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水縹に咲く二ロトパラ  作者: 山野悠太
第1部 3章『天を裂き咲くアグニの火』
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8話<後編> 天を衝き咲くアグニの火《アグネーアストラ》

「ヘイロー、着弾を確認!」


  如何に身体強化魔術と言えども、光を捉えられるほど動体視力が強化されることはない。海咲は為す術なく高密度のエネルギーに飲み込まれた。周囲のビット共々トライアドが爆散し、赤い光を放った。


「他愛ない。『五守護』とはいえ、所詮は人の身―」


  周辺宙域の霊子が巻き上げられ、青みを帯びた粒子が夜空を毒々しく彩った。暗い深海に降り注ぐ雪のように、温かみの無い残酷な光。その中を泳いでいるのは、獰猛な瞳を爛々と輝かせる、無数のビット。彼らは『トライアド』の残骸を睨みつけると、一斉に射撃を開始した。


「…っ!?ビット、攻撃を再開しました…!」


「何…?」


  オペレーターの困惑した声に、監督は触手を窄めた。ビットの攻撃が再開したということは、『そういうこと』である。


  宙域を引き裂くように、赤い光が走る。それは、禍々しい雷を伴った、真紅の熱線。ビームに掠められたビットは、外装を溶解させながら爆散した。


「化け物め…っ!」


  監督の言う通り―海咲は、化け物である。人に仇なし、人に討たれるために産まれた、五柱の生贄の一人。『五守護』とは、星外の悪意に対する『抗原』であり、決戦兵装。当代、五行思想に於ける『火』を司るのは、花崎家。その末裔が、花崎海咲である。


「…電子レンジに入れられた、ダイナマイトの気分だよ」


  私は地雷だけど、と余計な一言を付け足すと、海咲は獰猛に口元を歪めた。身体強化魔術に、三分間限定の大気圏外活動補助。ヘルメットを投げ捨てた彼女の黒髪は、修羅のように揺らめいていた。帰還のための魔力など全く考慮しない―ありったけの強化< (バフ)を盛って、彼女は『(震電)』を広げた。彼女の体は炭化したトライアドの簡易外装を突き破り、羽化するかのように起こされる。彼女の周りを旋回する八つのアハト・アハトは、鎌首を擡げる蛇の頭のように羽虫(ビット)牽制していた。


  A(アンチ)M(マジック)C(コーチング)にも応用される、アブレーションという現象がある。主に宇宙船や試料カプセルの大気圏突入時に用いられる技術であり、敢えて外膜(アブレーター)を熱分解させることで反応熱を奪い、熱を外装内部に伝えないようにする技術である。海咲と天使はこの技術を応用し、簡易外装で収束ターボレーザーを受けた場合のみ、外装の昇華により一撃だけは耐えられるように再設計を施した。


「…落とせ」


  黒衣の堕天使が、星空を舞う。その光景は幻想的で美しく―そして少女が放つ赤い光は、凶兆の如く青い光を炭素の塊へと変えていく。何より、魔術的な保護外装を展開しているとはいえ、宇宙空間をほぼ生身で飛翔するその姿は、監督にとってタチの悪い夢のようだった。


「撃ち落とせェ!」


  反転した戦闘機と攻撃機、そしてビットの群れが海咲に向けて襲いかかる。


  彼女の両手に握られているのは、エーテル塊で形作られたドイツ式ライフル―カラビーナー・アハトウントノインツィヒ・クルツ《Karabiner 98 Kurz》。本来手動操作が必要なボルトアクション式のそれは、外装だけが模倣されていた。ミーハーな海咲にとって、中身の機構などは全くどうでもよかった。大切なことは、一:名前が格好いいこと、二:再生させるため、一度『壊して』いること―その二つだけである。


