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水縹に咲く二ロトパラ  作者: 山野悠太
第1部 3章『天を裂き咲くアグニの火』
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11話 チャングよりも易い賭け

 兄様。


  誰かが、呼ぶ声がする。眩しくて、明るくて。そして、誰よりも我儘で。手を焼かされて、時には腹が立って、それでも彼は、妹を―ミライを愛していた。


  『個性』という言葉が形骸化した月世界において、自由な彼女(ミライ)は燦然たる太陽であった。しかし、日は昇ればやがて翳る。それが、運命である。無機質な青い光。命の悉くを焼き焦がす、感情(ぬくもり)のない憎悪。それは彼女の乗る船に降り注ぎ、そして全てが終わってしまった。


  日は落ちた。落ちてしまった。しかし―『日が落ちれば、やがて日は昇る』。それもまた、道理なのだ。ミライの姿が、とある少女の姿と重なる。ミライのものとは似ても似つかない白い肌。妹が決してしないような、派手な出で立ち。しかし、陽の光のような金色の瞳だけは、同じだった。


  兄様。


  妹が、ミライが言っている気がする。永きに渡る月の夜が終わりを告げて、夜明けの空が訪れる。それはすぐそこまで来ているのだ、と。


  ヒライは、目を覚ました。周囲を見回す。どうやらここは、どこかの倉庫のようだ。整然と積まれた貨物には、大量の武器が収められている。朦朧とする頭で、彼は現状把握に努めようとした。


  初めに思い出したのは、弟の裏切り。信じていた家族に裏切られ、彼はこうして捕らえられている。次に思い出したのは、儀式の為に連れ去られた、フレドリッヒ基地の人々。彼らは戦争で身寄りを失った者たちだった。身重の者もいた。一刻も早く、助け出さなければ。


  何をするべきか、何ができるのか。それすらも分かっていないが、それでも―彼はガスで燻された体を起こした。それは長年の不屈の執念がなせる技か、或いは何らかの手当が施されたか。


 「元革命軍、ヒライ・カナフだな」


  ぼんやりと周囲を眺めていた彼に、一人の男が声をかける。咄嗟のことに、ヒライは身構えた。しかし、ガスの影響か体が痺れ、彼は不格好に倒れ込んだ。軍服に身を包んだ男は、そんなヒライを助け起こした。


 「げほっ、ごほっ…い、如何にも」


  急に目が渇き、彼は大粒の涙を流した。肺が締め付けられるように痛み、鼻や喉の粘膜は異常な痒みを訴えていた。


 「催涙ガスの影響だ。済まない、ある程度ガスが抜けたとばかり。おい、薬を持ってきてくれ」


  男は部下に命令すると、吸引器を持ってこさせる。それを組み立てると、男はヒライに差し出した。


 「よく吸って、吐くといい。ムーン・ビーストに処刑され、苦しまないのは不自然と判断したのでな、催涙ガスを使わせてもらった。混入させた睡眠ガスで諸君らの死を偽装できたが…結果死よりも苦しい目に合わせることになってしまったな」


  部屋の奥で止まらないくしゃみと格闘する若いレン人を横目に、男は苦笑した。彼はヒライと同年代の老練な男であり、皺ひとつ無い軍服には勲章を付けていた。軍服は幽閉機関のものではなく、ウボス防衛軍のものであった。ウボス防衛軍はレン人の中でもムーン・ビースト寄りの人間が多いとされており、幽閉機関の月面支部もウボスに拠点を構えている。解放同盟にもウボス出身は数える程しかおらず、それ故に捕らえられた時にはヒライも死を覚悟した。しかし、畢竟彼は一命を取り留めた。


  吸引器から薬を吸い込むと、粘膜の炎症も収まってきた。彼は薬を返すと、男に向けて頭を下げる。


 「礼を言わせてくれ。命を救っていただき、感謝してもしきれない。我々に求めることがあれば、なんなりと言ってくれ。ところで、貴殿らはウボス防衛軍とお見受けするが」


 「如何にも。私はウボス防衛軍第二艦隊司令、ダナン・ナムリス」


  司令、と聞いてヒライは身構えた。過去―クレマトリオム発の輸送列車を襲撃した際に、彼らに執拗な追撃を仕掛けたガレオン艦隊がいた。幸い―救い出した命よりも、失われた命が多くなることはなかったが、それでも多大な被害を被ったことは確かである。


 「…そう睨むな」


  そして、その艦隊の指揮を執っていたのは、奇しくもダナンその人であった。


 「貴様らの身勝手な復讐のせいで、余計な犠牲が増える。それを理解せぬ貴様らを、私が根絶やしにしてやろうと思ったまでだ」


  実弟と同じ主張に、ヒライは目を伏せた。敵対する者たちは、同盟の本質を見透かしている。その通り、解放同盟の士気が高いのは、そういう事だ。『巡礼者(ズィアーリ)』などと、大義を騙ってはいるが―彼らは皆復讐者。大義よりも恨みや苦しみ、そして犠牲になった『誰か』をもう二度と生み出さないために、命を捨てて戦っている。


