大凶を引いた君と大吉の俺と ×
【side蜜柑】
私は固まった。
だから引きたくなかったんだ。
でも……。
今年こそ…今年こそって期待が捨てられなかった。
手の中の小さな紙を見つめ、小さくため息をついた。
そうだ、忘れていた。
所詮そんなもんだ。
私には相応の結果だろう。
毎年毎年、こりもせずに不相応な期待をするから罰が当たったんだ。
「蜜柑?おみくじ引いたの??」
「わっ?!ちょっと、やめて…っ?!」
御札や御守を買っていた母がそう言って、無遠慮に手元をのぞき込んでくる。
私は慌ててそれを隠したが遅かった。
「アラヤダ!!あはは!ちょっとお父さん!!お父さん!!」
根っからの陽キャタイプの母は、カラカラ笑って人混みを避けて隅で甘酒を飲んでいる父を手招きしている。
父はというと、すでにこのごった返した初詣の人混みに嫌気が差して渋い顔をしている。
……絶対、私、父さんに似たんだな…。
どう見ても運がなさそうな父を見てそう思う。
おまゆうになるけど、辛気臭くて運気が逃げそうな雰囲気と顔してるもん。
そう思ってまたため息をついた。
動こうとしない父を気に求めず、母は陽気に笑ってグイグイと私を引っ張ってそっちに向かう。
本当、陽キャってヤツは、悪気がなくとも強引だ。
自分の楽しいに夢中だから、こっちの事なんか見えちゃいない。
いつもの事なので私は諦めて押されるまま父の下に行った。
「……どうした?」
「うふふ、聞いてよ!蜜柑、おみくじが……!!」
「お母さん、騒ぎすぎ。年明けだからってはっちゃけないでよ。」
「あら…ごめんなさい??」
ハイテンションの母は、ローテンションの父と私に囲まれてちょっと控えめになった。
兄がいなくて良かったと思う。
遠方の大学にいる兄は母に似ている。
つまり陽キャだ。
陽キャ1に対して陰キャ2なら比率的にバランスが取れるのだが、これが2:2になると完全に陽キャ優勢となり、日陰でしか生息できない陰キャはしおしおに干からびる事になる。
お兄ちゃんがいた頃は本当、酷かったな…。
よく滅びなかったよ、私……。
日々リビングで盛り上がる母と兄に、私と父は気配を殺してやり過ごしていた。
年末年始は時給が良いからと帰ってこなかったが、明後日にこっちの友達と遊びに行くらしいので、また騒がしくなると思うと新年早々、ぐったりしてしまう。
「……蜜柑。」
「え?何??」
父が言葉少なく声をかけてきた。
そして手を出している。
何だろう??
「……おみくじ。結んでやる。」
「あ、あ~、ありがとう……。」
手の中でクシャクシャになったそれを渡す。
結果は聞いてこない。
似た者同士、その辺の察する能力に長けているのだ。
なんか本当、毎年の恒例になってるな、これ。
父は境内の隅に設置された、おみくじ掛けに行って上の方に結んでくれた。
高い所に結んだ方が良いというのはデマらしいけど、下の方は皆が結んで空いていない。
私が人のおみくじを押しのけて結ぶ事を躊躇っていたら、父が空いている上の方に結んでくれるようになったのだ。
それ以来、私のおみくじを結ぶのが父の新年恒例行事となった。
……来年は引くのはやめよう。
去年も思った事を今年も思う。
どうせいい結果なんて出ないのだ。
少額とはいえ無駄遣いにしかならない。
私の運気なんて生まれた時から決まっているのだ。
皆、生まれた時からこの辺りの運勢で生きる人間と、神様が決めているのだ。
私はそれが下の方と決まっているだけだ。
期待したって仕方ない。
相応に与えられた運気なのだ。
上を目指さず、憧れず、妬まず、底辺を程よく生きていくのが私流の幸せへの近道なのだ。
「……何、にまにましてるの?お母さん……。」
「ふふふ~。だってお父さん、格好良くない?!」
「……は??」
「いつもいつも、蜜柑のおみくじ、何も聞かないで結びに行ってくれるのよ~?寡黙だけど優しいでしょ?素敵じゃない?!」
「……背はあの歳にしては高いかもしれないけど…いつも仏頂面だし、根暗だし、お腹だって出てきてるのに??」
「あら酷い!お腹は年相応の変化じゃない!!そうやって年を積み重ねて、お父さんなりにダンディーになっていくのよ~??」
得意げに笑う母を引き気味に眺め、どう返していいのかわからず無言になる。
母さんって、変にお父さんにベタ惚れだよね……。
と言うか、陽キャって本当、常にポジティブだよね……。
私は同タイプだからわかるけど、父さんは寡黙なんじゃなくて根暗だし、常にテンションの高い母さんにどう接していいのかわかんなくて困ってるから仏頂面で固まってるんだけどね……。
それをダンディーって捉えるとか、ポジティブすぎて意味がわからない。
「それにしてもお母さん、大凶とか初めて見たわ!」
「……私も初めて見たよ。凶より悪いモノがあるとは思わず、固まったもん。」
「お母さんもおみくじ引いてこようかしら?!」
私の大凶の話はサラッと流し、ポジティブな母さんはニコニコ笑っている。
本当、陽キャって自分の楽しいに夢中だな……。
それだけ自分の楽しいって気持ち一つで生きていられたら、そりゃ人生、楽しいよね……。
「……母さんは??」
「おみくじ引きに行った。」
「あぁ……。」
戻ってきた父がそう尋ねる。
私はため息をついて答えた。
父は人のごった返すおみくじ売り場を見つめ、深く息を吐いた。
「……また大吉だろうな。」
「でしょうね……。」
そして私と父はため息をつく。
神様は生まれる時に、その人の運気をだいたいこの辺って決める。
母は言わずもがな上の方をもらった人なのだ。
【side陸】
「……あっ!!」
俺は人混みを避けて境内の隅の方にいる人影を見て、思わず声が出た。
流石、大吉!!