「ターゲット・ロック。墜ちなさい…っ!」


  彼女はライフルを構え、そして引き金を引いた。膨大な魔力を伴って射出された閃光は、射線上の敵機を巻き込んで融解させる。鮮やかな爆炎の中、海咲はヘイローに向けて悠々と翼をはためかせる。右目から血のように赤い雷の涙を零しながら、彼女は左手にライフルを二本束ね、右手には多節蛇腹剣―ジャガーノートを構える。


 スターファイターを焼き潰し、ガンシップを袈裟斬りにする彼女の姿は、凡そ人類種の味方には見えない。今の彼女は例えるなら―クライン教『ヨハネの黙示録』に描かれる、赤い邪竜を従えた大淫婦(ファムファタール)。天使の輪を堕とさんと傲慢な赤い光を撒き散らし、花崎海咲はどこまでも加速していく。


「再装填はまだか!」


「再装填完了まで、あと一分!」


  こんなに長い一分間があるものか。監督は唸った。完全に『五守護』の力を見誤った、自分の落ち度である。仮に幽閉機関標準の戦艦の一隻もあれば、決着は早かったことだろう。たかが少女一人と高を括り、雑兵(羽虫)の群れを差し向けてしまったことが、失敗であった。これでは火事に際して、コップで消火を試みているようなものだ。


  隙を見せたスターファイターを背後から叩き斬ろうと振りかぶり―海咲はジャガーノートを放り投げた。パイロットは、自分と年の離れていない、子供だった。態々戦意喪失し逃げていく戦闘機を追撃して、犠牲を増やすのは得策でない。それよりも―と視線を動かすと、彼女はビットの群れを誘い出し、漂うジャガーノートの刃に接近させる。魔力供給が切れた大剣は先端から爆発し、海咲を付け狙い巻き込まれたビットの群れは、宇宙空間に花を咲かせた。


 少女は二つに束ねたライフルの接合を解除して両手に持つと、霊子を充填する。宇宙の霊子場によって魔術砲が減衰してしまうのであれば、減衰しても問題ないほどの魔力で叩き込んでやればよい。ぱちり、と。彼女の右目から、光が走った。花崎海咲の好きな四字熟語。それは『最高火力』である。


  両の腕を広げた少女。銃口から、熱線が照射される。赤い光に焼かれ、命が瞬いていく。彼女は照射を行ったまま半回転し、全方位を焼き払った。


  これで、陣形が崩れた。仕掛けるなら、今。


  これ以上、魔力に余裕はない。彼女はライフルを握ったまま、音速を超える速度で羽ばたいた。


「第三防衛ライン、突破されました!」


「おのれ、小娘が…っ!」


  ヘイローの再装填には、残り四十秒。ここからは、我慢比べであった。残ったビットを花崎海咲に差し向け、監督は椅子を叩いた。兵力は半数以上を失った。せめて、奴だけは撃ち落とさなければ。


  海咲の前に、『ヘイロー』がその威容を顕にした。回転する子機は、青白い粒子を纏いながら、漏斗―親機の周りを高速で駆け巡っていた。それほど時間はなさそうだ。


  彼女は、再び二丁のライフルを一つに束ねた。そして周囲の霊子を取り込みながら、ありったけの力を込めていく。充填完了までは、二十秒。誤算があったとするならば、ヘイローの射線に位置するこの場所は、霊子場が掻き乱されていることだ。


  旋回していたアハト・アハトを自身を内接円とする正八面体状に配置すると、海咲はシールドを張った。無論、『ヘイロー』によるターボ・レーザーの照射に対しては殆ど無力であるが―それでも数秒は稼げるはずである。


