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水縹に咲く二ロトパラ  作者: 山野悠太
第1部 2章 『夢の終わり』
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4話 ねこパンチは届かない

 地上にあった中央司令室は、跡形もなく吹き飛ばされた。だるま落としのようにして落ちていったビルの上階は、地下に存在する中央監視室にも特大の爪痕を残していった。凡そ想定されていない振動を受け、壁に埋め込まれていないモニタ類は軒並みひっくり返された。


  司令部はこちらに移され、指揮権は監視部の部長に移った。当然、彼には知識はおろか心構えすらなく、挙句の果てには打つ手もなかった。


「大岩、依然として健在!接近してきます!」


  部下の悲鳴のような報告を受けた彼は、頭を抱えた。上長こと、公爵の側近には連絡済みだ。元はと言えば、大岩を見落としてしまったこの部署の責任である。恐らく自分はここで生き残ろうが死のうが、何れにしても死ぬ運命にあるのだろう。


  ならばいっそのこと、同盟に下ってしまおうか。そんな想像をした彼の横で、不敵に笑う者が一人。


「来たか」


  それは、筋骨隆々の怪物だった。鰐の顔を持ち、幹のように太い尾を持っていた。二足歩行のその体は、不自然なほど胴体が太い。身長は三メートルを超え、筋肉量は常人の数十倍。エジプト出身であった彼は、元々怪力として名を馳せていた。彼は、威圧するように出来損ないの爬虫人類たちを従え、中央監視室の職員たちの胃をきりきりと締め上げさせていた。


「部長―いや、防衛隊長代理」


  彼は粗暴な口調で、震えるレン人の男に声をかけた。哀れな男性は、上擦った声で返事をする。


「な、なんでしょう」


「生贄の移送を終わらせろ。早急にな」


  予定では三時間後に行われるはずであった、生贄の移送。当然、まだ完全に準備が出来ているわけではない。しかし、有無を言わせぬゼーベックの様子に、防衛隊長代理は頷く他なかった。「恐縮ですが、部署が異なります。私の管轄ではございません」と言いたいところであったが、それを言った瞬間に彼は殺されてしまうだろう。


  慌てて調達部と技術部の部長に電話を掛けた男を他所に、鰐男は悠々と監視室を出ていった。彼の望みは、仇討ち。復讐心に駆られるゼーベックは、夢にまで見た仇との再戦に心躍らせていた。




「さあ、準備はよろしいですか〜?」


  無線が入る。泥田善子の言葉に、一同は頷いた。我妻天使、ハイペリオン司教、イシュバランケ、そしてウォンの四人を含む部隊は、施設背面から迫る岩山内部にいた。彼らは小型の揚陸艇の中におり、複数のレン人戦士と共に出番を待っていた。月の地表は、言わずもがな真空に近い。イシュバランケ<ジャガー>も含め、彼らは宇宙服に身を包んでいた。


  一度狙われた際は失敗―ことの露見を覚悟したが、どうにかここまで辿り着いた。月の技術も、たかが知れているようだ。善子は、不敵に笑った。


  海咲は迎撃兵器をあらかた破壊し終えたようであった。機銃の類は健在だが、元々対地用のものではなく、地上(こちら)を狙えるものは少ないと考えられる。これで、時間は稼げる。恐らく、仕込みも上手くいくだろう。彼女は無線機を取り上げると、芝居のかかった口調で宣言した。


「ヒトハチマルマル。作戦開始です♡」


  相槌のように「ごー」とお気楽な通信が入る。それは今なおドッグファイトに興じる、海咲からであった。


  岩山に開けられた窪みから、揚陸艇が飛び出す。それは地面に落ちると、真っ直ぐに施設の出入り口を目指して走っていく。ここで撃たれれば全員地獄行きとなるが―海咲によって指揮系統ごと破壊された防衛設備は、彼らをロックオンすることは無かった。


  無事にシャッターまで辿り着くと、天使は分厚い金属の板に二股の鉾を突き立てる。それはドリルのように回転すると、シャッターに穴を開けた。慣れた様子で穴を覗き込み、少年は開閉ボタンの位置を確認すると空間転移を行使した。見張りを即座に打ち倒すと、彼はシャッターを開く。ここは、過去海咲たちが脱出した出入り口のように、車庫としての役割を果たしていた。警備も薄く、侵入するには格好の場所だ。彼らは揚陸艇ごと中に入ると、再びシャッターを閉めた。


「場所は」


  ハイペリオンにそう尋ねられたウォンは、地図を開いた。『生贄』と夢沢渡里がいると思わしき地下実験場には、十分以上かかりそうだ。彼らはヘルメットを格納すると、移動を始めた。


