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#18 保身

 三日月病院。白夜はその中にある休憩所で一人椅子に座っていた。


 窓から見える外の光景はもうすでに暗く、街灯や車のライトが眩しく光っている。白夜は自販で買ったナタデココ入りジュースを飲みながら、雪音が戻ってくるのを待っていた。


 というのも、廃病院を後にした白夜と雪音は、雪音の姉である雪華が入院しているという三日月病院へ向かうことになったからだ。


 雪華は宿星の五人(カルディアン)の呪いに加え、金剛寺の呪術によるダメージもあり、学校も休学して床に伏し入院しているとのこと。三日月病院は"スイレン"の施設なので、色々と融通も効くらしい。


 そういうわけで、雪音は面会時間が終わる前に雪華へと会いに行っている。衰弱はしているものの、会話などはできるようでそこまで重篤というわけではないようだ。


 白夜と雪華は個人的な繋がりはないが、宿星の五人(カルディアン)同士である。白夜は何となく親近感を覚えていた。


 それに彼女の妹と共にスイレンの依頼を請け負っている身でもある。一言挨拶に伺っても良かったかもしれないが、雪音としては家族水入らずで面会したいだろうという思いに至って、白夜は一人休憩所で待っていることにしたのだ。


「お待たせしました」


 そんな風にしばらく待っていたら、雪音が帰ってきた。白夜は空になった缶を持って立ち上がる。


「家族は大事にしないとな」


 そう言いながら、空き缶をゴミ箱に押し込んだ。時刻はすでに18時。白夜は雪音に言う。


「さ、今日はもう帰んな。送ってやるよ」


「……え?」


 雪音はそれを聞いてきょとんとした表情になった。それから意外そうに目を細める。


「……金剛寺を探しに四丁目に行くとばかり思ってました」


 雪音の考えももっともだった。外は暗いとはいえ、まだまだできることはある。白夜の"呪い"や雪華のことを踏まえると、早め早めにやることをやった方が良い。


 白夜は新たに自販でナタデココ入りの缶を購入しつつ、口を動かす。


「ま、確かにそれもアリだ。エイラが金剛寺と遭遇したのも深夜だったしな。これからの時間帯が捜索にベストかもしれない。だが……」


 出てきたナタデココ缶を雪音に投げ渡しながら、白夜は真剣な眼差しで告げた。


「この段階で金剛寺を見つけたとしても、俺らの勝ち目は薄いぞ。見つけるだけじゃダメだ。奴らを倒さねえとだからな。そっちの計画はまだ白紙だろ。今分かるだけでも金剛寺以外に2人、加えて"異能覚醒薬"で覚醒したチンピラを新しく拾ってる可能性もあるわけだしな。今は"その時"じゃない」


 ナタデココ缶を両手で受け取った雪音は、納得した様子で受け取った缶を優しく握り締めた。


「そうですね。まだやるべき事が残ってる。――金剛寺に会うのは、全てを出し終えた最終局面ということですか」


「そういうこと。明日また集まって本格的に計画建てよう」


「了解です。じゃあ明日の午前10時ごろに例の喫茶店に来てください」


「おう。そのためには俺の異能を全部話す必要があるよな……」


 白夜はふと視線を下ろした。それは自分が持つ戦力について、少々不安があったからだ。


 雪音はどこか不安そうな白夜に、小さく笑いかける。


「問題ありませんよ。貴方の異能は"スイレン"がすでに把握していました。私はもう知っていますよ」


 白夜の持つ異能は"重力操作"。雪音もそれは知っていると言った。白夜の視線は彼女へ向く。


 ――違うのだ。確かに白夜の異能は"重力操作"。けれど、白夜が持つ手札はそれだけではない。


 雪音の様子を見るに、彼女はそれを知らない。つまり"スイレン"でも判明していない、ある種のアドバンテージを白夜は持っているということになる。



 白夜が感じていた不安というのは、雪音にそれを話すことによるアドバンテージの損失だった。



「……」



 白夜は雪音をじっと見つめる。


 ここは情報アドバンテージを失ってでも、彼女にそれを話すべきだろう。話さなければ計画の完成度は落ちるし、何よりそれが穴となり雪音に被害が及ぶ恐れすらある。


 だが――白夜は噛み締める――心が保身に走りつつあった。ここで話さない方が今後役に立つのでは、という思考が白夜を鈍らせていた。


 そうやって迷う白夜。それが表情から汲み取れたのか、雪音は白夜に歩み寄り、目の前でにっこり微笑んだ。


「別に、話したくないなら話さなくていいですよ。……私にとっては、協力してくれるだけでとても嬉しいんですから」


 ――白夜は恥じた。雪音の朗らかな笑顔を前に、今までで一番己の恥を感じた瞬間だった。


「……そうか。悪い。……家まで送って行くよ」


「はい」


 そしてまたしても一歩を踏み出せなかった自分が、とても嫌になった。白夜が送って行く旨を伝え踵を返すと、雪音はどこか嬉しそうに返事をして後に続いた。


 藍色に暗くなって肌寒い夜の街を二人で歩いた。特に会話もなく、街灯と車のライトに照らされながら、雪音を家まで送る。


「ここです」


 数十分歩いたところで、雪音の足が止まった。そこは住宅街の家のひとつ。なんの変哲もない一軒家だった。


「……そうか。じゃ、また明日だな」


 白夜はそう言って小さく笑って見せる。


「そうですね、また明日。今日はありがとうございました」


 白夜の言葉に雪音も笑って手を振った。それからゆっくりと玄関へ上がって行く。


 その後ろ姿を見ながら、白夜は喉に言葉を詰まらせていた。言いたいことは別れの挨拶だけではない。けれど、自己の保身という毒が喉に蓋をする。


 玄関のドアの前に雪音が立ったところで、動的センサーが人間を捉えてドアの上にあるランプが光った。――ここしかない。白夜は喉を振り絞った。


「あのさ」


 突然の白夜の言葉に雪音は振り返る。彼女と視線を交わした白夜にもう沈黙という道はない。


 雪音も姉のために傷付くことを恐れず、金剛寺打倒に全力を尽くすているのだ。そこで白哉が隠し弾を温存していて良いはずがない。


 白夜の口が開く。


「……実は俺も剣を使うんだ」


「……えっ?」


 ようやく吐き出せた。白夜は雪音の驚いた表情を瞳に入れながら、安堵が胸に広がっていた。


 白夜は笑う。


「今度見せてやるよ」


「……そう、ですか。じゃあ、楽しみにしてますね」


 "スイレン"でも把握していなかった情報だろう。雪音は戸惑いつつも、白夜がさっき見せていたように余裕綽々な顔をしていたのを見て、笑い返した。それから鍵を使ってドアを開け、家の中へ入っていった。


「……さて」


 雪音も無事送り届けたことで、白夜も帰路に着く。言えなかったことを吐き出せたせいか、何となく体が軽い。


「俺も、やれることしないとな」


 一人で白夜は呟く。そして拳をギュッと握りしめたのだった。



 ◆



「おかえりー」


 白夜がアパートの自室に帰ると、火孁がソファに座りながらだらんとしていた。白夜は黙って彼女の側まで歩く。


「何だよ。ただいまぐらい言えよー?」


「……火孁」


 ジト目で薄い笑みを浮かべながら火孁が見上げると、その先にいたのは真剣な表情の白夜だった。


 それを見た火孁は一瞬だけポカンとした表情になったが、すