10.意識の繋がり
ラウルはそんな映像を見る。見たとき、何故か全身が痛かった。
心臓は強い鼓動を叩き、ジンジンと燃える。そしてあの体力が疲れそうなほどの、魔力の出力を。
あの感覚は、ラウル自身知っていた。あれを放ったのは———、
「———俺?」
あの痛み、あの思い、そしてあの感覚。味わったことの無いはずなのに、ラウルはそれを一心に受けていた。
心臓の鼓動が速くなり、ドクッ、ドクッ、と一定のリズムだったはずが、今ではドクンドクン、と速く打ち、聞こえてくる。
(………ルーラ・ヘリトン…。なんでそんな名前を俺が……?)
そう思った時、後ろから足音が聞こえてくる。それに反応したラウルは、咄嗟に後ろを振り向いた。そこに立っていたのは、見知った顔、アルスの姿だった。
「ラウル、思い出したのか?」
目を見開かせ、不安そうな顔で言い詰めるアルスにラウルは、困っていた。
思い出した?何を?
と言う言葉が脳裏に並び、あれは夢じゃ無いのか。誰かが見せた誰かの記憶じゃ無いのか。と、混乱してしまう。
それを見たアルスはラウルを落ち着かせる。ラウルの肩に手を置き、穏やかな声で———、
「———大丈夫」
と、耳打ちする。その声で何故か心臓の鼓動が収まり、そしてさっきまで混乱していたはずの自分が、もうどこかに消えて———。
「あの、アルスさん……」
「君には、話さないといけないことがある。まずは一旦家の中へ入ろう。な?」
「………はい」
大人しく家の中へと入る、ラウル達。リビングにある椅子に座り、ランプを灯す。
面と面なため、ラウルは少し緊張していた。アルスが真剣な顔で、淡々た話し始める。ラウルが見た———“記憶”について。
ラウルがそのルーラ・ヘリトンの生まれ変わりであること。
“魔術の賢者”の末裔者である可能性が高いこと。
手短にアルスはこの二点について話した。
「まずは、ラウル。お前は“魔術の賢者”の末裔者であるルーラ・ヘリトンの生まれ変わりだ」
「ルーラ・ヘリトン……」
「あぁ、俺やハーパーの親みたいな存在の人だ。各地を旅し、そしてそこで捨てられていたり、親がいない孤児達に手を差し伸べることができる人だ。俺の師匠でもある。俺が“時の賢者”と呼ばれるようになったのは、ルーラさんのおかげでもある」
アルスはラウルは驚くと思ったが、あの映像を見てから、そうなのか、とラウルの中ではあまり驚いていなかった。
あれほどの感触を味わったと言うことは、前世の記憶。実際に体験したと言うことを物語っている。
「そして次に、ラウルの赤目に関してだ。それは遺伝か?」
「え?ううん、違う。親二人とも紫色の瞳だし…。俺は生まれた時から、左目が赤色だった。それで家族からは避けられていたけど…」
と話す。つまりは、彼の親のどっちかが、“魔術の賢者”の血の繋がりがあり、それを受け継いだため、とアルスは考えていた。
だが、もう一つの可能性がある。それは———、
———ルーラの容姿を瞳だけ受け継いだか。と言うわけだ。
これに関しては推測でしか無い。
「じゃあ、あの時に見た……あの映像は……」
「あぁ、そうだ。それはルーラさんの記憶……。そしてお前が体験した前世の記憶だ」
アルスの目つきが変わる。鋭い目がラウルを捉えていた。
ラウルは、今の現状を理解しているのか、してないのか。分からずじまい。混乱していた。
あの映像の感触、聴覚、味覚、嗅覚、視覚。五感で感じた。
それを感じることができたのか———前世の記憶。
そう言われたとして、どのように感じ取ればいいのか。
「…………混乱するのも無理はないだろう。だが、ラウルの中にはルーラさんが生きている。
そして呪いの目———『魔力なし』の烙印が押されていたのは、多分。お前自身の魔力の力がしっかりと、反映されていなかっただろう。だが、今のお前は“ルーラ・ヘリトン”を思い出し、そして“魔術の賢者”になり得ることが出来る。
だが、うちではこれ以上教えることはない」
困ったかのように答えるアルスに、ラウルは疑問符を浮かばせる。
「だってお前……全部読み漁っただろ?」
「え!?えぇと、それはアルスさんが一日でも早く……って言うから」
「確かにそうだな。だが、本格的に魔法、魔術の力を得たいなら、学院へ行くのだ」
バシッとアルスはラウルに指を指す。ラウルの視線はアルスの指へといくが、
「人に指さしちゃダメだよ」
と、言われその指を下ろされる。ラウルの言ってることは正しい。そのため、アルスは大人しく手を下ろした。
学院というのは、帝国に存在するアカデミーの事である。
帝国に存在する学院といえば、『ルージア・アカデミー』である。そこは魔法師、魔術師、魔導師、大魔導師を目指す名門校である。
六年間学んだ時に、どの称号を会得しているのかは自身の力量と言われている。そして噂では教師達はとても厳しい人物だとか。だが、その称号を在学中に会得すれば、学院長からプレゼントを貰える噂だとか。
プレゼント内容に関しては、その人物の称号で豪華さが変わると言われている。
「ま、ラウルなら卒業前には“魔術の賢者”の称号を会得できるだろう」
「え、ハードル上げないで」
「入学年齢は十二歳。そこから六年間学ぶから、十八歳には卒業できるだろう。そこでは初等部を飛ばして、中等部、高等部と分けられている。だから、中等部での入学年齢だな。それにシアも在学生としているし、あと二年後になったら、一緒の学校に通えるだろう。それまでに出来ることをしよう。な?」
