社会へ
「MO3725、準備できたか」
久方ぶりに番号を呼ばれた気がした。
それもそのはず、Aランクの私たちは優秀で看守にとやかく言われる筋合いはないのである。
龍興がいなくなって早一年あまり、ようやく私も卒業試験に合格した。
十年もの歳月をかけてようやく自分の努力が報われたと喜びがあったのは確かだが、これからここを出て一人で暮らしていけるのかという不安もあった。
事実、私は小学校までの教育しか受けてこなかった。そんな自分が社会でちゃんと生きていけるのだろうか。
しかし、これまでもここを卒業して行った者はいたが、生活に苦しみ、泣きついて戻ってきた者は一人もいなかった。
あの楽観主義の龍興でさえ、あれから戻ってきていない。
しっかり者の自分だったら大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。
確かに最初の方は不安でいっぱいだろう。しかし社会にいる人たちと交流することで彼らの社会での生き方のノウハウを学べるはずだ。
たとえ人と交流ができなくても、龍興みたいな私より先に社会に出て行ったものたちがたくさんいる。
きっと彼らが私に手を差し伸べてくれるだろう。
私は配布された衣服数日分と特に気に入った本数冊をキャリーバッグに入れ、部屋を出た。
行動が制限されておらず、部屋の外へは頻繁に出入りしていたにも関わらず、この時ばかりは寂しさを感じた。
表に出ると、すでに他の合格者たちが集まっていた。その中にはもちろん、私が勝手にライバルと担ぎ上げたあいつもいた。
皆、卒業したのにも関わらず表情は相変わらず硬い。きっと私と同じく複雑な気持ちなのだろう。
「全員集まったな。では、私に続け」
看守を先頭に合格者が次々と彼のあとをゆっくりとした足取りで辿った。
久しぶりにこんなに歩いた気がした。
DランクやCランクでは重労働を課せられて毎日疲れ果てるまで働かされたが、Aランクになってからは本を読むことだけが仕事なため、運動不足になりがちだ。
一体この施設はどれくらい広いのだろうと思ってしまう。
Aランクといえども行ける場所は限られている。
基本は共同スペース、ランドリー、そして自分の部屋。
きっと施設の全体はその何十倍も広いのだろう。
しかし、どこにも窓がない。所々で壁にかかっている時計のみが時間を知らせてくれている。
太陽を見るのは、何十年ぶりだろう。
「この部屋に入れ」
一つの真っ白い部屋に案内された。
奥に扉が一つある。その扉には窓がついていた。しかしすりガラスで奥に何があるのかは見えない。
あたりを再び見渡すと壁には小さな穴が無数に空いている。
防音加工が施されているのだろうか。
そういえば、私たちは無一文だ。お金はくれるのだろうか。
そんなことを思っていると突然、消灯した。
寝る時間でさえ消灯はしない。停電か、と思ったのもつかの間、プシュゥゥーというガスが充満していく音が聞こえた。
どんどんと記憶が遠のいていった。
なんだ…