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水縹に咲く二ロトパラ  作者: 山野悠太
第1部 4章『水縹色の空の下』
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7話 コールドゲーム

 そんな彼女の独白など露知らず。ハイペリオンは飛び上がると、少し離れていた場所でサイズ差数倍の相手と果敢に戦う、ジャガーの横に立った。


 「イシュバランケ。助太刀はいりますか?」


 「スケベダチ?もう一回言え、聞こえなかった」


 「これは手厳しい」


  ハイペリオンの呟きは、再びレックスの咆哮に掻き消された。


 「うるさいヤツ。耳障りな声で鳴く」


  そう言うと、イシュバランケはゴムボールを胴体で打つと、レックスの鼻先に激突させた。ボウリング玉と同サイズの直撃を受けたその部分には、忽ち二重丸のアイコンが刻まれる。


 「そら―点差が開くぞ」


  その『ゴール』を目掛けて、流星が落ちる。イシュバランケの能力は、『球戯』。互いの体を『ゴール』に見立て、ゴムボールを用いた球戯を行う。失点にはペナルティがあり、命中(得点)された位置を目掛けて上空から隕石が落下する。重力が弱い月面では、隕石の威力は激減するが、幸い『ウボスの湖』に働く重力は、地球並である。


 「イシュ、バランケェェーッ!」


  レックスは憤怒の色に瞳を染め上げると、背中を隆起させる。盛り上がった肉から生み出されたのは、翼のように広げられた放熱盤。踝から伸びた爪は、地面に突き刺さりアンカーとなる。彼は自らの牙を抜き放つと、長く伸ばされた舌をコイル状に巻いていく。そして青白く光るスパークと共に、自らの牙を打ち出した。


  電磁誘導によって発射された『(弾丸)』は、音速を遥かに凌駕する。それは二人を目掛け、空気を引き裂きながら飛翔した。


  咄嗟のことに、ハイペリオンは動けなかった。変形から射出まで、約五秒。呼び動作から攻撃を見抜けなかった彼に、弾丸を避ける術は無い。


  しかし。白銀に輝く牙は、彼らを捉えることはなかった。刹那の瞬間、イシュバランケはどこからか呼び出したゴムボールを、的確に弾丸へと打ち付けた。恐ろしく速い一撃だが、来る場所が分かっているなら対処は簡単である。事前にボール(障害物)を置いておけばよいだけだ。


  高摩擦素材(ゴム)で作られた中実のボールは、相手が例え音速の弾丸であっても心強い障壁となる。弾に当たったボールは破裂、空中を踊るように吹き飛ぶ。当然その不規則運動に巻き込まれた弾丸も、明後日の方向へ飛んでいってしまうからだ。


 「これで四個目だ。また『仕切り直し』とはな」


  イシュバランケは何食わぬ顔で、新品のゴムボールを頭に載せていた。


 「あの恐竜、お知り合いですか?」


 「知らんな。(ククルカン)なら兎も角、トカゲに知り合いはいない」


  それより、と彼は言葉を続けた。


 「ハイペリオン、頼まれてくれるか?」


 「ええ、何でしょう」


 「あのトカゲ、馬鹿そうな見た目に反して厄介だ。何よりも耐久力が高すぎる。それに加えて機敏で、馬鹿力で、一度距離をとれば―」


  そう言って、彼は再びボールを投げ飛ばした。


 「これだ」


  そのボールを、青白い光と共に放たれた牙が穿つ。


 「方法は問わん。十秒動きを鈍らせられるか?」


 「承知しました。肩が凝ってきたところです、少し『担いで』貰いましょう」


  サングラスの奥で微笑むと彼は『天』を掴んだ。そしてゆっくりと腰を下ろしていく。それを見届けて、イシュバランケはレックスの方へと走った。


 「イシュバランケ、我ガ一族ノ…仇!オレガ!討ツ!」


  片言のマヤ祖語―イシュバランケの母語でそう叫んだレックスに、ジャガーは首を傾げた。大きなトカゲに知り合いはいない。しかし、大きな人間―巨人の知り合いなら居たはずだ。


 「何だ、貴様。冥府シバルバーの生き残りか?それとも、ヴクブ・カキシュの子か?」


  嘗て英雄イシュバランケが兄と共に倒した巨人―その名を、ヴクブ・カキシュ。彼の名前が出た瞬間、レックスは激昂した。どうやら、当たりのようだ。


 「その磨かれた鋼鉄製の牙。どうやら後者のようだな」


  神に成り代わろうとした、傲慢なる巨人。エメラルドの牙を持ち、力に拠って人間を支配しようとした怪物。イシュバランケら英雄の兄弟も、一度敗北を喫していた。


 「許サヌ、許サヌ…ッ!」


  咆哮と共に、レックスはイシュバランケに踊りかかる。ジャガーはそれを、靱やかな身のこなしで避けた。


  すれ違いざまに、彼はボールを命中させる。


 「『一点(ポプ)』」


  ゴールが刻まれ、流星が墜ちる。レックスはそれを持ち前の膂力で着弾前に撃ち落とすと、牙を剥いた。イシュバランケは噛み付きを回避し、恐竜の脚の間に入り込む。


 「『二点(ウォ)』『三点(シプ)』」


  続けざまに二回、ボールを右足に当てると、彼は身を翻した。


 「赦せとは言わん。だが貴様らは人を殺しすぎた。だから裁かれた」


  唸り声を上げ、レックスは棍棒のような尻尾を振り回した。その動きは、どこか精細を欠いていた。押し潰されるような重圧が、彼の体にのしかかっていたからだ。


  しかしこの場において最も驚いていたのは、ハイペリオン司教だった。余りにも、『天』が軽すぎる。自身を除けば、嘗てこれほどまでに『天』を担いでみせた者はいなかった。


  彼は知りようもないが、レックスもまた―神話体系が異なるとはいえ、名のある巨人(ティターン)が核となっている。巨人『シパクナー』。ヴクブ・カキシュの長男にして、四百人もの若者を虐殺した、大罪人である。