すでに運気爆上がりじゃん!!
さっき引いたおみくじの結果を思い出し嬉しくなる。
新年早々、豊田さんを見かけるとか、俺、持ってるよな?!
「あ~!でも!話しかけたらヤバくね?!親と一緒みたいだし?!」
浮かれすぎて頭を抱える。
いやでも!クラスメートだし!新年の挨拶で声かけても良くね?!
上手くしたら、そこから会話が進むかもしんねぇし!!
駄目なら挨拶だけして速攻撤収すれば良いんだし?!
よし!大吉!!頼んだぞ!!
「お!陸!あっち甘酒配ってる!!」
「ぐえっ。」
「行こうぜ?!タダだし!!」
気合十分、そちらに向かおうとしたが、一緒に来ていた悪友に上着のフード部分を引っ張られた。
何気に首が締まった。
「離せ!苦しいって!!」
「お~、ワリィワリィ~。」
「つか、行ってこいよ。俺いらねぇし。」
「何でだよ~、一緒に行こうぜ?!」
なんで祐司は一人で行こうとしないんだよ。
お前って小便行く時も誰か誘うよな?!
何なんだ?!寂しがり屋か?!
「俺はいいって!野口達はどこ行ったんだよ?!」
「え~??誰かに会ってどっかで捕まってるんじゃね??」
確かにあり得る話だ。
だが俺は!今は豊田さんを見てたいんだよ!!
そしてあわよくば声を掛けたいんだよ!!
豊田さんは物静かなクラスメートだ。
昔、席が後ろになった事がある。
その時、豊田さんは本を読んでいて、実は俺はその話が物凄く好きでめちゃくちゃ話したかったんだ。
ライトノベルじゃない本を読むようなヤツはまわりにいないから、中々その熱い思いを語れる所がなかった。
だがそこで俺は失敗した。
ダチと話すいつものノリで声をかけてしまったのだ。
「あ!!それ!!『老の坂』じゃん!!」
「え?!」
「うっわ!読んでるヤツ初めて見た!!」
「あ、すみません……。」
「俺それ、めっちゃ好きなんだよ!!酒呑童子、ヤバくない?!」
「あ……。はい。……読んだんですか?これ?」
「お~!姉ちゃんが課題図書??とか言うので買ってきてさぁ~?!初めはそんなフツーの本とか読めねぇって思ったんだけど~、姉ちゃんの話聞いてたら気になって読んだらもう!!ガチやばかった!!」
「……確かにヤバイですね、酒呑童子。」
「だよね!だよね!!」
俺のノリに豊田さんは困惑していたが、邪険にしたり嫌な顔したりせず聞いてくれた。
今考えれば「大人の対応」と言う奴だったのかもしれない。
でも俺はそんな事にも気づかず、好きな本の話ができる事が嬉しくて声が大きくなっていた。
「なになに~?大木、珍しい子と話してんじゃん?!」
そこに野口が割って入ってきた。
俺は自分のダチだったから気にしなかったんだ。
豊田さんがどんな反応だったかなんて見てなかった。
「お~、この子が俺の好きな本読んでて……。」
「ん~??……え?!ガチ本じゃん?!うっわ、俺、こう言うの読めねぇ~。」
「でもマジ面白いんだって!!」
「て言うか、俺ら高校生じゃん?面白いとかどうでもよくて、まずそういう本とか触んねぇし。」
「おい!」
野口は顔とノリは良いが、少し頭が悪くて思った事を考えなしに口にする所がある。
しまったと思った。
俺は慌てて豊田さんを見た。
案の定、彼女は俯いて固まっていた。
「あ、あの……ごめん……。」
「いえ、大丈夫です……。こちらこそごめんなさい。」
豊田さんはそう言って机に向かってしまった。
野口は気にするでもなくそのまま俺に話しかけてきて、そんでもってチャイムが鳴ってしまって、ちゃんと謝る事も弁解する事も、そして「老の坂」の話をする事もできずに終わってしまった。
その後もなんとなく気まずく話せないまま、席替えとなってしまった。
でもそれから俺は豊田さんが気になってしまった。
初めは罪悪感からだった。
でもだんだん、今度は何を読んでるんだろう?面白い本だろうか?面白かったら教えてくれたりしないだろうか?と思うようになった。
