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#2 異能力者

 火孁(ひるめ)をアパートにおいたまま家を出た白夜は、特に用もないのに町の少し外れにある『spear』というバーに向かっていた。


 その『spear』というバーは、白夜が小銭稼ぎや暇つぶしをするためによく訪れる馴染みの店だ。そのバーの店主である平塚(ひらつか)とは持ちつ持たれつ、といった仲である。


 というのも、それには主に"ビジネス"の相手としての側面が大きい。簡潔に、他人には言えないことを平塚と組んでやってきた。


 その関係が始まったのは約二年前――まさに、あの事件の直後のこと。そこで白夜は気付く。


「……だから、なのかもしれない」


 どうして用もないのに『spear』へ足を運んでいるのか。それは薄れつつある"今の自分"を取り戻したいからではないだろうか。


 二年前の事件の後、(あざな)が差し伸べた手を取れず、生きる気力もなくただ雨の中佇んでいた"前の自分"と、現実から逃避して延命している"今の自分"。その根源に存在するのが妖星墜落事件だ。それは白夜の全てを変えた。


 そして変わってしまった今の白夜の前に現れたのは、火孁という"前の自分"の痕跡を持つ存在。"今の自分"と"前の自分"、交わることがないはずの二つの自分が交錯し、"前の自分"の痕跡に"今の自分"が引き寄せられつつあった。


 消えつつある"今の自分"を取り戻すため、白夜は本能的に"今の自分"と深く関わりのある『spear』に向かったのだ。自分を失うことがどれだけ虚しいものなのか、"前の自分"が行き場を無くした妖星墜落(イデア・メテオ)事件で実際に体験していたからこその防衛本能だった。


「……」


 白夜は歩みを止めて、空を見上げる。


 その青い空に一瞬だけ黒い鉄の塊が現れた気がして、思わず目を細めた。しかし当然そんなものは浮いておらず、相変わらずの蒼天の空だ。


 軌骸妖星イデア――普通の人には目視すらできず、妖星墜落事件で墜ちたはずの衛星は、今でも白夜を(むしば)み続けている。すでに軌骸妖星は墜ちた。けれど、白夜の中ではその衛星は依然として空を覆っている。


「……クソが」


 ふと湧き出た無気力な怒りが拳に乗って、すぐそばの電柱をどついた。大きな破壊音と共に電柱にヒビがはいる。それには文字通り大気が歪むほどの圧と威力が含まれていた。


 脳裏に浮かんだのはイデアだけではない。呪術師に左腕を断ち切られ、血だらけになって倒れているベージュ色の髪の少女が――。


「っ……」


 その電柱は拳一つで倒壊寸前まで破壊されかけていた。


 白夜はすぐさま腕をポケットに入れ直し、そそくさと早歩きでその場を去る。唇をかみしめながら。


 どんな顔をして、彼女(ひるめ)と向き合えばよかったんだ。


 仇も取れず、呪術師には逃げられ、妖星では呪いを味わった。全てが目の前で、何も抗えないままに過ぎ去っていった。そして全てが終わったあとで、白夜は無力感に負けた。"前の自分"はそれらの重圧に押し潰されていた。


 白夜は忌々しそうにぼやく。


「……()()()()()ばかりだ」


 浮足立つ――近年では『ワクワクする』といった意味合いで用いられることがある言葉だが、白夜のそれは本来の『不安で落ち着かない』という意味の方だ。そして生憎、白夜の足は未だ天空の衛星の幻影に囚われていた。まだ白夜の精神のほとんどが、天空から地面に降りてきていない。


 白夜自身もあの事件の後、地上に戻ってきているのにも関わらず、地面を踏みしめている感覚が希薄な気がしてならなかった。それは今も変わらない。


 ふと気が付けば、バー『spear』のすぐ近くまで来ていた。住宅街とは少し離れていて、周囲は都市部では見られない林が茂っている。雰囲気も閑散としているし、道も狭い。そんな場所が住宅街のすぐ外れにあるものだから、初めて行った時は別世界に来たような感覚になったものだ。