 「ならば何故。我々を助けた?」


  老兵は、視線を交わした。ダナンは自身の短い髭を触ると、ため息をついた。


 「貴様らのやっていたことは、手の込んだ自殺だ。勝ちの目は万に一つもない」


  そして、と彼は言葉を続けた。


 「『彼ら』の戦いもまた、チャング(博打)よりも分が悪かった」


  そう言って、彼はヒライに携帯端末を差し出した。それは彼の私物であり、八角形の白色のモニタが花弁のように折り重なっていた。


 「これは…」


  どう使うのだ、と言いかけたヒライの眼前に、花弁の一枚が立ち上がる。そして八角形のモニタに、SNS『スァマァ』の画面が映し出される。


  幾つもの投稿が、目にも止まらぬ早さでタイムラインを駆け抜けていく。ある者は写真を、ある者は動画を。皆とある一本のストリーミングの切り抜きを、挙って拡散しているようであった。


  写真に写っている人物には、見覚えがある。一人は、解放同盟の運び屋、ウォン・ドウォート。もう一人、黒とビビッド・ピンクのツインテールをたなびかせ、星空を駆けているのは―花崎海咲。後者の写真は、途中で戦闘を放棄したスターファイターのパイロットが、望遠カメラで撮影したものであるようだ。


 「…配信を見た。彼らの手によって、邪悪なる『ヘイロー』が堕ちる様子も」


  別の動画には、満点の星空を彩る、赤い流れ星―爆発するヘイローと、その破片が収められていた。またある画像には、流行に敏いイラストレーターによる、ウォンと海咲のファンアートが描かれていた。


  端末をダナンに返すと、ヒライは立ち上がった。ダナンが自身を助けた理由。それを悟ったからだ。


 「ヘイローが堕ちたのなら。万に一つの革命が、チャングより易い博打(勝ちの目は七に一つ)になると思わないか?」


 「左様。我々には、今しかない」


 「この期を逃せば、我々は永遠に闇の中だ。共に戦ってくれるか、『同志』よ」


  二人は握手を交わした。ダナン・ナムリス―彼は現『ウボス防衛軍第二艦隊司令』にして、ヒライと同じ『元革命軍』であった。彼は虎視眈々と狙っていたのだ。再び、革命の火を掲げる瞬間を。そして、永きに渡る隠伏の時を経て、彼は反旗を翻した。嘗ての同志―ヒライ・カナフと共に、ムーン・ビーストを打倒するため、男は丹念に準備してきた『仕掛け』の数々を発動した。




  『ウボスの湖』近郊。第一攻撃艦隊の司令官―ウィン・ブンは、出世のことしか頭にない下賎でつまらない男であった。彼は自らが指揮する宇宙船の艦橋にも上がらず、船内に拵えた豪華な自室で酒を嗜んでいた。本日、ウィンの指揮する艦隊に与えられた仕事は、ウボスの湖の北西に位置する『祭壇』周辺の警戒・警護であった。彼は執り行われる儀式の内容を知らされておらず、また知ろうとも思わなかった。随伴した貨物艦には『生贄』が積まれているようで、彼はレン民族解放同盟などと自称する羽虫の群れの襲撃を期待していた。もし性懲りもなく同盟が現れれば、彼の無聊も幾分か慰められたはずなのであるが、畢竟彼らは同胞を救いに来なかった。


  ウィンは先程、通信士から連絡を受けた。どうやら、儀式が始まるようだ。面倒事が起これば、責任を取らされることは必至。ここからあとには、何事もないことを祈るだけである。願わくば、祭壇に封じられた『月トカゲ』が、この祈りを聞き届けてくれれば良いが。


  しかし彼の勝手な期待に反して、ムノムクアは今も無限に循環し続ける多次元宇宙を彷徨っており、矮小な地球の衛星のことなど気に留めていなかった。無論、ウィンの願いなど聞き入れようはずもない。


  緊急を告げるベルが鳴り響いた。それは船室の調度品が割れてしまうのではないか、とウィンが危惧するほどの大轟音。小心者の彼は驚いて、グラスを倒してしまった。


 「艦長、ウボスから緊急入電です!」


  零れた酒を拭きながら、ウィンは顔を顰めた。


 「ウボス工廠にて修繕中の幽閉機関ステム級二番艦『サイサリス』が、レン民族解放同盟にジャックされたとの報告あり!また、防衛軍内でクーデターが発生、我々《第一艦隊》の基地が掌握されました!」


  想像だにしなかった有事に、ウィンは椅子から転げ落ちた。


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