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ウリフタツ

作者: 水無飛沫
掲載日:2023/09/01



全部、全部、あなたの為よ。

キリキリと音を立てて弓が引き絞られていく。

全部、全部、あなたの為なの。


「あれを射殺してしまいなさい」


震えそうになる喉元を押さえつけ、はっきりとそう口に出す。

それを聞いて観念したように嘆息すると、寂しそうにあなたが笑う。


全ての罪は私のもの。

あなたに降りかかる全ての災厄は、私に起因するもの。


――あの日、あの時より、私は鬼になった。





村には不思議な出自の娘が居た。

貧しい老夫婦が川を流れてきた瓜を食べようとしたところ、なんとその中には赤子が入っていたというのだ。

子宝に恵まれなかった夫婦は、瓜子姫と名付けてそれは大切に育てた。


それは無垢な娘であった。

それは愛らしい娘であった。

年頃になるとその娘は日がな一日、貧しい両親のために機を織ってその生活を助けているという。


どうして瓜から生まれた娘がそんなにも可愛がられるのだろう。

どうしてそんなにも素直に親のために働くことができるのだろう。


彼女の話を知ってから、私の中で疑問が膨らんでいく。


遠いところのお殿様に見初められて、嫁ぐことも決まっているのだとか。

村からいなくなってしまうのだと思うと、私はもう居ても立ってもいられなかった。

彼女の住む小屋へと辿り着く。

内からはぎっこんばったんと機を織る音が聞こえてくる。


「瓜子姫。瓜子姫や」


コンコンと戸を叩き、できるだけ優しい声を装って、声をかける。


「あら、どちらさま?」


「村はずれの紗耶女だよ。中に入れておくれ」


瓜子姫が戸の傍に立つ気配が感じられた。


「ごめんなさいね。

 おじいさん、おばあさんが居ない時には、どなたも入れないようにと言われているの」


戸を挟んで鈴のような声が聞こえてくる。

そんなに大きな声を出していないにも関わらず、よく聞こえる透き通るような声だ。


それだけで老夫婦が彼女をどれだけ大切にしていたかがわかる。

こんな小屋には似つかない、まるで箱入り娘じゃないかい。

そりゃあ無垢であるはずだ。

彼女は外の世界を知らないのだから。不幸も世知辛さも知らないのだから。

まったく、忌々しい。

嫉妬にも似た何かが、胸の内に広がっていく。


「おじいさんとおばあさんに頼まれてね。お前の様子を見に来たのさ」


気づくと私の口から嘘が並べ立てられていく。


「まあ、そうでしたの。

 私でしたら元気にしているとお伝えください」


「なら、その顔を見せておくれ。

 少しでいい。お前の顔が見られる程度に扉を開いておくれ。

 お前の両親に様子を説明しなきゃならんのだよ」


疑うことを知らないのだろう。

すぐにギィと音を立てて扉がわずかに開く。


「さぁ、顔を見せてごらん」


言うや否や、瓜子姫が顔をのぞかせる。


「これでよろしいかしら」


娘のその笑顔があまりに愛くるしいものだったから、ふとそれまでの彼女に対する一切の感情が消えて

――殺意が湧いた。


「よく見えないねえ。

 もう少し、扉を開けておくれ」


ギィと更に扉が開かれる。

彼女の方からも私の姿が見えたことだろう。

私は天邪鬼。天に逆らった鬼の姿を見て、今まで嫌悪を抱かない者はいなかった。

だというのに瓜子姫は笑顔のまま。

(一体どうして……)

ああ、そうか。その疑問もすぐに解決する。

お前は鬼の姿を見ても、なんとも思わないんだね。

恐怖も絶望も知らない。嫌悪も穢れも知らない。


瓜のような白い顔が彼女の心を現しているようで、郷愁と自己嫌悪で胸が痛む。

それも束の間のこと。開かれた戸に手を差し込む。

瓜子姫が驚いている間にスッと中に入り、後ろ手に戸を閉める。

私は彼女を突き飛ばし、誰も入ってこれないよう戸に閂を掛けた。

娘がひっと息を飲む声すら、庇護欲をそそる。

ああ、可哀そうな瓜子姫。




あの娘が羨ましかったの。

ただ生きているだけで誰からも愛されるあの娘が。

あの貌の皮を剥げば醜いものだと、知らしめてやりたくなってしまったの。

服を剥ぎ、縛り上げ、さめざめと泣く少女を眺める。

少女の泣き声が誰かに届くことはない。

きっと今まで、お前の声は誰もが耳を澄ませて聞いてくれたことだろう。

だから声を張り上げる必要がなかったのだね。

けれど叫ぶことを知らない無垢なお前が、今やどんなに泣きわめこうが、その小さな声では誰にも届きはしないのさ。


顔に爪を立てる。

痛い、と愛くるしい声が鳴る。

彼女の顔の皮を剥ぎ、その醜さに安堵する。


あぁ、お前は瓜は瓜でも、西瓜姫だったのね。

真っ赤に染まって、随分と美味しそうじゃないかい。

血を流す彼女の頬に口づける。


「そんな顔ではもうお嫁に行けないね」

耳元で囁く。

イヤイヤと頭を振る彼女が愛しくてならない。

剥いたばかりの彼女の顔の皮を眺める。

白くて綺麗なお面のようだ。

壁にかかった純白の着物を眺める。

瓜子姫の嫁入り衣装。


私が着てもいいのかしら?

私が着てもいいのかしら?

私、幸せになっても、いいのかしら……


手足腹背中、それに膨らみかけの乳房。

少女の皮をペリペリとめくっていく。

そのたびに痛みに喘ぐ声が愛らしいこと。

幸福への衝動と嗜虐的快楽に溺れてしまいそう。


彼女の白い肌を我が身に貼り付け、彼女の白無垢を身にまとう。


あとは……


お前を喰らえば、私はあなたになれるのかしら


誰からも愛されるあなたに、なれるのかしら。


私だってね、祝福を受ける花嫁になりたかったのよ?


全身真っ赤に包まれた少女に向かい、口を大きく開ける。

どちらのものかわからない嬌声が小屋の隅々にまで満ちる。

果実のように甘い肉を噛み締め味わう。

彼女が事切れるまで、暗闇の中、私は彼女を貪り喰らう。




――これでよろしいかしら。


どこかから少女の声が聞こえてくる。可憐な瓜子姫の声だ。

そんなはずはない。彼女はとうに事切れている。


――これでよろしいかしら?


すぅと意識がどこかへ連れていかれる。

多幸感が無惨にも消えていく。


――これでよろしいかしら?


気づくと私は昼空の下。

小屋の戸の向こう、暗闇を挟んで、瓜のように白い顔の少女がこちらを覗いている。


夏だというのに冷ややかな空気が背中を撫でる。

違う。私はそんなこと望んじゃいない。

ただどんな娘なのか見たかっただけだ。



――これでよろしいかしら?


涼やかな声で娘が嗤う。

未だ少女のはずなのに妙に大人びたそのカオに、何か取り返しのつかないことをしてしまったように感じ、私は一目散に逃げだした。

愛らしい娘の肉の味が、今でも口の中にこびりついているの。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 猟奇的な鮮血の文字列! 痛々しい程伝わってくるグロテスクな描写に痺れながらも、ただ「強きモノが弱きモノを傷つけた」という単純なお話にせず、見くびった相手に強烈なしっぺ返しを食らう展開が素晴…
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