本望
見事偽の履歴書で入社できた。
てっきり履歴書だけでなく、面接もあると思ってこの会社に入りたい理由や自分の目標や意気込みを考えて来たのだが、無駄だったらしい。
「おかげさまでライバル社に入社することができました」
私は軽くお礼をした。
「いや、こんなことはおやすい御用だ。まだ計画に必要なことがあったらなんでも言ってくれ。できる限り尽力しよう」
「はぁ。一つ伺ってもいいですか?」
「なんだい?」
「偽の履歴書を作れるくらいの力を持っているのなら、ライバル社に悪い情報を流して顧客を奪うことぐらいできそうですが」
「まあね。だがこの力は危険でね、私みたいな頭で乱用しても無駄だと思ってね」
「そうですか」
反社会勢力にでも頼んでいるのか。
ふと、会社で配布された身分証明書を観た。
これは私なのか。確かに顔や年齢、会社に赴くのは私だが、住所、そしてこの職を得られた経緯は…つまり私の財産というものは全て真っ赤な偽物だ。それでもこれは私の努力で得たものといえるだろうか。
「失礼します。また伺います。あ、バレないようにこちらに伺うのは月一程度に抑えておきましょう」
「あい、わかった。慎重な性格で助かるよ。これからよろしく頼むよ」
慎重な性格。私を臆病と蔑んでいるのか。それとも何か良からぬ力を使っている主人に対してなんの詮索もしないでくれてありがとうと褒めてくれているのか。今の私には答えが見つからない。
「では…」
「あ、克くん」
雇い主が引き留めた。
私は立ち止まり、振り向いた。
「努力しているようだね」
「なぜ…そう思われるので?」
「話し方だよ。敬語、使えるようになったんだろ」
「あくまであなたの依頼を遂行するために必要だと判断したからです。いくら履歴書を改ざんできたとしても、私自身もそれ相応の準備をしないと入れないと思いましたので。これだけが、私の生きがいですから」
「生きがいか…」
雇い主の目がわずかに霞んだ。
「では新しい情報が入ったらまたご報告に向かおうと思います」
私は颯爽と出て行く。そんな哀れむような目で私を見ないでくれ。
「ああ、よろしく頼むよ。我が社の未来は今君にかかっているんだからね」
「はい。では…」
大きな会社、たくさんの会社員を抱えているのだろう。もしこの計画が失敗すれば彼らは全員解雇か。それは全て私に責任があるのか。多くの人の将来を支えているこの会社の未来が私の行動一つで大きく変わる。
今からでも遅くはない。逃げよう。
こんな重圧に私が耐えられるはずもない。
これまで自分自身のためだけに動いて来た私にこの任務は重すぎる。
少しでもミスをすれば、バレてしまい、私は消されるだろう。
順序は、雇い主に警察に突き出され、警察は私を必要に尋問し、公平な裁判が行われるわけもなく極刑に処されるのだろう。私もいわば反社会勢力。社会が私を公平に扱ってくれることはないだろう。私に味方はいない。どこまで行こうと私は利用されるだけの人間。私と同じ目線に立ってくれる人、私と持ちつ持たれつの関係を作ってくれる人などこの世のどこにもいない。
そう思いつつも、既に乗りかかった船だ。
どう転んでも、私にできることは限られている。
そこに生きる価値が見出せるのなら、努力するまでだ。
それで失敗して、命を落としても悔いはないし、本望だ。