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#61 進む世界

 呆れ交じりのため息をついた雪音。彼女を前にして、白夜はひとまず落ち着こうとしながらみ、瞳をぱちくりさせる。


 まさか同じ学校の生徒だとは夢にも思っていなかったが、ちょっと考えてみればそれもまああり得ることだった。彼女の家も近くにあったし、年も近い感じがした。今までの情報からしても、あり得ないことはではない。


 しかし、それでも面喰ってしまう。しかもこのタイミングで出会うことになろうとは。


 白夜の心中を知ってか知らずか、雪音はいつもの調子で話し始めた。


「貴方が学校に来るなんて、珍しいですね」


「珍しい……? なんで知ってんの……?」


「"例の件"で貴方の教室に二度ほど伺ったんですよ。あのバーに行く前にね。どちらも不在でしたが」


「あー……」


 白夜はちょっと困って頭を抱えた。同時にそうか、と微妙に納得する。だから授業前に女子生徒が白夜に話しかけてきたのだ。


 雪音、すなわち別のクラスの人物が、あまり学校へ来ない白夜を尋ねてきた。それも一回ではない。そうなると、いやでもクラスに来る用事というのが気になってくるはずである。


 話しかけてきた女子生徒はそういう好奇心があったのだろう。


 しかし、そんなそんな不純寄りな理由で、雪音が尋ねてきた理由を面識のない白夜に聞くのには、少しハードルが高かった。だから何も言えないまま、会話が流れたというわけだ。


 白夜は改めて雪音を見て、口を開く。


「まーなんつーか、お前も同じ学校だったんだな……。えっと、俺は高等部の1-2だけど雪音は?」


「私は中等部の3-4です。……貴方、()()()()()()()()()()()()()


「うっせうっせ……。それどころじゃなかったんだよ、少しは許してくれ」


「……それは、すみません」


 呪いのことは雪音も知っていた。軽口の中に重い話題が入り込んでしまったので、雪音は少し部が悪く感じたのだろうか、反省気味に小さく頭を下げる。


 確かに重い話題ではあったが、テキトーに軽口を言っただけのつもりだった白夜はちょっと狼狽えた。話題を変えようと、慌てて切り返す。


「いやいやいや、もう終わったことだし別にいいよ。それより、ここじゃなんだ。どこか静かな場所で話そうぜ」


「……はい」


「……と言っておいて何だけど、静かな場所ってどこにある……?」


「……」


 最後まで締まらない――間違いなく、雪音がそんな目で白夜を見たのだった。


 そういうわけで、白夜は雪音につられて静かな場所――屋上に繋がる階段の踊り場に来た。屋上へ繋がる扉には南京錠がかけられており、『進入禁止』という張り紙と共に、屋上には上がれないようになっていた。


「……ここなら、誰も来ませんよ」


「そうみたいだな。ま、そりゃそうか」


 購買のある場所とは打って変わって、3.5階のこの踊り場は静寂に包まれており、遠くから喧騒の破片が流れてくる程度であった。


 そのどよめきから浮いたこの場所で、雪音は静かに口を開く。


「……白夜、呪いの方はどうですか」


「呪い? いや、もう纏わりついてる感じはしないな。もう俺のとこにないよ」


「そう……ですか」


 雪音は白夜の言葉を聞いてもなお、目を伏せた。いくら白夜でも、彼女の態度から"何か"があることは分かる。白夜は静かに切り出した。


「何か言いたいことがあるのか?」


「……」


 雪音は伏せた瞳を上げて、その焦点を白夜に合わせる。曇りなき青い瞳が白夜を捉えた。


 その後、雪音は一人でにため息をつく。それからどこか吹っ切れたように笑って、体を揺らした。連動して髪やスカートが揺れるぐらいに。――本当に、何かを吹っ切ったようだった。


「経過観察――の、つもりだったんですけどね。解呪の後、どこか不調が出てないかとか。もっとも、その様子だと問題ないようですが」


「……?」


 経過観察。確かに解呪の直後に不調が発生せずとも、時間が経ってから何らかの症状が現れる可能性もある。それもあって、雪華への解呪は未だ施していないようだ。


 それは分かる。けれど、白夜は雪音の言葉に訝しんだ。


 『つもりだった』、雪音はそう言った。ならば、経過観察以外の目的があったということになる。


 雪音は少しやり投げているかのような、明るめの口調で告げた。


「――まずひとつ、金剛寺が姉の異能を奪った手段が判明しました。詳細は聞かされていませんが、松浦イリアンの異能"逆らう逆虫(バグ・バク)"と金剛寺の"利口な騙り手(クレバー・トリック)"を応用したものだったらしいです。金剛寺の方は死亡が確認されたため、再現は難しいようですが。そしてふたつ目ですが……」


「……」


「"宿星の五人(カルディアン)"の呪い――あれは、単なる呪詛ではなかったようですね」


「え……?」


 さらりと、雪音が言ってのけた言葉。白夜にとってそれは、思わず聞き返してしまうものであった。


 "宿星の五人(カルディアン)"に、白夜にかけられた呪いが単なる呪詛ではない、というのはどういうことであろうか。


 いや、呪詛でないはずがない。ならば、白夜にかけられた"短命"も、字にかけられた"不死"も、雪華にかけられた"衰弱"も、軌骸王から授けられた恩恵だとでもいうのだろうか。