そして次第に、本の話じゃなくて普通に話したいと思うようになった。
そう、多分俺は……。
「よ!大木!!隣のクラスの女子達と会っちゃってさぁ~!!」
「ぐえっ?!」
豊田さんをチラ見しながら、祐司がブーブー文句言いながら一人で甘酒を取りに行ったのを待っていたら、いきなり首周りに腕を巻かれた。
睨みつけると野口だった。
くそう、俺はお前のせいでファーストコンタクトに失敗したんだからな?!
「おい!首絞めんな!野口!!」
「え~?!なんでなんで~?!」
何となく気になって豊田さんのいた方を見る。
でもそこにはもう彼女はいなかった。
うわ~!!せっかくのチャンスが!!
大吉ラッキーが祐司と野口のせいで無駄になったじゃねぇか!!
「で、皆でこれからファミレス行くから!!」
「は?!なんで?!」
「何でって、このまま男だけでつるんでてもムサイじゃん?!」
「つうか俺、財布持ってきてねぇよ。」
「スマホあんじゃん??ネットPayで良くね??」
相変わらずマイペースと言うか、人の話とか状況を見ない奴だよな、野口。
それまでは気にならなかったのだが、俺はあの一件以降、野口のそういう所を少し苦手に感じていた。
悪い奴じゃないんだけどな。
「悪い、夜に親戚来るから帰って来いって言われてんだよ。」
「え~?!親戚とかどうでもよくね?!ノリ悪ぃ~。」
「いや、この時期のお客さんは大事だろ?!高校入るとくれる人とくれない人がいんだから。」
「あ~。なら、今度奢れよ?!」
「もらえるかわかんねぇんだし、やなこった!!」
俺はそう言って野口を引き離した。
甘酒を取ってきた祐司も帰ると言うので、ここからは野口達とは別れて行動する事になった。
「……アイツ、なんかだんだん付き合いにくくなってきたよなぁ~。」
祐司がボソッと呟いた。
持ってきてくれた甘酒を受け取りながら、俺は何も言わなかった。
【side???】
「……あ。」
「……あっ!!」
犬のバケットを散歩させていた大木陸は、川沿いの遊歩道でクラスメイトの豊田蜜柑にばったり顔を合わせた。
蜜柑はゲッと思わず思った。
以前席が近く話しかけられたのだが、仲間の陽キャが寄ってきてズバズバ言ってきたので、それ以降、大木の事も何となく避けていた。
大木が悪い訳ではないだろうが、陽キャは陽キャを呼ぶ。
RPGの戦闘だって一人なら対応できても、次々仲間を呼ばれたらゲームオーバーになりかねない。
だが、ここで変な対応をして仲間内で悪口を言われだしたりしたら一環の終わりだ。
なので当たり障りない顔をして、会釈した。
「あ!豊田さん!!」
蜜柑はその魔通り過ぎようとしたが、それを陸は呼び止めた。
このチャンスを逃したら、3度目はないと焦ってしまった。
「え??」
「え、えっと~。そう!!あけましておめでとう!!」
「あ、はい。あけましておめでとうございます。」
はじめに決めていたように新年の挨拶をする。
流石にこれは不自然な事ではなかったのか、蜜柑も普通に挨拶を返してくれた。
だがそう言って頭を下げると、その場を離れようと歩きだしてしまう。
挨拶はできた。
話したい気持ちはあるが、しつこくして嫌われたら嫌だ。
その躊躇が間を作り、呼び止めるには不自然な距離になってしまう。
「……あ!!こら!!」
「わっ!!」
しかしハプニングはつきものだ。
去ろうとした蜜柑を犬のバケットが追いかけた。
そういう遊びだと思ったのか、蜜柑の足元に絡みつく。
「こら!バケット!!やめろ!!」
「……バケット…。」
「あ、こいつの名前。ごめんな?大丈夫??」
「うん。犬、好きだから……。」
「そうなんだ、良かった~。」
「あの……触ってもいいですか??」
「!!……もちろん!!」
あまり陸に関わりたくない蜜柑はちょっと躊躇したが、フリフリとおしりを振ってキラキラと自分を見つめてくるバケットの誘惑に負けた。
