卒業
「おい、見ろよ!」
突然私の部屋にノックなしに入って来た無礼者がいた。
「これ!」
読んでいたページにしおりを挟み、本を閉じた。
そして振り返ると同時に、紙を鼻につきそうなほどの距離に見せて来た。
「突然なんだ」
もちろんそんなことをする奴は龍興しかいない。
「見ろよ!」
いやにテンションが高かった。
「そんな近くで見えるわけないだろ」
「ああ、悪い」
ぼんやりとした紙に徐々に文字が見えてきた。
そこに赤い文字で合格と書かれていた。
「お前…」
「どうだすごいだろ」
龍興は満面の笑みを浮かべていた。
「よかったな」
一瞬目を見開いたが、すぐに通常の目に戻した。
「何だ。そんだけか? いや実は悔しいんだろ」
「別に」
「よっしゃあこれでようやく社会に出られる!」
龍興は両手に拳を作り、ガッツポーズをした。
「よかったな」
もう一度言った。
「ああ、これでようやく卒業だ。長かった」
「五年目だったか」
「ええ〜と、まあ五年目の三回目だな」
「よかったな」
「それしか言わねえのか。僻んでんのか? 頭が悪そうな俺に先を越されて。まあ、お前も俺がいなくなって悲しいんだろ。安心しろ、向こうで待ってる」
「…」
この気持ちは悲しいんだろうか。それとも嬉しいんだろうか。何とも言えない。
「番号BG4051、明後日の朝だ。いいな」
看守が後ろから呼びかけた。
「おう、て言っても準備するものなんてねえけどな」
大げさに笑っている龍興ははたから見れば羨ましい、いや恨めしい存在なのだろう。
「犯罪を計画したら卒業…」
「なんだ。やっぱり悔しいのか、俺に負けて」
いつもより上機嫌なせいか、肩を叩いてくる力がいつもより強く感じた。
「別に。私たちは思想が危険だからここに収監された。でもここでさらにその思想を深め、限界に達するとここから出られる」
「ん、何が言いたいんだ?」
「いや、別に。普通矯正するんじゃないのかと思って」
「ま、確かにな。このまま俺が社会へ出て犯罪を起こすかもわからない。まあ、でもここは完全犯罪計画所だ。その言葉通り、完全犯罪を計画したら用済みだってことだろ。そんじゃ」
龍興は久方ぶりに外に出る子犬のようにはしゃいでいた。
そのままはしゃぎすぎてどこかに頭ぶつければいいのに、と一瞬思ってしまってことは私も彼を妬んでいるのだろうか。
そしてご満悦な龍興を尻目に、私は彼の”用済み”という言葉が頭の中でこだました。