 あの角を曲がればバー『spear』が見えてくる。『spear』は黒を基調とした石造りの小奇麗なバーだ。


 いつも通り何気なくその角を曲がった白夜。視界に入った『spear』を見て、彼は思わず目を丸くした。


「……!」


 窓が割れていて、入口の扉も破壊されている。遠目だからよく見えないが、入口付近に数人の人が倒れても転がっていた。


 白夜はすぐさま地面を蹴って走り出す。今までバー自体が攻撃されることはなかったが、()()()()()()()()と予測はしていた。それはバーの店主である平塚も承知の上でのことだったはず。


「平塚ッ!」


 白夜は店主(マスター)の名前を口に叫びながら、店の中に飛び込んだ。


 そこで目にしたのは小奇麗だったはずの内装も荒れ果てている店内と、中にも倒れている半グレが数人。そして何より、白夜の目を引いたのは――。


「誰だお前……!」

「……!」


 ただ一人で店の中心で立っていた、腰に一本の刀を差した少女だった。手は柄の部分に触れており、納刀したばかりにみえる。そしてその正面には、カウンターを背に倒れ込んでいるがっしりとした体形の中年――平塚の姿があった。


 白夜の怒鳴り声は当然彼女にも聞こえていたわけで、飛び込んできた白夜と彼女の視線が交差する。


「……貴方も、殺しはしません」


 藍色のジーパンにボタンを開けたネルシャツを羽織っており、黒いショートの髪に青い瞳をしている彼女はそう言いながら、白夜を認識すると同時に腰の刀を抜刀した。


「……ハッ」


 そんな彼女を前にして、白夜は思わず唇を緩ませる。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ――そう高を(くく)っていた白夜だったが、彼女が刀身を振るった瞬間にその浅はかな考えは砕け散った。


「っ!」


 久しぶりに感じた肌に刺さる殺気。今まで半グレ程度の一般人しか相手にしてこなかったので、()()は久しぶりだった。目の前の少女は一般人ではない――異能力者(ミュート)でなければ放てぬ殺気と斬撃を、彼女は有していた。


異能力者(ミュート)……!」


 一瞬だけ面喰う白夜。しかし体に染みついた反応は鈍っていない。


 青白く一閃した刀の軌道。白夜はギリギリ体を横に傾けたことにより回避する。刀の軌道はすぐ横で空を切った。しかしその斬撃は白夜の背後の窓を枠ごと断ち切る。すでに割れていた窓が完膚なきまでにコナゴナになり、上下の壁にも大きな切れ込みが入った。


「……!」


 斬撃を避けられ、少女が驚いたような表情を見せる。


 そして白夜は、その瞬間にはすでに刀を持つ少女の懐に踏み込んでいた。


 異能力者(ミュート)――文字通り、異能を得た者の総称。それらは常人越えした身体能力を持ちつつ、魔法とも呼べる異能力を有している。



 そして異能力者(ミュート)であるのは、目の前の少女だけではない。



「っ!」


 白夜の右ストレートが繰り出される。しかし踏み込みが浅い。足、腰、腕の筋肉を存分に使えないタイミングで放たれる拳には威力がない――というのが()()の限界。


 拳を振るう中、右腕付近の大気が歪んだ。そしてそれは突然加速し、大砲の如く一瞬にして少女のもとまで放たれる。


「ッ……!」


 一瞬にして吹き飛ぶ少女の体。耳を劈く爆音。遅れて巻き起こる砂埃。風圧で白夜の前髪が揺れる。ガラガラと壁が崩れる音がした。


 白夜の右ストレートは少女に命中し、向かいの壁まで吹っ飛ばした――いや、それすらも貫通して壁の向こうまで吹っ飛ばしたのだ。白夜は軽く深呼吸し、前をじっと見据える。


 白夜の異能――『重力操作(セカンド・グラビティ)』。拳を振るうと同時に右腕を加重し、さらに移動方向へ向けて大気が歪むほど異常な重力をのせた。途中で突然拳が加速したのはこの異能によるものだ。異能によって、白夜の拳は街を吹き飛ばす大砲の如く破壊力を生み出す。


「……」


 白夜は拳を再び握り直した。


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