#20 愉快な朝
白夜が急いで"スイレン"の喫茶店へ赴き入店すると、昨日と同じウェイターが出迎えてくれた。
「いら……っしゃいませ」
彼女は白夜を営業スマイルで迎え着たものの、白夜の姿を見るなりそのスマイルが一瞬だけ凍り付く。が、すぐに何事もなかったように腰を曲げた。
そして雪音が座っているテーブルに案内される。
白夜がウェイトレスに連れられてそのテーブルに着くと、雪音はコーヒカップを持ったまま白夜を見上げた。
「こんにちは白夜……さん?」
「よー、どうした?」
雪音が硬直する中、ウェイトレスは一礼するとそそくさと持ち場へ戻っていく。
白夜は少し困惑しながらも、雪音の向かい側の席に座った。雪音はハッとすると、ごほんと咳ばらいをする。それからコーヒカップを置いて白夜とじとりと見つめた。
「どうしたら昨日着てた服をそこまでボロボロにできるんですか……」
「……うん?」
雪音に言われて初めて今日起きてから自分の恰好を見直す。
「……うわぁ」
間一髪、自分の恰好を見て情けない声が出た。
土や煤で全体的に汚れているうえに、服の所々に切り傷ができており、そこからは肌が露出している箇所もある。加えて、服の先端は黒く焦げついていた。
白夜から見ても、今の自分の恰好は気が狂れてキャンプファイアーに突っ込んだ人のようながっかり感がある。この恰好で町中を歩いてきたと考えると、今更になって恥ずかしさが込み上げてきた。
「忘れてくれ……」
「目の前にある状態でどう忘れろと……」
テーブルに肘をつき羞恥心で頭を抱える白夜を前にして、雪音はため息をついた。ため息もつきたくなるだろう、と彼女のその仕草がさらに白夜の恥ずかしさを際立てる。
まあそんな事情もあったが、今ここに集まったのはこんな他愛のない話をするためではない。白夜は羞恥心を振り切って顔を上げた。
「……こんな格好で悪いが、早速金剛寺の件に対して作成会議といこう」
「そうですね。白夜さんの恰好がどうであれ、今ここじゃどうでも良いことですから。土曜日の朝に愉快な恰好で、すれ違った人たちにシュールな笑いを提供して――」
「その話終わり! クソ……着替えてくればよかった……」
いじわるそうにジト目でいじってくる雪音を前に、白夜は居心地悪く毒づいた。そんな白夜を見て雪音は静かに笑う。
自分が貶められている気がするけど、まあ彼女が楽しそうだしいいか、なんて白夜は思いつつ、本題に入った。
「昨日、帰り際に俺が言ったこと覚えてるか?」
話が本題に入ったと感じると、雪音も白夜をからかう態度をやめ、いつも通りの表情へと戻る。
「帰り際……? 実は剣を使うって言ってたことですか?」
「ああ、それそれ」
白夜が保身をかなぐり捨てて伝えたことを、雪音は一応覚えてくれていたようだ。白夜はその確認を肯定しつつ、テーブルの隅にある箸入れ箱に手を伸ばした。
料理も頼んでいない。そんな話の流れでもなかった。その中で脈絡もなく箸を取り出した白夜に、雪音は怪訝そうな瞳を向ける。
箸を一本握りしめた白夜は立ち上がった。そして自分にある"天叢雲剣"の霊力、すなわち"形代"を腕を通して箸に伝達する。
――直後、箸は光と共に一瞬にして増幅、そして変形し剣へ姿を変えた。
それを目撃した雪音は目を見開いてテーブルを両手でついて立ち上がる。
「な……! なんですかこの剣……! それにこの感覚は……」
「……何か感じるのか? これは"天叢雲剣"っていう神剣らしい。詳しくことは分からないけどな」
「神剣……なるほど、それで……」
それを聞いた雪音は何かが府に落ちたようにゆっくりと着席した。そのまま静かに告げる。
「物凄いプレッシャーが溢れ出てます……あり得ないぐらいに」
"天叢雲剣"が特殊な剣であると説明するまでもなく、剣そのものが特異な存在感を持ち合わせていたようだ。持ち主である白夜はそこまで大きなものを感じないが。
恐らくだが、白夜と違い雪音は昔から剣術指導を受けてきた影響で、"剣"に対して白夜以上に親和性があるのだろう。故に常人以上に神剣への感覚が敏感になっているようだ。
とりあえず"天叢雲剣"を雪音に見せることができいた。白夜は剣を元の箸の姿へ戻す。箸に戻して、それから。
「……」
白夜は視線を箸から引きはがせなかった。立ったまま箸を見つめる白夜に疑問符を浮かべた雪音が問う。
「どうしたんですか?」
「……あっ、そっか。なんか箸が恋しいと思ったんだ。あの神剣について教える前に、ちょっとだけでいいから時間が欲しい」
「あ、はい」
白夜は大事なことを思い出した。昨日からずっと非日常が続きすぎて、日常を忘れかけていたようだ。
さらに疑問符を浮かべる雪音の前で白夜は席へ座る。持っていた箸を目の前において、もう一本の箸をケースから取り出した。それからメニュー表へと手を伸ばす。
「めっちゃ空腹だった……昨日の朝から何も食べてない……」
「……」
そうぼやいてメニュー表を開いた白夜への雪音の視線は冷たかった。