「あ、はい」
(拒否権なし……か)
ざっと説明されたが、大まかな内容としてある程度は理解することができた、ラウルである。
その二年間の間で、どれくらい思い出すことが出来るのか。それはラウル自身にも関わりはあるが———、
「———もしかして……」
アルスに説明を受けたラウルは、自室のベットにて寝転がり、瞼を閉じようとしたところ、誰かの声が耳に入ってくる。
それで目を覚ましたら、そこにはふわふわした人物がいた。
「………お?出て来れた」
雪のような綺麗な髪、そして赤い瞳と琥珀色の瞳、そんな綺麗な女性が目の前に“浮いていた”。
「お?初めまして、ラウル。私はルーラ。よろしくね!」
「………なんで俺の中から?」
「いくら私の体じゃないとはいえ、ずっと中にいるのは退屈で…。だから、こっそり魔法を使ったの。あ、安心して?私の魔力からだから」
ルーラはラウルの体の中から、飛び出してきた。と言う事になる。つまり、ルーラは幽霊。幽霊の形となって現れた。と言うわけだ。
「アルスからの話は聞いたわ!ルージア・アカデミーに入学しなきゃなんでしょ?“魔術の賢者”になる事が貴方には出来る!私も手伝うわ!」
「………その体で出来るの?」
「まぁ、やってみないと分からないわ。あ、そうだ。何となくだけど思い出した?」
ルーラは浮遊した状態でベットに体を預けている、ラウルに聞いてくる。
「まぁ、ある程度」
「そう…。なら、良いことを教えてあげる!実はね、私の弟子達は、まさかの誰々の賢者の“末裔者”も居るんだよね。その子たちに会えば、なんとなーく記憶のパズルは繋がっていくんじゃない?」
「………………例えば!?」
その話を詳しく聞こうと、体を起こそうとした時、体が鉛のように重たくなっていた。その為、ベットに磔にされている状態である。
「あ、ごめんなさい。私が出ているから、金縛りのようになっているのね。私の意識とラウルの意識を繋げるわ」
体の中に入ってくるような、感覚を感じたラウルであったが、ルーラが体内に入ってきたあと、体は自由に動かせるようになった。
その時、ルーラの声がはっきりと脳に聞こえる。
『ゆっくり深呼吸して…。で、ゆっくり目を閉ざすの。そうすれば、私の姿が見えるから…』
ルーラに言われた通りに、ラウルは実行する。
ラウルが目を閉じた時、ルーラの姿がはっきりと見えた。
足がついていて、しっかりと実体のあるルーラが。
『改めて、私はルーラ。貴方の前世みたいなの。私も貴方が“魔術の賢者”になるのをお手伝いするわ。だけど、まず最初に記憶を取り戻さないと。その為には、私の弟子たちに会って。アルスとハーパーにはあったみたいだから———ともかく、その子達に会えば、何か思い出せるかもしれないわ』
『それは良いんだけど、ハーパーさんに会っても何も感じなかったよ?懐かしいなぁ、としか』
『それは少しでも思い出していないから。大丈夫、何かあったら私が助けるわ』
『それはいい』
はっきりと答えた為、ルーラはがっくりとした。そんな彼女の姿に少し驚きの顔を見せるも、しっかりと答える。
『俺は俺でやりたいんだ。魔法や魔術をしっかりと覚えて、それでその上でも、苦戦するようであれば、俺はまだまだだって分かる。そう簡単に“魔術の賢者”の人に、力を頼りたくない』
目をしっかりとルーラに向け、真剣な顔で告げた。そんなラウルの顔を見たルーラは、ゆっくりと微笑んだ。
『そっか。わかった。ラウルがそう言うのなら、私は手伝いしかしない。一人でも無理な時は、アルスを頼って、学院で出来た友達を頼るのよ?人間、一人じゃ何もできないもの』
『だけど、ルーラさんは“魔術の賢者”って呼ばれてたんでしょ?』
『うん、だけど。それは私に取り柄が魔法や魔術だったの。だから、死に物狂いで会得したわ。だけど、それからの生活は大切なものができた。だから私は、あの子たちのためなら、この命を投げ出しても良いと思った。そう、あの子たちの日常を守る為なら……』
ルーラも真剣な顔でラウルを見る。その気持ちはラウルも共感できた。あの時に見たあの映像の、ルーラの気持ち。だから共感出来たんだろう。
(俺にも、そう言うのはできるのかな……)
『出来るよ、きっと。だって、ラウルの人生はこれからだから』
『………そうだね。ありがとう、ルーラさん』
そしてこの意識もシャットダウンさせようとした時、ラウルはルーラの方を再び見た。
『大丈夫です』
『………え?』
突然何を言われたのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔となる。
『俺にとって、ルーラさんってすごく居心地が良いんですよ。なんて言うんだろう?まぁ、そんな感じです。だから、大丈夫です』
そう言い残したあと、ラウルの意識はシャットダウンした。真っ暗な世界から、ルーラただ一人が残る。だけど、寂しいとか、そんなのはルーラは感じ取らなかった。
『私も何だか、居心地が良いよ。私の今世の姿だからかな?ラウル……良い名前じゃない』
ルーラは微笑んだ。不思議な感覚で繋がっている、ラウルに安心感を覚えた事。
その場に座り込み、話し相手ができたことを、嬉しく思うルーラであった———。