 「神、生贄、沢山!同ジ事!」


  足元を駆け回る黒猫を押し潰そうと、彼は片足を上げた。その瞬間、レックスはバランスを崩し転倒する。ハイペリオンは、『天』を一気に降ろした。それは、彼が持ち上げられる最大値。不敵に笑った彼に気がつく頃には、レックスの体は地に伏せていた。


 「望まぬ『犠牲』など、犬死にも劣る」


  その一瞬の隙を、彼は見逃さない。


 「『四点(ソッツ)』『五点(シュル)』『六点(ヤシュキン)』『七点(モル)』『八点(チェン)』」


  五回ボールを当てると、ジャガーは後退した。強引にスパークを散らしたレックスから、逃れるためだ。一旦距離を取らせ、再びイシュバランケを間合いに誘い込もうとしたレックスの体を、流星が狙う。まるで恨みを晴らすかのように執拗な流星の狙撃に、レックスは苛立った。力任せに立ち上がった彼は、再び押し潰される。力を使い切ったハイペリオンは、『ここまで』とばかりに『天』を解放した。


 「十分だ、友よ」


  友人が作り出した最後の『隙』。イシュバランケは、勝負を決めるため、跳躍した。流線型の身体にボールを滑らせ、的目掛けて渾身の力で打ち据える。


 「『九点(ヤシュ)』『十点(サク)』『十一点(ケフ)』『十二点(マク)』」


  呼吸も忘れるほど、騎虎の勢いで。何発も何発も、レックスの体にボールを当てていく。自らの意思ではなく、無理やり『生贄』に捧げられた若者たちの無念を載せて、彼は巨人にボールをぶつけた。


 「『十三点(カンキン)』『十四点(ムアン)』『十五点(パシュ)』『十六点(カヤブ)』『十七点(クムク)』」


  ボールを当て続けること、十七回。述べ十七回の流星を受けても尚、レックスは立ち上がった。賞賛に値するタフネスに、イシュバランケは吠えた。


 「―『十八点(ワィエブ)』!」


  十八発目は、レックスの額に当たった。お返しとばかりに―咆哮と共に、レックスは尻尾を一薙ぎした。巨人の膂力で振るわれたそれは、呼吸の乱れたイシュバランケを―遂に捉えた。十メートルほど吹き飛ばされ、イシュバランケは膝を着いた。


  一撃で、骨を何本も持っていかれた。割に合わないとはこの事だ。


 「イシュバランケ!」


  ハイペリオンは、血だらけの脚に鞭を打ちながら、イシュバランケに駆け寄った。そんな彼らに向け、レックスは勝利を確信したように吼えた。地獄の門のように開いた口腔に電気が満ちていき、鋼鉄製の大牙が装填されていく。


  ―まずい。ハイペリオンは能力を発動すると、空気の塊により盾を作り出した。雀の涙だが、今はこれしかない。そんな彼の横で―イシュバランケは、鼻を鳴らした。


 「『死星球戯(ポク・タ・ポク)』。やる気のところ悪いが、ここでコールドだ」


  牙が発射される直前。最後の流星が、レックスの鼻先を強打した。不愉快そうに空を睨んだ彼の瞳に映し出されたのは、眩いばかりの光であった。十八発目の流星が呼び水となり、レックスの五体を押し潰したのは、流星群。祝福の如く鮮やかに降り注いだその数、四百。嘗て巨人『シパクナー』に殺され、英雄イシュバランケとその兄、フンアフプーと共に天に昇ったとされる、青年たちの魂。その怒りが形を為した流星群は、レックス―巨人シパクナーの一切合切を粉砕した。


 「冥府で親に会うといい」


  マヤ文明の球戯『ポク・タ・ポク』。その敗者には『死』が与えられる。四百発の流星群は、正しく巨人を冥府に引きずり込む死者の腕。圧倒的なタフネスを誇る恐竜でさえも、隕石の雨の前には死あるのみ。


 「体はどうですか?」


  自らも体を庇いながら、ハイペリオンはイシュバランケのことを気にかけていた。イシュバランケの体は人体とは構造が異なるため、少しの傷でも致命傷になる可能性を危惧していたのだ。


 「む。少し休めば動けるだろう。天使がいれば解決なのだが―」


  そう言って、イシュバランケは空を見上げた。レックスより遥かに巨大な水竜が、月の夜空を海に見立てて泳いでいる。鮮やかな火線と爆撃を身にまといながら、レヴィアタンはガレオン船に食らいついた。


  ツテがあったのか、或いは戒めのためジャガーの姿をとっている自身のように―あの水竜こそが『彼そのもの』なのか。後者であった場合は―とても、回復魔術に期待できる状況ではない。


 「あのご立派なイチモツが、どうかしましたか?」


 「何でもないさ」


  イシュバランケ自身、我妻天使が自信満々で『ガレオン船団は任せて』と言った時は場を和ませるための冗談かと思っていたのだが。実際にどうにかしてしまいそうなのだから、彼は大物である。


 「ボ=グ殿の方は片付きそうです。我々は祭壇とやらをファックしに行きましょうか」


 「口が悪いぞ、司教」


 「これは手厳しい」


  ハイペリオンはイシュバランケを抱えると、力を使って飛翔した。目指すは祭壇。月の命運を分ける、最後の戦いが近づいていた。


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