  ここから先は、私の距離。刺し違えてでも、撃ち落としてみせる。彼女は不敵に笑うと、震電に搭載された魔術式を用いて、オープン・チャンネルの回線に割り込んだ。


「…!?敵機から通信です!」


「何だ!?」


 焦燥感に駆られた司令室に、無邪気な声が響き渡る。


「確認させて。小銭は用意したかしら?」


「何が言いたい…っ」


「だって―」


  努めて―飄々と、余裕たっぷりに。海咲は、艶然と微笑んで見せた。彼女は生身で宇宙空間にいるのだが、余剰のない魔力を使ってでも『声』を届けることに執着した。あと一手―詰めないと、『万が一』が起こり得る。その、最後のひと仕上げが、この通信。


「―あの世で困ってしまうでしょう?」


  監督は、地上の伝承にも精通していた。『ニホン』なる国の宗教では―六文銭(小銭)がなければ、地獄の川を徒歩で渡る羽目になる。『お前を殺す』。つまり彼女は、そう言いたいのだ。監督は、肘置きを握り潰した。金属のひしゃげる音が、霊子の波となって海咲の耳に届いた。


「死ぬのは貴様だ、売女(ビッチ)め!人の身で『ヘイロー』に挑もうなどと…っ!思い知るがいい、己の愚かさを!」


  海咲の狙いなど知らず、監督は鼻息荒く答えた。一頻り監督(せんせい)が吠えたことを確認して、挑発的に歪められていた少女の口から、言葉が返される。


「ええ。『時間稼ぎ』にお付き合いどうも」


「…っ、貴様…っ!」


  回線を閉ざした海咲の体を、シールドの間隙を縫って侵入したビームが掠めていく。それは黒いレースを引き裂いて、宇宙に赤い玉が転がった。しかしそのような些事、彼女は気にかけなかった。瞳を閉ざし、意識の全てを引き金に掛ける指に注ぐ。


「再チャージ完了まで!十五!」


  司令室では、カウントダウンが始まった。


「敵機、エネルギー増大!あと十五秒で臨界です!」


  海咲の周囲の霊子が、赤黒く光を放つ。火属性にエンチャント、強制的に励起された霊子は、悲鳴をあげるように高周波の振動を発した。彼女を中心として、霊子が巻き込まれていく。それは、ヘイローの子機の力を以てしても止められない。渦を巻くようにして、海咲の手のひらに霊子が収束した。


「―天裂き星を穿て」


  そう呟いた彼女は、目を見開いた。


  きらりと、光が瞬く。


「撃てェェェェ!」


  金切り声を上げた監督(せんせい)は、光の輪(ヘイロー)に命令を下した。それは再チャージ完了五秒前。彼は完全に、海咲の動きを読み切った。我慢比べは、彼の勝ちである。


  花崎海咲が動くよりも早く。ヘイローから放たれた光が、甘めの地雷服を撃ち抜いた。豊かなローツインのシルエットが青白い光に飲み込まれたことを確認し、監督は興奮のあまり触手をうねらせた。


  しかし。彼は気が付かなかった。自身がまんまと、挑発に乗せられていたことに。


「高エネルギー反応確認!目標、健在です!」


  オペレーターが泣き叫んだ。ムーン・ビーストは、鳴り響くアラートに現実へと引き戻された。照射されるレーザーの中を突き破って、巨大なエネルギーが渦巻いている。


「ふふ、我慢できなかった?ちょっと魅力的過ぎたかな―私」


  モニター越しに、監督は海咲と視線を交差させる。冷たい殺意に満ちた瞳。ムーン・ビーストは、乾いた吐息を漏らした。気圧されたのだ、人間の少女に。


  ターボ・レーザーの青白い輝きは、霊子シールドを貫通し、八機のアハト・アハト―質量を有するエーテルの壁を融解させ、海咲の体に迫った。しかし―例えるならば水が濾過層を通り抜けるまで時間を要するように、レーザー粒子が銃口の前に収縮していた膨大な霊子の層を瞬時に貫通することは不可能だ。


