出会い
なんだか今日は楽しかった。
もしかしたらこれが自分の隠れた才能なのかもしれない。
いや、全てはあの施設での経験の賜物と言うべきか。
あの施設に収容されてからというもの外に出られず、時計もあまり目にしなかった。
共有スペースにあったはめ殺しの窓。逃亡阻止のためか窓には面格子が設けられ、その隙間から入ってくる太陽の光が、時の流れをわずかに感じさせていた。正直あの場所に長い間住み着いていると自分が何歳になったのかもいまいちわからない。
まあ、なにわとも生まれて三十年近く経ってようやく自分の才能が開花したのだ。
私は初めて、あの施設にいたことにありがたみを感じた。
確かに当初は不安と恐怖で夜も眠れず、家畜のような扱いに耐えていた。次第に家畜から人間並の対応へと変化していったが、それでも囚人までだ。
そこで私たちに強いられてきたこと、それが犯罪計画の作成。資料を読み漁り、犯罪成功率、犯罪や地域によって警察官が導入される人数、およびその警察官一人一人の業績、その地域で似たような犯罪が過去にも起こってないかなど様々な統計を元に完全犯罪を一から計画し、提出する。
その毎日だった。
そこで得たものとすれば、忍耐力、犯罪系の知識、そして人間の愚かさと怖さぐらいだろう。
そんなものが社会に出てなんの役に立つのかと思えば、あんなことに役立った。
やはり未来というものは誰にもわからない。何事も経験しとくに越したことはないのだな。
だが、もしかしたらあの施設に入れられず、小中高と普通に他の奴らと同じような生活を送っていたら…
いやそんな過去のことを振り返ってもしょうがない。
私はゆっくりと、会社近くの自宅があるアパートへと向かった。
流石にライバル社の家に居候していることがバレれば、会社での立場が危うくなると考え、雇い主が用意してくれた。
家賃毎月十二万のマンションの部屋はシンプルなワンLDK、最初の一月は雇い主が出してくれたが、その後は私が自分で家計を切り詰めて出している。
初めての給料で家賃を払う、独り立ちへの第一歩といえるだろう。
そんなマンションの前に黄土色のショルダーバッグに...スーツ? いやブラウスか。ともかくこの社会に出てきて頻繁に目にするようになったオフィスレディ、その典型的な服装を着こなした、髪の長い茶髪の女性が歩いていた。
その後ろには三人の男、一人はメガネに黒いリーゼントヘア、一人はスキンヘッドのラガーマンのような体格の大男、一人は小柄の襟足を伸ばした金髪。
女性は早足で逃げようとしている。
「なあ、姉ちゃん。俺たちと一緒に遊ぼうぜ」
小柄の金髪が女性の左肩に触れた。
女性は男の手を振りほどいて走ろうとした。
それをラガーマンの男が彼女の来ていた服の襟を引っ張って止めた。
「や、やめてください」
女性が震えた声を発した。
「ちょっと、付き合えよ」
久しく感じることがなかったいい気分が一瞬にして消え去った。
私のマンションの前でやるな、人目につくだろと言いたくなるも無視してマンションに入ろうとした。
「はぁ、仕方がないな」
社会に出たばかりの私はどう対処したらわからないが、とりあえず助けた方がいいのは知っている。
万が一会社の同僚が近くにいて、私が何もせずただマンションの中に入るものならば会社で悪い噂が立つかもしれない。せっかく積み上げてきた信頼が崩れ去ってしまうのは避けたい。
「ちょっと、何やってるの? あなたたち」
私が声をかけようとしたその時、前から別の女性が現れた。
短い髪をした鼠色のスーツ姿の小柄の女性だった。
「なんだ、姉ちゃん。あんたも遊んで欲しいんか?」
小柄な男が近づいた。
その瞬間女性は華麗に男の背後に回り込み関節技を決めた。
その光景を見た残りの二人は最初にナンパした女性を薙ぎ払って拳を掲げ、もう一人の女性に立ち向かって行った。
その女性は背広を脱ぐと、向かってくる男たち一人一人に流れるように関節技を決めた。
すごいな、今時の女性は護身術を身につけているのか。いい情報をもらった。関心しながら、私はマンションに入っていった。
襲われた女性は深々と頭を下げていた。
「もしかして、克くん?」
私は思わず立ち止まり、振り返った。




