2.魔術の賢者
『ほら、私と一緒に行こうよ。坊や』
雪が降る日の中、雪のように白いローブを被り、柔らかい声で一人の少年に話しかける、大人の女性。頭に被っていたフードを取り外した時、雪のように白い髪の毛。
手を差し伸べる、その女性と木陰に背中を預ける小さな少年。
雪が黒い髪にについており、虚無な目をしている小柄な少年。
『誰、あんた』
『私は———
———“ルーラ”よろしくね』
名前を告げる雪のような人物。少年に手を差し出す“ルーラ”の白い手を掴む。
「ルーラ………さん」
アルスの記憶の一部だ。ルーラとの出会いの時、机で寝落ちしていたアルスは寝言で彼女の名前———ルーラの名を呼ぶ。
「何だ、夢か」
夢から目を覚ましたアルスは、ラウルが寝ている寝室に足を運んだ。
その時にはもう目を覚ましており、目を擦っているのが視界に入る。
「おはよう。ラウル。よく眠れたか?」
「あ、はい。おはようございます。アルスさん」
ラウルの身長に合う寝巻きを着ているため、昨日来ていた服は外に乾かすために、脱いでいる。
起きたばっかの二人は、顔を洗う。身支度を終わらせた後、ラウルはアルスから渡されたワイシャツを着て、その上からお下がりのローブを着る。アルスと同じ白いローブを着ており、サイズぴったりだ。
「ありがとうございます。あの、これからどうすれば……」
「私が君を育てるよ。だけど、その代わり、君も手伝うように!いい?」
お兄さんのような言い方をするアルスさんに、元気よく返事をしたラウルの顔は、活気にあふれていた。
ラウルはアルスの元で魔術の勉強をする。魔力なしと理解している彼は、拒否をしたが、意地悪そうな笑みを浮かべたアルスになぁなぁで習っていた。だが、アルスにはそれなりの計算があった。
———それは、魔力なしを示す呪いの目。その烙印を鎖骨に押されたラウルとは裏腹に、魔導書に書かれている詠唱、そして魔法陣を描き、正しく一言一句唱える。
なにも反応しない……とラウル自身は思っていた。だが、反応を示す。大掛かりな魔法陣を描いた場所から、赤い光が放たれたのだ。
驚愕するラウルは一体なにが起こっているのか、さっぱり分からなかった。
(もしかして———これが魔法?)
魔力無しなはずなのに、魔法を扱える。そんな矛盾したことが出来てしまったことに、驚きの表情を見せるが、内心嬉々としていた。
嬉々としていたが、視界がグランとする。魔法を使ったため、体が耐えきれなかったのか、ラウルは倒れてしまった。
それは朝起きてから数時間後がたった十二時頃———。
遥か昔のこと、賢者の始祖が存在していた。その人物は世界中から注目の的を浴び、世界の人々から神と扱われていた。
“奇跡の神”と——。
そしてその賢者の教えが世界中に広まり、賢者の教えを元とし、大魔導師、魔法使いが増えていき、賢者が数人も存在するようになった。
賢者の集い、それは神の集会と呼ばれるようになった。当時では賢者は神々しい存在とされているため、そう言われていた。
そんな賢者は全員で十人。十個の中で一番優れた分野の賢者として、世界中に教えを伝える役割を、当時の賢者たちは担っていた。
一人目———“勉学の賢者”
二人目———“魔術の賢者”
三人目———“剣術の賢者”
四人目———“治癒の賢者”
五人目———“守護の賢者”
六人目———“大地の賢者”
七人目———“天空の賢者”
八人目———“生物の賢者”
九人目———“星座の賢者”
そして十人目———“精霊の賢者”
その役目を担った賢者たちは、それぞれの力を駆使し、世界の平和を保ってきていた。
と言う話が、学校でも教わる古文書である。
世界各地でその伝説が残され、賢者を志す者たちが増えた要因の一つでもある。
そんな中で、“魔術の賢者”の末裔が居た。“彼女”は“魔術の賢者”の末裔に相応しくなるよう、魔法、魔術を極めるまで必死に行ってきた。
そしていつしか、“時の賢者”と呼ばれるようになる。
現代にて、賢者という称号を得たのは、彼女と教え子の中の人物一人のみ。
他の教え子たちは魔導師、大魔導師と言われるようになっており、世界の人たちから称賛を受けていた。
そして倒れてしまったラウルは———、
「———痛ぇ…」
倒れた衝撃で頭を打ったものの、軽症である。
「………大丈夫か?ラウル」
「あ、はい。でも、何で僕に魔法の力が……?」
「………その事については、後々話していくさ。実技に関してはもう大丈夫だ。魔導書を確認して、一つでも多くの魔法を覚えるように。いいな?」
「分かりました!」
元気よく返事をするラウルは、気を失い、寝ていたベットから起き上がり、本棚から本を取り出す。
アルスの家には部屋がアルスの部屋と、客室があるため、そこでラウルは住まわせてもらっていた。
拾ってくれたアルスに感謝してもしきれないほど、強い思いを抱いていた。
そのため、期待に応えたく、必死に魔導書の中身を確認する。
(やる気があるのはいいんだけど———“昔”っから、勉強熱心だったもんな……)
ラウルの後ろ姿を見ながら、アルスはラウルの部屋から出た。
アルスは知っている。ラウルの前世を。鑑定魔法の一種を使った時に、見えたのだ。ラウルの前世のことを。
彼、ラウル・ロージェルは、『魔力無し』を示す呪いの目の烙印を押されている。彼は魔力無しだという事を示す烙印。
だが、それは違った——。
そう。彼の前世を知っているのは、アルスのみ。ラウルが自分の“本当の力”を見つけ出すことができれば、登り詰めることができる。
現代の“魔術の賢者”としての称号を——。