  残り三秒。少女の華奢な五体が、『ヘイロー』によって焼かれるまでの猶予である。


「悪いけど、『二回戦』はないから―」


  それだけ稼げたのなら、彼女の勝利は揺るがない。


  破壊的なエネルギーを押さえ込み、両腕に構えたライフルに充填していく。行き場を失った力は暴れ狂い、周囲に赤黒いスパークを散らした。その力の主たる海咲は、激流のようなエーテル群に指向性を持たせる。


  『支配』による『一元化』の押し付け。その力の象徴が、この月の夜空に浮かぶ、『光の輪(ヘイロー)』。誰よりも『個性的(自由)』な彼女は、その在り方を許さない。照準をヘイローに合わせ―少女は引き金に指をかけた。


「『裂衝(アグネーアストラ)』!」


  ヘイローの光が途絶えた。青白く輝いていた宙域は、暴力的な赤色に埋め尽くされる。ライフルの先端から撃ち出されたのは、アグニの火。相対する尽くを焼き滅ぼす、海咲の奥義。回転を伴った高圧の霊子ビームが、星空を引き裂いて、天を衝く。放たれた火は、光の輪(ヘイロー)を子機諸共融解させ、小惑星ごと撃ち抜いていく。


  モニター越しに迫る熱線を確認し、司令室はパニックになった。逃げ惑う者、茫然自失で椅子に凭れかかる者。ムーン・ビーストは、赤黒い光をぼんやりと眺めていた。


  何と悪辣で、何と冒涜的な光であろうか。邪たる■◾︎■■◾︎■■の落胤。大いなる神ムノムクアの天敵にして、教義における最も邪悪な神の娘よ。


「悪魔め…っ!」


  ヒキガエルは、でっぷりと太った体を乗り出した。そして、呪詛の籠った口調で、悪魔の娘を罵倒する。


「悪魔、めェ…っ!」


  赤い光が司令室の床を突き破り、監督の体を蒸発させた。


  少女は、裂衝(アグネーアストラ)を照射したまま、砲塔を大きく斬り上げた。反動は全て、震電によるブーストで相殺する。押し潰されそうな感覚に、海咲の視界はスパークする。それでも、彼女は手を緩めない。『ヘイロー』含む幽閉機関月面支部の軌道基地を貫通した霊子ビームは、基地上部分を完全に分割した。中心から溶断された小惑星は、爆発を起こしながら崩壊していく。


「…どうだ。小悪魔だって、たまには天使に勝つのです。ぶい」


  巻き込んだ霊子が盾になり―更には挑発によって、フルチャージでの照射を受けずに済んだとはいえ、ヘイローの直撃を受けた海咲の体は、限界を迎えていた。ビットの猛攻を受け、折角買ったばかりのセットアップも、穴だらけになってしまったのが残念だ―などと海咲は思った。こんな時にも服の心配をするのが、女の子というものなのだ。


  そして、彼女の服よりも遥かに鮮烈に―ヘイローはその最期を遂げた。行き場を失ったターボ・レーザー粒子は、魔術の熱量により強制励起され、花開くように炸裂した。何年にも渡り、レン民族たちの『自由』を制限してきた悪辣な兵器の末路にしては―それは儚く美しい光だった。


「ふふ、綺麗な花火だ」


 くすりと笑った海咲の腹部を、生き残っていたビットが撃ち抜いた。血を吐きながら、彼女は魔力の切れた震電を格納すると、慣性の導くまま月の重力に引かれて落ちていく。その傷だらけのシルエットは、貪るようにして放たれた幾重もの光に穿たれる。


「ああ。少し…疲れた、な」


  宇宙を漂う小悪魔は、ゆっくりと目を閉じた。消え行く意識の中で唯一気がかりだったのは、少女が地表に残してきた、とある仲間のことだった。


  私の犠牲で、ヘイローは堕ちた。これで、お膳立ては整った。少し腹が立つが―手柄はくれてやろう。あとは、『彼』が『ヒーロー』になるだけだ。レンの民を導く、『希望の象徴(ヒーロー)』に。


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