彼の世界のおとぎ話
「今日も読み聞かせしてあげるからね。なんの話がいい?」
「いつもの話がいい」
ある一軒家のベッドの上で、話が始まる。
昔々、この世界では大きな大きな争いがありました。
まさしく、世界をかけた戦争です。
村が一つ、また一つと襲われ、壊されてしまいました。
戦いを好まない、望まない王国の民たちは武器を持っていません。
彼らにあるのは魔力とスキルと体だけです。
その三つに自信のあるものは仲間を守るため、敵に立ち向かいます。
敵は剣、槍、弓、杖を使います。
最初に戦った仲間はやられてしまいました。
ある者は王国で一番の魔力の量を持っていました。
またある者は最も攻撃力の高いスキルを持っていました。
そしてまたある者は誰よりも強靭で大きな体を持っていました。
皆、優しい心を持っていました。
次に戦うと名を挙げたのは村の半分ほどでした。
残すのは小さな子らと病気の者ばかり。
ここで負けては後がありません。
しかし、皆やられてしまいました。
残りの村の者もやられてしまいました。
また一つ、村が消えました。
家来が国を守ろうと、民を守ろうとし、次々やられていくのを見た王は立ち上がる。
そして後悔していた。
私にもっと力があれば、と。
元々争いをするつもりはなかった。
奴らがじわじわと攻めてきた。
奴らは我々をバケモノと呼んでいた。
我々は奴らに危害を加えようとはしていなかった。
ただ、近くに存在していただけだったのだから。
王は遺言を残した。
もし、我々が勝ったのなら奴らに必要以上に危害を加えなくていい。
その代わり、住む世界をはっきりと分けて欲しい。
残されたのは小さな小さな村一つのみとなりました。
その村には強い者はいませんでした。
膨大な魔力を持つ者はいません。
皆を守れる程のスキルを持つ者はいません。
他を寄せ付けない強力な肉体を持つ者はいません。
ただ彼だけは。
諦めない心を持つ者はいました。
強い風が吹いてしまえば飛ばされてしまいそうな小さな体。
簡単に折れてしまいそうな華奢な腕。
見た目は決して強そうには思えません。
魔力もしかり。
皆が使えるような簡単な魔法は使えず、かと言って特別な魔法が使えるわけでもありません。
唯一持っているのはスキル。
攻撃するためのものではありません。
皆を守ることもできません。
そのスキルは『こんじょう』という名でした。
また、このスキルも特別なものではなく、やられた他の者も持っていたスキルでした。
そんな彼は自分だけで村を守ろうとしました。
相手はやはり、他の村を全て消滅させた四人組。
向こうの種族からしたらもうすぐ英雄になるであろう人達。
彼は諦めませんでした。
どれだけ痛い思いをしても、どれほど苦しい思いをしても。
剣をひと振り、本来ならそれだけでやられていました。
彼自身は不死身ではありません。
ただスキルがあるだけでした。
『こんじょう』
それは諦めない限り死ぬことはなくなる、というものでした。
痛みも、吐き気もします。
それでも彼は諦めませんでした。
少しずつ、ほんの少しずつ、勇者一行から体力が奪われていきました。
見るも無惨なその戦いは一月程続いたそうです。
彼は勝ちました。
村を守り抜き、王国で唯一人間を退けました。
そして彼は魔王になり、この国の平和を守り続けることを誓いました。
この世界では有名な伝説。
魔族は仲間を寝かしつける時にこの話をする。
見た目はバラバラ、性別はある者もいれば、ない者もいる。
誰もが他の者を見た目で判断せず、優しい心を持っている。
魔王が守りたかったものは何千年経った今でも続いている。