 ――そんな結論は馬鹿げている。しかしながら、雪音が意味もなくそんなことを言う訳がない。


 白夜は一旦落ち着いて、自分の中で鳴りやまない否定的な言葉を飲み込んだ。そして、雪音をじっと見て、次の言葉を待った。


 雪音は続ける。


「……まだ断定的なことは言えませんが、"呪い"だけで済むような代物ではなかったということです。"呪い"というよりは"試練"――そういう、意味合いが適切ですかね」


「"試練"……? クソ、一体何が……いや、今言うべきは違うな……」


 望んでもいない"試練"など、ただの苦痛体験の押しつけだ。しかしそれを雪音に愚痴ったところで、何も解決しないし、何も得をしない。言うべきはそこではないのだろう。


 白夜は雪音を見た。


「……お前、どうして"呪い"のこととかを俺に教えてくれたんだ……? その様子じゃ、教えるつもりはなかったんだろ」


「ふふっ……そうですね」


 疑問を口にする白夜に、雪音は再び小さく笑った。


 その笑みからは嫌な感じはしないが、どこかあしらわれているというか、変な感覚がして白夜はなんともいえない表情をする。


 そんな白夜に雪音は言った。


「前の貴方には、目を離したら、知らずどこかへふらっと消えてしまうような、暗い自棄の雰囲気があったんです。けど今の貴方は……」


 雪音は白夜の目の前まで歩み寄ると、白夜の前に手をかざす。びっくりしてほんの少し体を反らす白夜。そんな彼を見て、手をかざしたまま小さく雪音は笑った。


「……??」


 明らかに雪音の様子がおかしい。しかし、自分の何が雪音を変なテンションにしているのか分からなかった。


 白夜がそうやってさらに困惑していると、雪音がかざしていた手から白夜の額にデコピンが繰り出される。心地よい音が響き、気持良いぐらいに命中した。


 思わず半歩下がり、自らの額を抑えながらジトリと雪音を見る白夜。それを見返すのは、やはり楽しそうに笑う雪音だった。


「今の貴方は、年相応の男の子って感じですね。生気に満ち溢れているというか」


「……なんだお前、おちょくってるのか? 喧嘩なら買うぞ」


「なら、屋上で殴り合いでもしますか? ここでやるよりも、そっちの方が気持ち良いでしょう? 二回も氷漬け未遂で終わってましたからね、今度こそ氷漬けにしてあげますよ」


「……本気なのか冗談なのか分かりづらいボケは辞めてくれ」


「冗談ですよ」


 またもや笑う雪音に、白夜は分の悪さを感じる。


 どういうわけか、今日の白夜では絶対に雪音に勝てないと思った。何をしてもこうしておちょくられるだけであると、どういうわけか直感した。


 同時にどっと疲れもあふれ出る。白夜は肩を落とし、両手を上げて降参のポーズを取りながら苦笑した。


「それ聞いて安心したわ……。俺は疲れたから教室戻るぞ……」


「はい。それでは、またいつか」


 くるりと、白夜は雪音に背を向ける。


 階段を下りるにつれ、さっきまでの会話が何の変哲もない会話であったことの実感がわいてきた。


 最後の冗談だけであったが、それは同年代との、命も"呪い"とも関係のない、純粋な会話であった。こんな会話をしたのは、もしかしたら初めてだったのかもしれない。


 今までは"異能力者"として、字の下で過ごし、その後は"呪い"で腐っていた。そんな思い出の中に、今のような会話をした記憶は極めて少なかっただろう。


 白夜は階段を降り終えたところで、その場で止まる。


 そして踊り場にいる雪音を見上げる形で振り返ると、片腕を上げて言った。


「……ありがとう、それだけは言っておくよ」


 その言葉に雪音が目を見開いた気がした。気がしたというのは、白夜が恥ずかしくなってすぐ目線を逸らし、その場を早々に立ち去ったので、確認するいとまがなかったからだ。


 後ろのポケットに無理やり詰め込んだ総菜パンとナタデココジュースの缶を取り出しながら、白夜は自分の教室へ向かう。


 五限目は確か古文だった気がする。"古文"という文字を見るだけでも眠気が漂ってくるようだ。


 あと少しでまたかったるい授業が始まるんだろうな、と思って白夜は肩を落とす。けれど、これこそが平穏だった。今になって、それを噛み締める方法を知れた。


「めんどくせえな、ほんと」


 教室に帰ってきて、自分の席についた白夜はぼそりと呟く。机の上にパンをばらまき、缶をことんと置いた後、肘をついた。


 そして教室の窓から、青空を見上げる。


 それは飽き飽きするほど見てきた青空であったが、とても新鮮な空だった。白夜はかったるそうな言葉とは裏腹に、どこか満足そうに笑ったのだった。


 《OverKill:LifeMeter *Fin

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