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異人  作者: 蒼蕣
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学習能力

「ほら、お前に仕送りだ」

看守が数冊の本を牢屋の受け取り口から差し入れた。

一週間に一度の差し入れ、しかし、これは家族からではない。

家族には自分たちはすでに死んでいると伝えられている。

ちなみに、私は交通事故に遭って死んだとなっている。

もちろん、奴らのでっち上げだ。

奴らは巧みな話術と交渉術で家族に遺体の確認もさせず、私を引き取った。

その時の家族の表情を想像すると、今でも少しだけ涙がこみ上げてくる。

ここに入った当初は号泣したのを覚えている。

全く異なった環境、孤独、使命、常に死と隣り合わせの状況下で、死ぬほど苦しかったのを覚えている。

しかし今は何も感じない。慣れとは怖いものだ。

慣れてしまえば、苦しくなくなる。それがたとえどんなに理不尽でも…

しかしその慣れは油断となり、自分の首をゆっくりと締め上げる。

だから適度に初心に帰るよう自分に言いつけているが、あまり実感が湧かない。

一つの本を手に取る。

「随分とそそられない題名だな。『猟奇犯罪はなぜ起こるのか』か」

答えは簡単、人間が理性を欲望に食われたからだ。

理性は賢い、自分の考えていることが人徳的かを判断してくれる。

人間皆悪いことの一つや二つ起こす。テストのカンニング、学校から物を盗む、クラスメートと喧嘩して相手に暴行を加える。その後、先生や親からこっぴどく叱られる。その結果これは悪いこと。悪いことをしたら大人が怒る。怖い。もう怖い思いをしたくない。

そんな知識や経験が理性を産み落とし、人としてどうあるべきかを必然的に教えてくれる。その結果二度と同じ過ちが起きることはない。理性が自分たちが行動を起こす前に抑制してくれる。

かといって悪いことすべてを経験していたら、とっくに牢獄行きだろう。だからよく新聞やテレビなどで犯罪を大々的に国民に伝える。彼らの起こしたことはすべて悪いことであると。

なんだか人間の免疫力の仕組みと似ている。

人間の免疫力も学習能力を持つ。一度かかった病気、そしてそれを取り除く抗体を記憶し、もう一度同じ病原菌が体内に入ってもその記憶を辿って同じ抗体を素早く作成することで、病気の進行を最小限に抑えることができるのだ。

その仕組みを逆手に取ったものがワクチン接種だ。ワクチンとはいわば人間に害を及ばさない程度の少量の病原菌またはその死骸である。それを摂取することで体内の免疫のその病原菌およびそれの特効薬である抗体を作り出させて、記憶させる。そうすればいざ本当の病原菌が体内に入ってきても早急に対処し、我々が苦しむことはない。

何はともあれ何をしたら罪になるのかを教えることで、罪を犯さない善良な国民が出来上がる。しかしこれは理論であって、事実ではない。これはあくまで国を統治する者たちの願望である。

真実はこうだ。理性は負ける。それは特に欲に駆られた時。憎み、恨み、妬み。そんな感情が彼らを犯罪に手を染めさせる。おそらくテレビなどのメディアではなく、実際に体験してみないと罪を犯すことがどの程度悪いのか実感が湧かないのだろう。そんな理性を失って犯罪を犯した者たちはたくさんいる。そして理性を失いそうなやつらもまだ社会でのうのうと暮らしている。

それなのになぜ、理性も正常に機能した我々がここに囚われているのだろうか。それもただ思想が危険だからという理由だけで。

自分たちの考えてることぐらい、望んだ未来くらい自由に頭の中に描いてはいけないのだろうか。

そんな反抗期が私の脳内を巡ったのも随分前のことだと思う。

今の私は従順に与えられた使命をこなす。

なぜなら、私は…社会が作り上げた善良な(洗脳された)国民だから…

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