「僕とイシュバランケで前を見る。チン○司教は殿を」


「了解」


後背位(しんがり)ですね。承知しました」


「最『交尾』って言うと思った」


「これは手厳しい」


  『手厳しい』も何かの隠語だったっけ。


  そんなことを考えながら、少年はジャガーと共に道を進んでいく。恐らく、施設内部は敵が多い。なるべく時間は掛けたくないが―と天使は思った。


「敵だ」


  天使は後続に指示を出し、身を隠すよう指示する。応援を呼ばれるのは面倒くさい。同時に八人、殺す必要があるか。


「イシュバランケは手前を。僕は後ろの六人を蹴散らすよ」


「承知」


  そう言うやいなや、イシュバランケは前方の敵に踊りかかった。物陰から突然現れたジャガーに狼狽した兵士たち。一人は不意打ちで喉笛を噛み切られ、絶命した。獲物の死亡を確認すると、彼はもう一人に狙いを定める。


  一方、天使は後方に空間転移すると、鉾を一薙ぎした。一瞬にして、六人が十二人に増えた。胴体と脚を切り離された兵士たちは、暫く呻いていたものの、すぐに静かになった。


「イシュバランケ」


  天使は、相方の様子を伺った。彼は、宇宙服の存在を失念していたようだ。倒れたレン人に宇宙服でカバーされた『猫パンチ』を放った様子を見て、我妻天使はため息をついた。


「…違うぞ」


  結局喉笛を噛み切り、彼は肉を吐き出した。


「いや、猫パンチしてたよね?」


「していない。爪で切り裂いた」


「切り裂けてないよね?爪でてなかったよね?」


「やかましい。作戦に集中しろ」


  イシュバランケはふい、とそっぽを向いてしまった。そこから更に進んだ先。薄暗い回廊の先に、その部屋はあった。


「情報では、この先だ」


  地図を広げたウォンがそう言った。周囲に敵影はない。このまま万事が上手く行けば、生贄たちを逃がすのは容易だろう。


「…血の匂いがする」


  イシュバランケは、そう言って唸った。濃密で凄惨な、暴力の臭気。鼻が利く訳では無い天使にも、その気配だけは感じ取れた。


  ウォンは、事前にスパイから横流しされていた解除コードを、扉の横の端末に打ち込む。無機質な金属音と共に、扉が開いた。


  血と、死の臭い。明かりもついていない、広い部屋。そこには、レン人たちが詰め込まれていた。栄養状態は非常に悪い。そしてこの血の匂いは、拷問などの結果によるものではなかった。


「…惨い」


  ハイペリオン司教は、目を覆った。如何に超人的な力を持っていようとも―彼は、あくまでも『普通の』倫理観を持つ人間だった。


  それ故に。亜人種とはいえ、人間同士の『共食い』など目の当たりにしようものなら、気分を害するのは当然のことである。ハイペリオンはぎゅっと拳を握りしめると、女の死体に群がっていた若い男たちを抱き締めた。


「もういいんです。いいんですよ。助けに来ました。食料なら、幾らでもあります。だからもう、そんなことはやめましょう」


  筋骨隆々の男に抱き締められた若い男たちは、訳も分からずに―ハイペリオンに噛み付いた。彼の着ているスーツに歯型が付く。ただ、それだけである。


「…『公爵』とやらは。何故、このようなことを」


  顎の力も尽きて、崩れ落ちた男。彼をそっと抱き上げると、ハイペリオンは肩を震わせた。


  彼らは知る由もない。公爵が、レン人たちを飢えさせるのは、共食いを誘発するためであった。彼らの教義では、共食いは同化への第一歩であり、同化によって一元化したカタチこそが、真なる姿であるとされていた。つまるところ、それはある種のイデア論であり、個性のない無垢な姿こそが、真実に最も近いとする思想であった。彼らムーンビーストが個体名を持たないのは、刻印なき無垢であろうとするからである。


  ここで行われていたのは、悍ましい実験であった。生命に飢え、恐れ、痛み―それらを与えた時の行動は収斂する。苦痛に耐えかねて悲鳴をあげるか、泣き叫ぶか精神に異常をきたすか―凡そはそんなところである。そして、何が最も『差異』―言い換えれば、イデアからのズレ、歪み―を消し去ることができるのか。公爵は、レン民族を用いてそれを測らんとしていたのだ。


  横の部屋には、巨大な水槽があった。そこでは、レン人たちが茹でられていた。更に横の扉には、投薬による影響を調べていると思しき独房があった。白痴のように虚空を見つめるレン人たちを、天使たちは解放していく。人数は、想定より遥かに少なくなった。


