第21話 不吉な存在
「アーク様。少しご相談がございまして……今よろしいでしょうか?」
王様とお風呂で語り合った翌日の朝。商人のネクソンさんが僕に話かけてきた。
「はい。大丈夫ですけど……どうされましたか?」
ネクソンさんは疲れた様子だった。いつも仕事で忙しくしているのを知っているが、普段は活き活きとしている印象がある。だけど今日はいつもの活力が影を差していた。
「ジャポリの街に向かう最中、この赤い石が大量に落ちていまして」
ネクソンさんは僕の机に赤い石が入った箱を置く。見た感じは綺麗な石にも見えるのだけど……。
「これは魔法石ですか?」
「実は単なる魔法石ではないのです」
「単なる魔法石ではない? どういう事ですか?」
「魔法石に赤い色は存在しないのです。これは……|紅魔晶≪こうましょう≫とよばれるものです」
「紅魔晶って……闇魔法の媒介になるあの紅魔晶ですか?」
「その紅魔晶で間違いないです」
紅魔晶とは……かつて大昔、悪魔が人間の土地を攻めてきた時の産物。
何故かは知らないが悪魔召喚などの禁忌の術を使う媒体になる。そういった禁忌の術の媒体になるのは紅魔晶しか存在しない。
しかも人間が暮らす地域では取れるものではない。
「そうですか……古い文献で聞いたことはありましたが、初めて見ました」
「私も初めて見たのですが、知り合いの鑑定士に見てもらったところ……」
ネクソンさんは苦虫を噛み潰したような表情をした。疲れた雰囲気も相まって、僕にも緊張が走る。
「どうやら『精神操作』が可能な紅魔晶だということが分かりました」
「精神操作……本当なのですか?」
「はい。どのようにして精神操作をするのかまでは分かりませんが……どうやら精神操作が可能な紅魔晶は魔界以外からは産出されないのです」
魔界……それは魔族が住まう土地。
つまり裏で手を引いている存在がいるということだ。
1000年前。魔族の長である魔王は勇者によって倒されたという御伽話がある。でもそれも大昔の話で魔族が本当に存在するかどうかですら怪しい。
「耳を疑いましたよ。そんな危険な代物が存在しているのですから」
「それがジャポリの街付近に大量に落ちていたと……それは調査しないといけませんね。ネクソンさん。案内を頼んでもよろしいですか?」
「アーク様自ら行かれるのですか!?」
「え? おかしいですか?」
ジャポリに危機が迫っているかもしれないからこそ、領主である僕が行くのだ。それに王様も滞在している訳で、温泉事業のスタートに悪影響を及ぼしたくないというのもある。
「アーク様は領主の鏡だ……! 凡なる主であれば自ら赴かず、大多数の領主が下の者を顎で使うのが当たり前なのに……感動致しました!! 不肖ネクソン!! 喜んでご案内致します!」
そうなんだ……きっとネクソンさんも色々な経験をしてきたのだろう。
僕は領主であることに胡坐をかきたくない。胡坐をかいたら最後。それは僕を追放した元お父様……ザマール公爵と変わらないから。
1時間後。僕はネクソンさんとジャポリの入り口前の門にいた。色々と屋敷内のことをエドワードさんにお願いをしたり、装備を整えたりと調査に向けて準備をしていたから1時間という時間は最低限必要だったのだ。
「アーク様がいれば本当に安心ですな。心強いことこの上ない。あぁ、失礼しました。それでは至急原因の地点にご案内致します」
ネクソンさんは安堵した表情を浮かべる。まだ安心するのはまだ早いと思うけれど。
「すいません。助かります……ところで」
それとは別に僕は一つの疑問に直面している。
ジャポリの街は塀に囲まれている。理由はシンプルで危険な魔物から住人を守るためだ。なのでジャポリの外の世界は魔物と遭遇する確率が上がり危険なのであるが……。
「どうしてラティがいるの??」
ラティは装備を整えて準備万端な状態でジャポリの街の入口の門に立っていた。