第18話 温泉事業・プレオープン
「「「アーク様、おめでとうございます!!!」」」
僕はジャポリの領主となって一か月が経過した。魔法石の取引は街の金庫を潤すことができた。
「この一か月とても長かったですな。正直待ち遠しくもありました」
「わ、私すごく楽しみでした! パーティって初めてで……」
目尻を拭うエドワードさんとユリナは鼻息荒く興奮している。僕はこの2人にも感謝してもしきれない。
パーティということもあって夜の時間ではあるが、食事を作る時間も含めて用意できる時間は少なかった。結果としてみんなに負担をかけたことは申し訳ないと思っている。
「エドワードさん。ユリナ。本当にここまでありがとう」
でもその2人の心労に報いる時がやってきた。魔法石のお金を使って僕は新しく公共事業を始め、魔法石以外から領地にお金をもたらす手段が実用段階になったからである。そして今日はその記念すべき1日目でもあった。その日に僕は皆のことを労うためのパーティを開きたかった。これは僕のワガママだ。
「ユリナ。今日から死ぬほどお腹いっぱいに食べていいからね?」
「きょ、今日だけじゃなく、これから先も良いんですか!?」
「もちろん! むしろ遠慮しないで!」
「ほ、ほわぁ〜! 頂きます〜!!」
ユリナは嬉しそうにご飯を食べる。ユリナは今まで辛い思いをしてきたのだ。これくらいじゃ足りない。辛い思いをした何倍も幸せになってほしい。
「お姉ちゃんにも食べさせたかったな」
ユリナは少し肩を落としながら呟いた。
「ユリナはお姉ちゃんがいたんだっけ?」
「は、はい。います。私の自慢のお姉ちゃんですよ?……私が生きている間に会えたら嬉しいですけど」
僕の元お兄様とはえらい違いだ。僕の元お兄様は残念ながら自慢できる人物じゃない。
「そっか……いつか再会できるといいね」
「はい……! いつ会えても大丈夫なように今を精一杯頑張ります! なので今は精一杯ご飯を食べます!」
ユリナはパクパクとご飯を頬張る。前向けなのは良い事だ。僕もいつかユリナのお姉さんに会えた時にユリナに恥ずかしい思いをさせないように頑張らないと。
「この光景をどれほど望んだことか……長生きはするものですね」
エドワードさんは目頭を右手で隠している。ジャポリの街で暮らす人は何かしら苦労を抱えている。
第四王女のラティですらそうだ。ラティは王族という立ち位置だから暗殺される危険もあるだろうし、将来の結婚相手を勝手に決められるかもしれない。この国の王様に限ってはないだろうけど、政治的な圧力は少なからずかかっているのだ。
「アーク君! パパが来てくれたよ!」
ラティは僕に手を振る。ラティの金髪も宙に広がる。首ほどの長さしかなかった短めだった金髪はこの一か月で少し伸びた気がする。ラティはどの髪型でも似合うからずるい。
ラティはずっと僕の側にいてくれた。その点はラティのお父さん、もとい王様が許してくれたのはレアリティ変更士のおかげだろう。
しかしネクソンさんの馬車で王都まで3日しかかからないとはいえ6日も会えないのは少し寂しいと感じた。しかし普通の馬車なら片道1週間。つまり2週間は会えなくなっていたのだから、まだマシなのだろう。
それよりもギリギリのスケジュールで働いてくれたたネクソンさんには頭が上がらないな。
「おぉ、アー坊! 一か月ぶりだな!!お前が面白いことをやるって聞いたから来てやったぞ!」
「王様! お久しぶりでございます! 来てくださってありがとうございます!」
僕を含めて皆が王様に首を垂れようとするが、スッと右手で気にするなという合図を出す。
ラティのお父さん、もとい王様が僕の領地に来てくれたのには理由がある。
僕が爵位を授与された時に、お願いを聞いてくれるとのことだから、新しい公共事業のお披露目をかねて、王様に僕の領地にきて頂いた。でもそれだけではない。
「ふむ。皆良い表情だな」
王様は僕達を見渡して満足そうに頷く。
「俺は遠くからアー坊達の表情を見ていた。見えない時にこそ、真価が問われる。その場だけ取り繕う貴族ってのはゴマンといるからな……アー坊。いい領主になったじゃねーか。しかもたった一か月って短い時間で」
「いえ、そんな事ありません。もしもそう見えたのでしたら、ここにいる人達を始め、領民のおかげですよ」
「その気持ち忘れるなよ。良い領主は民を慮るがゴミのようなやつは自分以外の人間なんてどうでもよくなる。そうなってしまえば終わりだ。まぁ、今のお前なら大丈夫だと思うがな! あとウチのラティもよろしくな!!」
そう言って王様は僕の背中をバンバンと叩く。貴族の地位を頂けたから、あとは頑張るだけ。この公共事業が上手くいけば、王様も文句無く結婚を許してくれる将来もあるのかもしれない。
「頑張ります」
僕がそう言うと、王様は満足に頷く。
その後、ニヤリと笑って僕の肩に腕を回す。僕は少し驚き「うわっ!」と声をあげてしまった。
王様はそんなことを気にすることなく、ワクワクした声で僕に尋ねる。
「それで? 面白いことってなんだ?? さぞ楽しいことなんだろう???」
「楽しいことがどうか分かりませんが……王様には僕の領地の『温泉』に入って頂きたくて……」
「温泉……?」
王様は訝しむような目線を僕に送る。
王様の疑問は間違っていない。本来、ジャポリでは土地柄の関係で温泉は出ない。出ないけれど僕の『レアリティ変更士』の力で温泉を作るアイテムができたのだ。
「はい! 効果は期待してください!」
とはいえ新事業のお披露目もあるが、本当は忙しい王様に少しでも心休まる時間を過ごしてほしいのも本心なのだ。それがもう一つの理由だ。
小さい頃からラティと一緒に遊びに行く時に、忙しい中でも良くしてくれたから。僕もジャポリの領主になってから、王様の大変さをほんの少しの片鱗だけど感じた。まだまだ若輩の身だけれど僕は王様にゆっくり過ごしてほしいと思っている。
「それではご案内致します!」
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僕と王様は【麻布のタオル(SSS)】を腰に巻き4階建ての温泉施設の露天風呂から、ジャポリの雄大な風景を眺めていた。
雄大な山々を照らすのは光り輝く月と無数に満天に煌めく星々。
「ふむ……これはすごいな。とても良い風景だ」
「ありがとうございます。でも本当にすごいのは風景ではなく、温泉ですよ」
「そうなのか。そこまで言うならば浸かってみようじゃないか。アー坊も一緒に入るぞ」
「は、はい!」
そう言って僕と王様温泉の中に入ると、
「こっ……これは! 全ての疲れが取れていくような感覚……! あれ、ちょっと待て……俺が昔戦争でやられた腕の古傷も癒えていく……一体なんだこれは!!!」
「実はこれ、ただの温泉じゃないんです」
王様が驚いた声をあげたので、僕は口角を上げて王様にアピールを始める。ここが攻め時だ。