「移送はまだなんだよね?」


  天使の言葉に、レン人の男は声を上ずらせた。スパイからの前情報では、移送の開始は三時間後。それまでは、生贄はこの区画内にいるはずであった。


「そのはずですが…っ」


  残りの扉は三つ。考えている時間はない。彼らは、次の扉のコードを打ち込んだ。


  一番手前の扉を開いた彼らの前には、薄暗いバックヤード。所狭しと、無数のレールが分配されていた。天使は咄嗟に結界術を行使して、扉のあった空間を遮断した。向こう側は、真空に近い空間であったからだ。ここは地下一階に相当しており、地上からは一段低くなっている。天井に当たる部分はなく、星空が見えている。つまり扉の向こう側は屋外に通じており、見上げれば巨大なクレーンが、コンテナを持ち上げる為の爪を開いていた。


「やられた…」


  恐らく、この辺りの区画は全てコンテナ状になっている。同盟から襲撃を受けたタイミングで、彼らは移送の準備を終わらせたのだ。


 「善子から通信だ」


  ビープ音に、彼は無線のチャンネルを切り替えた。


 「囚われの姫君他はどうですか〜?」


 「いや、やられたよ。間に合わなかった」


 「でしょうね〜。今しがた、輸送列車が出ていきました」


  コンテナは、その半分が輸送列車に積載されていた。まだ捕らえて日の浅い―『活きの良い』レン人を収容した区画だけが、運び出されていたのだ。それ故に、移送にかかる手間も殆ど省けてしまい、短時間で準備が完了した。輸送列車はすぐさま発車すると、数機の戦闘機を伴って戦域を離脱したようだ。


 「海咲は?」


 「追撃はお願いしていません。流れ弾が当たれば、真空中にサヨナラですから」


  我妻天使は頭を抱えた。この行動は予想できたが―輸送前に鉢合わせると思っていた。まさか、入れ物ごと持っていかれるとは。それに、扉を開閉させるためのパスワードが分かっていて、何故この機構についての情報がなかったのか。単なる伝達ミスなのか、それとも『二重スパイ』が紛れているのか。


「取り敢えず、引き返そう。積荷は―」


  既に輸送されている。彼がそう言いかけた、その時。警告灯が瞬き、アラートが鳴り響く。


 「御機嫌よう、親愛なる解放同盟諸君」


  スピーカーから、不快な声が流れ出る。『不気味の谷』現象と同じ不愉快さは、ヒトの声帯に似せられたヒトのものならざる人工声帯によるものである。


 「『不用品』の回収を請け負っていただいたこと、誠に感謝しております」


  当然、『不用品』というのは今しがた天使たちが解放したレン人たちに他ならない。そして、これは恐らく単なる比喩表現ではない。文字通りに受け取るなら、『必要分は確保した』ということなのだろう。天使は舌打ちをして、スピーカーの向こう側を睨んだ。


 「程なくして、ここ『ウボスの湖』の祭壇にて、儀式が執り行われます。我らの新しき神のご威光が月世界に示され、全ての夾雑物はイデアへと回帰するのです」


  再び、アラートが鳴った。基地全体が大きく揺れる。


 「それでは、『はみ出し者』の皆さん―さようなら。『ヘイロー』による洗礼を以て、皆さんの魂は浄化されることでしょう」


  天使は唸った。この振動は、恐らくターボレーザーの激突によるものだ。『ヘイロー』が動き始めたということか。そして僕たちは今、言い方は悪いが『お荷物』を背負わされてしまった。公爵一派はこの施設を解放同盟勢力の墓標とするつもりなのだろう。


「…最初から罠ということか?」


「有り得るね。何にせよ、夢沢何某はここにはいない」


  天使はそう言うと、鉾を構えた。彼は傍らにいたイシュバランケに指示を出すと、自身は空間転移で最前列に躍り出る。彼は殿を務めていたハイペリオン司教に話しかけようとした。その瞬間、再び基地全体が大きく揺れた。


 「始まりましたか」


  彼の言葉に、我妻天使は頷いた。全て、泥田善子の想定内だ。想定内だが―間が悪い。


  彼らの頭上、三百メートル。空を覆い尽くすほど巨大な戦艦が、クレマトリオムを睥睨していた。全砲門が真下を見据える。そして再び、暴力の雨が降り注いだ。


 「撤退だ!生き残ったレン人を連れて、ここを脱出する!」


  少年の号令の元、一同は来た道を引き返す。我妻天使の推察の通り、『生贄』用―大部分の虜囚は既に移送されていた。そして公爵の思惑通り、彼らは重荷を背負わされたことになる。栄養失調の―それも共食いに走るほど判断力の落ちた人間が、まともに動けるはずもない。


  それでも、見捨てることはできなかった。彼らの善性が、それを許さなかったのだ。


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