或る雨の記憶【Black】
結局のところ、人生にも生まれたこと自体にも、意味なんてないんだよ。
人間って不思議だよね。どこにだって意味をつけたがる。
名前、存在、思考、出会いにすらだってそうだ。
君がもし、俺と出会った意味を探しているなら、俺は今すぐここから立ち去るよ。
まだコーヒーは温かいけど。
でもさ、意味はないけど、残るものはあるよね。
生きていると、どうしたって何かを作って、それが色々なところに回っていくじゃない。
君たちみたいな『物』を作る仕事をしてなくても、さ。
例えば?
そうだなー。
母の日にプレゼントするお手伝い券とか、開拓地とか、改良して効率化した会社のシステムとか?
そうそう、日報入力の簡略化とかね。
全部俺には経験ないけど。
驚く場所じゃないよ。君には俺が立派な会社員にでも見えてるの?
だからさ、幸運にも長い時を経て尚も残ったものを、保護ていきたいと思ったんだ。
残念ながら誰かが受け継いでいかないと、どんな知恵も名作も朽ちてしまうからね。
そうやって残されたものが、いつしか誰かのアイデアの種になって、更に優れたものが生み出されると思うと、感動すら覚えるよ。
はははっ、そう。かつては俺もそのうちの一人だったかもね。
意味なんていらない。けど、どうせいつか宇宙がなくなって全てが無になってしまうなら、束の間に皆で楽しい夢を見たいよ。
それが修復師を目指したきっかけかな。
あっ、雨だ。また天気予報が外れたね。
ソレ。濡らしちゃまずいし、車で送るよ。
大学でいいんだよね?
ああ、急いで飲まなくていいよ。
君といると、とても居心地がいいんだ。
もう少しこうしていよう。
コーヒーもまだ冷めてない。