたように、上から船を牽引出来れば、ハイペリオンの負担は軽くなる。しかしその為には、空を飛ぶ必要がある。
「何か―っ!」
万策尽きた。このまま、ハイペリオンが耐えられるとは思えない。
俺はまた、見ているだけだ。獣に堕ちたこの体では、彼の助けになれない。
そうね。貴方一人では、誰も救えないわ。
「…ッ!?」
思考に割り込まれ、イシュバランケは狼狽した。心の中に、知らない女の声が響く。
「そう、貴方一人では、ね」
空を覆うガレオン船―その下に現れたのは、ガーイェグに乗り込んでいたはずのレン人たち。そして、祭壇のある小島を埋め尽くす、レヴォールの群れ。その先頭に立つ女王の傍らには、翼竜の姿がある。
「これを持ち上げればいいのか?」
「ええ。ご協力痛み入ります、女王様」
プテラノドン―プトーリアは、女王ボ=グに一礼した。そしてその礼節に報いるように、彼女は部下に指示を出す。
「『ル=リューリュ=カ』!月での最後の仕事だ、我々の矜恃を見せてやれ!」
レヴォールたちは、互いに重なり合うようにしてガレオン船を支え、押し上げる。その集団に、レン人が混ざる。種の壁を越え、彼らは今―同じ空の下にいた。敵も味方も、血の色も関係なく。互いに声を掛け合い、彼らは互いに支え合う。
イシュバランケは、その様子を呆然と眺めていた。
「…無駄だ」
彼は、首を振った。レヴォールが何人いようが、ガレオン船の質量は、とても人力で持ち上げられるものではない。共に潰されてお終いである。
「いいえ、無駄ではないわ」
彼の横に、プトーリアが立つ。彼女の鶏冠<アンテナ>はある程度回復しており、テレパスは復活していた。
「彼の能力は、『天』と定義したものに勝手な質量を付与するものでしょう?でなければ、数メートル程度の高さによって、質量に差なんて出るはずがないもの」
気圧は兎も角、と彼女は付け足した。自身を見上げたイシュバランケに、プトーリアは鼻を鳴らした。
「それに。定義した質量を『共有』できるのは、身を以て知っているわ」
そう言って、彼女は壊れた翼を振って見せた。
「何故…」
「何故助けたのかって?ふん」
心を読み、プトーリアはイシュバランケの言葉を遮った。彼女はくすりと笑うと、レヴォールの群れに囲まれる男を見つめた。
「…好きになっちゃったからよ。他に理由が必要かしら?」
彼女の言葉を最後まで聞かず、イシュバランケは駆け出した。自身も友人と、『重荷』を共有するためである。
ガレオン船は、依然として静止していた。ハイペリオンの意識は、殆ど薄くなっていた。
「おい、萎えるなよ」
悪態が聞こえ、彼は再び意識を取り戻す。
「そんな体たらくで、恐竜の相手ができるのか?」
先程までの言動はどこへやら。イシュバランケは、そう言いつつ、自身もガレオン船に手を添えた。
「…は、は。これは、手厳しい。『射精』は受け取って、おきましょう、か!」
残り、三分。多大な犠牲を出した『モスクワの海海戦』。その終焉の時が、迫っていた。