話しかけるタイミングを逃していた陸は、心の中で「良くやった!バケット!!」と盛大に愛犬を褒めていた。
しゃがみこんで手の匂いを嗅がせた蜜柑は、陸に引っ張られながらもお利口にお座りしたバケットの胸の毛を撫でた。
「……犬の扱いに慣れてるね??」
「え??」
「結構、立ったまま、いきなり頭撫でようとするヤツ、多いからさ。」
「それはわんちゃん怖がっちゃいますよね。」
撫でてもらってテンションの上がったバケットは、陸の静止を振り切って蜜柑にじゃれついてしまいにはお腹を出して寝転んだ。
「可愛い~。いい子だね~バケット~。」
初対面なのに出血大サービスな歓迎を受け、蜜柑はほっこり嬉しくなった。
暴走しだした時は慌てたが、蜜柑が学校では見せない笑顔でバケットを撫でているのを見て、陸はどきりとした。
決してここで「君の方が可愛いよ」などとベタなお約束を言ってはいけない。
ギャグとして笑ってくれるとは限らないのだから。
「あ、あのさ~。」
「はい??」
「ごめんな?」
「え??」
「前、「老の坂」の話ししてた時、野口が変な事言って……。」
「……あ~。いえ、大丈夫です。」
「俺、ずっとそれを謝んないとと思っててさ……。」
「大丈夫ですよ。確かにそうだなぁと思ったし、よくある事ですから気にしてません。」
「でも!俺!本当にあの本が好きで!ダチでその話ができる奴いなくて!!すっげー、豊田さんと話したくて!!」
「お、落ち着いてください?!」
やはり陽キャのテンションは怖い……。
興奮したように声を張って話す陸に、蜜柑は動揺した。
やはり大凶を引いただけある。
新年早々、厄介な事になったなぁと内心思った。
今年はこんな感じですごす事になったりするのだろうか?だとしたらそれはかなり気が重い……。
ちょっと引き気味になった蜜柑を見て陸は焦った。
せっかく大吉パワーでこんな幸運が何度も訪れているのに、自分の馬鹿で棒に振ってどうする?!
確かに運気は大事だ。
それは部活なんかでよくわかってる。
だが、やってきた運を活かすも殺すも自分の行動次第なのだ。
「ごめん!!ずっと気になってたからつい……。」
「いえ、と言うか、本当にそんな気にしないで下さい……。」
「それで…嫌じゃなかったら……少し話せる??」
「え"っ?!」
「老の坂、読み終えたよね?!どうだった?!」
「あ、あ~。」
話したいと言われ、蜜柑は思わずげっと思った。
さすがにこれは繕えず、顔に出たと思う。
だが、それに気づいたか気づかないかは不明だが、テンションが上がっている陸はそのままの勢いで押し通して来た。
流石、陽キャは自分の楽しい事に真っ直ぐだ。
真っ直ぐすぎて周りなんか見えちゃいない。
蜜柑は内心ため息をついた。
だが、母と兄でなんだかんだ言ってもそれに免疫がある。
たくさんは無理だが、一人相手ならどうにかできる。
それに蜜柑も本の話ができるのは、少なからず嬉しかった。
結局二人は、遊歩道脇に設置されたベンチに座り、少しの間話をした。
陸との話は思ったより楽しく、蜜柑は少しだけ気を許した。
そして気が緩んだ蜜柑は、「読書初心者で何読めばいいかわかんないから、オススメの本とか教えて欲しい」と言われ、SNSの連絡先を交換した。
陸は本当は叫びたいほどテンションが上がっていた。
蜜柑と話せるようになった上、連絡先を交換できたのだ。
大吉様様、この幸運は大事にしようと心に誓う。
そんな温度差のある二人の足元で、バケットはいつもより大サービスしてもらった骨っ子を噛みながら思った。
『全く!じれったいったらありゃしないわ!今後もなかなか進展しなそうだから、度々尻を焚き付けてやんないと駄目そうよねぇ~この二人……。まぁ、しばらく萌え燃料には困らなそうだから楽しませてもらうけど~。』
バケット、2歳、メス。(コーギー)
趣味は、恋愛ドラマ視聴と人間観察である。