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異人  作者: 蒼蕣
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任務遂行のために

「こんなこともできないのか」

「はい。すみません」

上司に叱られた。

「今時パソコンもろくに使えないこんなやつが採用なんてな」

それほどうちの会社は人手不足が深刻なのかと言いたそうな顔をして、その場を去っていった。

もう怒るのも疲れたといった感じか。

今日だけで三回は叱られた。その度に何度私は頭を下げたことか。

しかし私はいくらでも耐えられた。嫌な顔一つしなかった。

あの施設で何度体罰を受けたことか。忍耐力に関してはそこらへんの一般人よりはあると自負している。

しかも単に自分が悪いのを知っているから逆恨みもしない。全て上司が正しい。

同期入社の社員が上司が去った後に私を慰めてくる。

「ちょっと言い過ぎだよな」

「誰しも得意不得意があるしな」

「我慢しろよ。愚痴は俺たちにぶつけろ」

別に心配されなくとも怒りなんて覚えちゃいない。

怒って得することは何もないことを私は知っている。

相手を逆上させるだけだ。

ましてや今自分がここにいるのは雇い主のおかげだ。別に彼に忠誠を尽くしているわけではないが、人並みに扱ってくれる、そして自分に役目を与えてくれる依頼主には感謝している。彼の顔に泥を塗るのは気が引けた。

あの施設では何度怒りを覚えたことか。

だがその度に反乱意思を片っ端から削ぎ落とされる、絶望に浸される。

それに比べたらこの程度の恥辱なんの問題もない。

目指していた仕事に就くことができたものの、自分が夢描いていたものと現実がかけ離れすぎて、辞めていくものを日々見ている。しかし私にとって仕事とはそんな生易しいものではない。やらなければいけない責務である。やらなければ待っているのは死。死を取るか、仕事を取るか。子供でもわかる問題だ。

今はとにかく、耐えて、環境に慣れていくしかない。上司に媚でも売って機嫌をとろう。

そうすればいずれ、会社の全貌が把握できる地位まで上り詰めることができる。

そうやって何が何でも自分の使命を遂行しなければならない。


しかしやはり時には不安になる。

ろくに学校も通っていない私にできるだろうか。

私たち新入社員は主に先輩の雑務をこなす。多くのものが先輩の仕事の手助けをするのだが、私はパソコンの操作もできない。さっき上司が言っていたように今のご時世パソコン操作もままならないと使い物にならない。

それでも私は諦めるわけにはいかない。何もここに自分の居場所がないわけではない。限られてはいるが、こんな自分でもできることはある。それを一生懸命、丹精を込めてやる。

今は先輩から送られて来た資料をプリントし、集めてホッチキスで束ねるというのが自分の存在価値だった。

あとはまあ、先輩たちのデスク脇に置いてあるゴミ箱から溜まったゴミを回収したり、彼らにお茶を出すような感じだ。

いくらろくでなしでも学習能力はある。周りの人が毎日カチカチとパソコンを打っているのを見て、いずれ自分も使いこなせるようになるだろう。いや”だろう”じゃない。学ぶのだ。

それにここでの自分の取り柄とも呼べる忍耐力と勤勉さ。それを存分に発揮していれば、自分の居場所が完全に潰されることはないだろう。

いや、楽観すぎか。社会というのはもっと厳しい場所なのだろうか。いつかお前の替えなどごまんといるんだと言われて解雇されるのだろうか。そもそもこんな雑用ばかりずっとしていて自分は出世できるのだろうか。別に財産や社会的地位が欲しいわけではない。ただ自分の任務遂行のためには出世はしなければならない。このまま還暦まで雑用だったらどうする。

いや、弱音など吐いていられない。前を見ろ、現実を見ろ。自分の置かれている状況を見ろ。もう退路はすでに立たれている。何としても、どんなに時間をかけても、出世してこの会社を潰さなければならない。

それが私の唯一の役目なのだから。

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