11話 祝砲
善子は悠然と大地を潜航すると、ガーイェグの停泊位置へと戻った。自身によって壊滅した軍隊の向こう、蠱毒房から逃げ出したレン人たちが、船に乗り込んでいく様子が見える。善子は一先ず胸を撫で下ろすと、周囲を警戒した。地面を媒介に、振動が伝わってくる。恐らくは、積荷が過剰に積載された車両だ。ホバー移動でないそれは、自身が破壊し尽くした筈の兵器の一つだろう。
善子は車の進行方向に杭を展開する。車は眼前に生えた障害物を避けるようにハンドルを切ると、停車した。警察の物に近い、月世界の車。外輪の内側には、でっぷり肥えたヒキガエルと、大量の火薬。善子は意図を悟り、『特攻』の覚悟を決めた公爵の前に顔を出した。
「あ、クソザコナメクジの親玉じゃないですか〜♡また会いましたね♡御機嫌よう、泥田善子です♡」
公爵は、口元の触手を広げると、唸った。
「き、貴様…っ!」
追いつかれた。
「あの、役立たず共が…」
レプハーンもレベッカも、失敗したようだ。折角、重用してやったのに。恩知らず共が。
…なんて。考えているのでしょう?
「二人は役目を果たしましたよ?追い付かれたのは、もたもたしていた貴方のせいですよね〜?」
善子はくすりと笑うと、右腕を地面から引き揚げた。その手には、中空の長い『杭』が握られている。
「黙れ!貴様らがわらわらと湧いて出なければ、我々は『イデア』に―」
至れたのに。その言葉は、少女の哄笑に掻き消された。
「何が『イデア』でしょう、欺瞞もここまでくると滑稽です」
『イデア』。絶対的な―永遠の実在。彼らムーン・ビーストの悲願は、イデアへの到達。それは、彼らの奥深くに眠る、根源への探求。
…なんて。そんなものは、建前でしょう?
「貴方は…いえ、貴方達は『神』になりたいのでしょう?『原器』たる神に回帰したいのでしょう?」
善子の赤い瞳に射抜かれ、公爵は狼狽えた。彼らを動かしていたのは、探究心という高尚なものではなく、神への憧憬と永遠への渇望。絶対たる彼らの神―原器たる混沌への回帰こそ、彼らの最終目標であった。
ムーン・ビーストは『個』にして『全』。裏を返せば―『全』にして、『個』である。それに対し、彼らの神たる混沌は、『全』。無数に内包する生命の内に『個』は存在し得ない。つまり彼らが神に至るためには、『個』を捨てねばならない。その為『月の狂気派』たち異端派は『個』の排斥を図った。別の種族を使い社会実験を行い、収斂による『個』の消滅を図ったのだ。自らが『神』に至るため、何万という命を浪費しながら。
「『神性』の複写。個の消滅による原器の発掘。あとは、肉体改造による人工神の創造、ですか。無駄な努力、お疲れ様です♡『神』に成れない無能な貴方を『神』が裁いて差し上げますね〜♡」
善子の言葉は、確実に公爵の地雷を踏み抜いた。公爵は激昂すると、車に搭載されていた火砲を善子に向けた。
「黙れェ!変わらない『永遠』を享受しておきながら―っ、同胞の死を感じ取れない鈍感さを持ちながら―。その『地位』をひけらかすだけの愚神が!」
くすり、と善子は微笑んだ。
「後半については概ね同意しますが。確かに私たちは永遠です。然し、不変ではありません。私たちは『イデア』ではありません。変わり、育ち、そして堕ちて霧散し消え行くのでしょう」
泡沫の夢のようにカタチは崩れ、それでも永遠に、彼女たち神霊はこの世界を見つめ続ける。それは、人と同じである。
「穢らわしい!それでいいのか、貴女たちは!内なる『個』に踊らされ、日々神秘を失いながら―それでも在り続けるのか!」
「ええ。よく遊びよく学び、そして死ぬ。それが『生きる』ということです。神も人も、同じです。生命としての在り方に、違いなどありはしない」
人と神は同質にして同列。それは、公爵の宗教観には、全く合致しなかった。彼らにとっての神とは、完全無欠で永遠不変でなければならない。その為に何としても―彼は『儀式』を完遂する必要があった。『神性』の複写。それが可能であるならば―神と名のつくものを乱獲し、彼らは苦しみから解き放たれる。これはそのための、偉大な第一歩であるのだ。
「私は…私たちは『神』になるのです!そうしなければ―私たちが報われない…っ!」
公爵は、車のエンジンを吹かした。イオンジェットエンジンが火を吹き上げると、車は杭の壁を打ち破って走り出した。公爵が狙うのは、自爆による生贄の始末。この際、質は度外視する。何としてでも生贄に『血』を流させ、ムノムクアを呼び寄せなければ、儀式が失敗してしまう。そうなれば、『同胞』たちはまた、何十年も苦しみ続けることになる。
「同胞たちよ!あとを―託します!」
彼は、死ぬつもりであった。公爵の絶叫と共に、車は真っ直ぐ『ガーイェグ』に向かっていく。その様子を、善子は微笑みと共に眺めていた。
「ええ、貴方は『神』になれますとも―」
ウォンから聞いた話である。ある種のテレパスにより、ムーン・ビーストは仲間の死を知覚する。体を小銃で撃ち抜かれる痛みも、魔術により体を焼かれる苦しみも。彼らはその全てを種族全体で享受する。
「―空から見守ってくださいませ、『仏様』〜♡」
泥田善子の中指の示す先。公爵の車が、宙を舞う。車体の下に設けられていたのは、巨大な岩造りのジャンプ台。まるでマスドライバーの様に空に伸びたそれに乗り、彼の車は空へ駆け上がった。
感情が伝播するならば―『無力感』を伝播させてやる。痛めつけて報復されて、それで逆恨みをするのなら。まずはその『サド気質』を打ち砕く。しかし、善子の思惑は失敗した。
最期に。公爵が感じたのは、困惑。月から望む夜空をバックに。彼は、ゆっくりと振り返った。
「…は?」
そして、彼は『星』となった。空を煌めく、星座の一つとなったのだ。
「まあ、公爵さま!一足早い祝砲、恐縮です♡」
ガーイェグの上空百メートル。鮮やかに上がった花火。善子はそれを満足そうに眺めると、背後を振り返った。
「汚ねぇ花火でございました。そう思いませんか?夢沢渡里さん?」
幽鬼のように。そこに立っていたのは、渡里であった。




