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水縹に咲く二ロトパラ  作者: 山野悠太
第1部 3章『天を裂き咲くアグニの火』
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8話<前編> 天を衝き咲くアグニの火《アグネーアストラ》

 その瞬間。隣の七番カタパルトに、ミサイルが直撃し、火の手が上がる。吹き上げた炎を前にしても、海咲は恐れなかった。彼女はトライアドのエンジンの回転数を上げていく。射出口のモニタに表示されていた赤いランプが、順番に緑へと切り替わる。


 システムオールグリーン、エラーなし。赤い矢印サインが点灯し、カタパルトが殺人的な加速力を以て押し出された。それは海咲の乗る三輪バイクを乗せ、天を仰ぐレールの上を走っていく。


  彼女の後方で、射出口が爆発する。その爆風に急かされるようにして。少女は遥かなる星空へと飛び立った。それは宛ら、流星の如く。海咲は光の尾を引いて、遠くに瞬く天使の輪に向けて飛翔する。


  身体保護に、魔術による酸素供給。視力強化魔術を施した彼女の瞳に、青い光が映った。ン=グィのドームを掠めるように落ちたのは、ヘイローによる長距離狙撃。偏光シールドによって制御されたその一撃は、霊子による減衰を受け付けない。しかし、誤射を避けるために限界まで引き絞られていた出力では、宙を駆け上がる流星を捉えきらない。


  致死性の青い極光を、少女は規格外の魔女箒<震電>による機動力で回避してみせる。身体強化を施したとはいえ、所詮は女子高校生の身体能力。急加速により血の気が引き、海咲は意識を手放しかけた。歯を食いしばり、脳に血液を回す。魔術を体内(しんぞう)に行使し、ブラックアウト寸前の血圧を強引に戻す。そして少女は、自らを見下ろす傲慢な天使を睨みつけた。


  光の輪(ヘイロー)を制御するのは、月のラグランジュ・ポイントの一つに位置する司令室―通称『ガルガリ』。幽閉機関月面支部の心臓部、ガルガリの支配者たるムーン・ビーストは、『監督』と呼ばれていた。彼は『首長』から連絡を受けると、即座に指示を出した。


  司令室のレーダーが、飛翔体の姿を映し出す。戦闘配備命令が出され、複数存在する衛星軌道基地から無数の攻撃機(ガンシップ)戦闘機(スターファイター)、そして対戦闘機用ドローン(ガンビット)が射出されていく。


「第一射、回避されました!間もなく第一防衛ライン!接敵します!」


  オペレーターの言葉に、監督は叫んだ。


「寄せ付けるな!」


  ムーン・ビーストは苛立ちを隠そうともせず、口元の触手を開いた。再装填完了までは二分ほど。場合によっては、モスクワの海上空から撤退しなければならないことも想定される。戦況はこちらが優勢と報告されているが、それはヘイローの援護あっての事である。仮にヘイローが破壊、或いはその場を離れるようなことがあった場合には―万が一も有り得る。監督は不愉快そうに触手を震わせた。


  青白く光るモニターに映し出されたのは、空を駆け昇る『トライアド』。半透明の簡易外装から彼らを睨んでいるのは、地雷メイクの女子高生。輝く月面を背に、バーニアを瞬かせながら迫る黒い機体は、宛ら悪魔のように見えた。


「攻撃開始!撃ち落とせ!」


  最初に接敵したのは、戦闘機。編隊を組むスターファイターの群れに、漆黒の機体は突貫していく。広げられた翼から、アハト・アハトが射出される。それは彼女を守るように円環を作ると、一斉射撃を開始する。主砲が赤く火を噴き、月の夜空を小さな星々が彩っていく。少女は出し惜しみをしないつもりであった。最高火力を叩きつけられたスターファイターは、シールド諸共コクピットを蒸発させる。


  半透明のコクピットに、アラートが鳴り響いた。トライアドの背後に三機ほど、戦闘機が取り付いている。それは機銃を構えると、敵機をロックした。しかし、トリガーに掛けられた指は、責務を果たす前に焼き切れた。先頭を行くスターファイターは、半身に割られていた。溶断された断面から、スパークが散る。慌てて機首を翻した戦闘機のコクピットに、アラートが鳴り響く。


「ジャガーノート!」


  トライアドの背面から伸びているのは、赤熱する多節剣。海咲はそれを、旋回次いでに背後のスターファイターに叩きつけた。酸素ボンベに着火し、爆発した敵機を文字通り尻目に、海咲は前方への火力を集中させる。


  戦闘機は抜いた。次は恐らく攻撃機(ガンシップ)


  彼女は歯を食いしばった。その目に映るのは、数百発の誘導ミサイル。急旋回を繰り返しながら、トライアドはミサイルの雨の中に躍り出た。背部に迫るものは、ジャガーノートで迎撃する。主砲でミサイルを焼きながら、最高潮に熱狂した射線の群れを掻い潜っていく。


  青白いビームの一本が、トライアドに激突する。その衝撃に、海咲は舌を噛みそうになった。アハト・アハトを撃墜されながら、海咲はどうにか火薬のカーテンから脱出する。そんな彼女は、ビットに取り囲まれた。


「ちっ…」


  余裕のない舌打ちは、青白い熱線の歓迎に掻き消された。サイズ感にして小型バイク(125cc)ほどの対戦闘機ビットは、顔面に三門のプラズマ・ビーム砲を備えた六本足の円柱体。後部に伸びる六つの足は燃料タンクの役割を果たしていた。帰還を考慮してしない大推力で目標に取り付き、電子機器をダウンさせるプラズマビームで制圧する、幽閉機関の誇る恐ろしい兵器である。


  前方にビームの幕を下ろされ、海咲は機首を直角に跳ね上げた。方向を誘導されていることは看破したが、蜘蛛の糸から抜け出せない。焦燥感に駆られた彼女は、強引な包囲からの脱出を試みた。


「ヘイロー、チャージ完了!」


「敵機、射線に入りました!」


  海咲の勘は当たっていた。リチャージを終えたヘイローが、スパークを散らしながら子機の展開を開始する。漏斗型の親機の周囲、一列に並んだ子機が、ぐるりと円環を形作る。それは漏斗の先で高速回転し、射線上の霊子を弾き飛ばしながら偏光シールドを展開する。


  監督(せんせい)は、にやりと笑った。勝利を確信し、命令を下す。


「撃て」


  夜空に、一筋の光が走った。それは、発振した無機質なレーザーの輝き。霊子によって撹乱されるはずのそれは、子機の作り出した『道』に沿って光の速度で瞬いた。

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