5.アシュール教会
突如大きな音が教会内に響く。その美しい女性は慌てることもなく、祈りの体勢から立ち上がる。
彼女の名前は『ハーパー・アシュール』
“治癒の賢者”の末裔だ。賢者の域には達していない。が、大魔導師という域には達している。彼女はまだ二十代。
大魔導師になるのだって、最短でも三十代は過ぎる。
賢者になるのだってそれ相応だ。賢者になるものは、生涯をかけて成り上がる。だが、遥か昔に誕生した賢者たちを抜けば、今じゃ賢者と世界中で呼べるのは、アルスのみ。
アルスの師匠であったルーラが、亡くなってしまってから、賢者は彼のみとなってしまった。
ルーラが生きていたとしても、賢者の座には座っていない。
それほどルーラという女性は、“魔術の賢者”として、優秀であるとされている。
大魔導師の証を胸元につけている、ハーパーはローブを脱いだ。
そこから放たれるその神々しいオーラは、更に強くなる。
金髪の長い髪、そして煌めくような紫色の瞳。そんな彼女は美貌とも言える。
ラウルの隣にいるアルスも、それ相応のオーラは出していた。
黒髪の短い髪で、緑眼の瞳。二人が言い合っているところを、ラウルはじっと見ていた。
それは懐かしさを感じるように——。
教会の中へと入ったアルスとラウルは、互いに別の行動をする。
アルスはさっきの轟音を謝り、ラウルは石像を見る。
象徴とされるのが、ローブを纏った女性の指に、鳩が乗っているそんな銅像。
それをラウルは珍しそうに見ていた。
「あぁ、その人は始祖の“治癒の賢者”よ。私の先祖になるわね」
「始祖の……“治癒の賢者”……」
見惚れるかのように、その銅像を見るラウル。そんな時、ハーパーがボソッと口にした。
「似てるわね……」
「だろ……?」
という声を。アルスは同意を求めるかのように、ハーバーにそう言った。ラウルには幸い聞こえていなかったが、言わなくちゃいけない……という思いが強くなっていく。
(あの後ろ姿……。髪色はちょっと違うけど、あの瞳の色……。希少だ〜って本人が言っているのに、何故あの子に?そもそも、あの子はまだ十歳。確か……ルーラさんが亡くなった時が、ちょうど十年前)
ハーパーはそんな事を思っていた。ラウルをよく観察し、ルーラとの共通点を見つけようとするが、共通点になるものは、瞳の色だけ。
ルーラの瞳は右だけ赤色。もう片方はアンバー色。至って普通なはずだ。
“オッドアイ”という言葉もある。その為、それなのだと考えるのだが、瞳の色が赤色で生まれてくる子、それは必ずと言っていいほど、“魔術の賢者”の家系と言われている。
最近の賢者の末裔は減りつつある。何故なら、そんな賢者の末裔たちが死んで行っているから。
それはそうと、だ。何故“魔術の賢者”の象徴ともなろう赤色の瞳を、ラウルが持っているのか。
ラウルの瞳は、左目が赤。右目が紫色である。紫色に関しては、まず父親がそうであった。両目の紫。
そして“魔術の賢者”の家系が赤色なのか…。それは、始祖の“魔術の賢者”がそうである。
その為、他の家系からは生まれない。二人はラウルはルーラの生まれ変わりだと断定した。
その証拠ともなるのが、ラウルの髪の色。ルーラは銀髪であるが、ラウルは銀髪に近い灰色。
ほとんど同じ色ではあるが、銀髪よりやや暗めな色だ。
(もう少し調べる必要がありそうだわ)
ハーパーはラウルをじっと見ながら、手を顎に当てていた。
ハーパーの中では確信に近い。だが、これと言ったものはない。
鑑定魔法の一種で調べることが可能だが、それが終わったとして、“魔術の賢者”になれそうなラウルの、前世の記憶を思い出さない限り、魔法、魔術の威力が上がることはない。
その為、どうにかしてラウルには思い出してほしかった。
だけど、不可解なことが一つだけある。それは、アルスが何故ラウルに思い出して欲しくないのか…。
今のところ、これと言ったものを見せないアルスの様子に、ハーパーは不自然に思っていた。
(どうして話題を出さないの。“魔術の賢者”に関することや、他の分野を使えば、もしかしたら思い出すことができるかもしれないのに……)
と、内心では無意識的にイライラしているハーパーだった。
そんな時、教会を訪れたものがいた。
「こんにちわ〜…」
「ん?あぁ、シア」
“シア”と言うのは、ハーパーの年の離れた妹である。妹と言っても血の繋がりはなし。
「あ、こんにちわ」
「やぁ、シア。久しぶり」
「お久しぶりです。アルスさん」
シア・アシュール。血の繋がりはないが、ハーパーの髪の色と同じ金髪である。瞳は青。深い青色だ。
ハーパーが美しいと言う雰囲気なら、シアは可愛らしい雰囲気である。
銅像の近くにあるラウルにも気付く。目を見開かせ、ハーパーの近くに行き、耳打ちした。
「あの子は…?」
「あの子は———…………」
名前を聞いていないことに気づく、ハーパー。アルスに名前を聞き、そこで二人は知った。
「こんにちわ、ラウルくん」
「あ、こんにちわ。えと……」
「私はシア。ハーパーさんの妹だよ」
ラウルが十歳なら、シアはそれより一つから二つ年上である。
そしてハーパーとは十歳離れているが、仲のいい義理の姉妹であった。
シアはじっとラウルを見ていた。戸惑うラウルであるが、真剣な表情をしているシアにはとてもじゃ無いが“やめて”とは言えなかった。