第20話 ユリナと温泉(ラティSIDE)
「はぁ……いつ入っても良い湯だよね」
私、ラティは今現在ユリナとお風呂にいる。
アーク君がジョブの力で魔法石から温泉を生み出す装置を作ってから、私がこの街で楽しみなことの一つにこの温泉に入ることが追加されたほど。のぼせないのならずっと入っていたいくらいだ。
「そ、そうですね」
ユリナはシャワーという装置から出る温泉を頭から浴びている。銀の髪から滴る水滴が同性の私から見ても艶めかしい。それに身長が低いながらもタオルを巻いて慎ましくも膨らんでいる。小さい胸も人によっては魅力的に映るかもしれない。
一言でまとめるならユリナは可愛い。
「まだ緊張してるの??」
それにしてもアーク君が作るアイテムは不思議なものばかりだ。魔法石を加工して自動で温泉を頭から出る装置を作ってしまうのだから。今となっては桶で水を汲んでお湯を被るのが面倒だと思えるほどだ。
「緊張しますよ。ら、ラティ様はお綺麗ですし……」
「口説いてもなんにも出ないよ? それにいつも入ってるじゃん」
最初は王女だからと言う理由で緊張をしていたことを考えれば進歩したのだろう。それに、
「ユリナだって綺麗じゃん」
「えっ!? 私がですか!? なにを何を言っているんですか……私なんて……」
「無自覚なのがずるいよなぁ」
ユリナは自分のことを可愛いと本当に思っていない。頰にある傷が原因で自信を持てていないのだろう。もったいない。折角、整った顔をしているのに。
それにユリナは気づいてないだろうけど、この温泉の効果で頰の傷も薄くなっている。ここからどんどん可愛くなると思うと、愛のライバルになるのは間違いない。強敵の出現だ。
本音を言えば私だけを見て欲しいけど、そんな事を言ったらアーク君は困るよね?
「アーク様と王様は楽しそうですね」
「良いことなんだろうけどね」
愛しのアーク君とパパは柵を超えた先の男子風呂で談笑している。その声が時折こちらに聞こえる。この柵とパパが非常に邪魔だ。それがなければ完璧なのに。
「ユリナはアーク君のこと……どう思ってるの?」
「アーク様ですか? どうもなにも尊敬しているとしか」
「ふーん。恋愛感情とかないの?」
「へへへっ……私ごときじゃ釣り合わないですよ」
ユリナは照れたように笑う。後ろ向きな言葉なのに遠慮しているようには感じなかった。私はそこが疑問に感じた。
「アーク様は私にとっての英雄なのです。わ、私は盗賊のジョブのせいで親に捨てられて、それでジョブのせいでライザに買われて、手を汚さないと暴力を振るわれて。あ、その時に頰に傷がついたんです」
ユリナは頰の傷跡に触れる。痛々しい。今は物理的に痛覚を感じるわけではないだろうけど、ユリナが今まで過ごしてきた環境の劣悪さに何故か私自身が憤りを感じた。
だけどアーク君が作り出した温泉でユリナの頬の傷跡は薄くなっている。このまま入っていればきっと頬の傷跡もなくなる。そうしたらユリナは女の子としても自信を取り戻しているはずだ。そうしたらこんなひどい出来事も癒されて過去のものになるだろう。
私はこんなひどい記憶は早く忘れてほしいと願っている。
「最終的には悪いことに嫌でも加担する形になって、それでも死ぬのが怖い臆病者で。あの時、私を虐げていたライザを倒して、アーク様が私の方を向いた時に思ったのが『あー、ようやくこれで私は罪を償える。それが死刑だったとしても』ってことでした」
「いや、ユリナは悪い事なんてしてないじゃん」
「どうですかね……でもこんな汚れ続けた私を救ってくれる人なんて誰もいないって思っていました。それでも私を屋敷に置いてくれるアーク様には感謝しかないんです。私にとっての英雄なんです」
ユリナは私を真っ直ぐ見つめて、
「だから私はそばでお手伝いできるだけで幸せなんです」
「そう、なんだ……」
ユリナは間違いなく恋に落ちている。その顔は尊敬の念ではない。恋をしている時の女の顔だ。
アーク君はやっぱり優しい人だ。私だけじゃなくて、色んな人の人生を良い方向に変えているのだから。
「私もワイバーンに襲われているところを救ってくれたしね。あの時はジョブの力なんて目覚めてすらなかったのに、私のために命を張ってくれて……もしも死んじゃったら嫌だったけど……素直に助けてくれたことは嬉しかったなぁ」
「やっぱりアーク様はすごいんですね」
「そうだねぇ、アーク君はすごいね」
ユリナはまるで自分の事のように目を輝かせている。アークくんの話ができるのは嬉しい。だけど折角2人でお風呂に入っているのだから、ここでしかできないことをしたいとも思った。だから、
「それはそうと」
「きゃっ! え!? え?? ラティ様!?」
私はユリナを抱きしめる。明らかに困惑している様子だけど、そんなこと知らない。普通にユリナは可愛いくて良い子だから。
「様はいらない! もうそろそろラティって呼び捨てで呼んで!!」
「そ、それは」
「えーじゃあ。くすぐるね?」
「え!? どうして!? ちょっ! はっはっはっ!」
「ほらほら、ラティって呼ばない続けちゃうよ??」
「や、やめてください! ラティ!!やめて!!」
「ちゃんと呼べるじゃん」
ユリナは自分の胸を腕で隠すように守っている。なんだかんだ私も同世代で友達と呼べる人は少ないのだ。基本的に私に近寄ろうとする人は権力を求めて接する。だから私にとって何も気にしなくても大丈夫な人は貴重なのだ。それこそアーク君くらいだ。
「む、無理やりじゃん……!」
「ごめんごめん」
「ラ、ラティ!? どうして抱きつくの!?」
「えー? 別にいいじゃん」
私は顔が真っ赤になっているユリナを正面から抱きしめる。抱きしめた時にタオルの背中側が解けた。私より華奢な身体のせいか、すごく抱きしめやすい。それに、うん。ユリナの肌ってすごくスベスベなんだよね。
「あー、ほんとユリナは可愛いわぁ」
「か、からかってます?」
「からかってない。本心だよ?」
ユリナは口を膨らませて、少し不機嫌なご様子。ちょっとやりすぎちゃったかな?
「嫌だった?」
「い、嫌じゃないです」
「それならよかった」
私はユリナの頭をポンポンして、優しく抱きしめる。私はユリナの耳元で囁く。
「それじゃあ2人でアーク君を幸せにしてあげよっか」
「は、はいっ……!」
ユリナは安心したのか私に身体を預ける。
アークだけじゃなくて、ユリナも幸せにしたい。そう思える夜になった。




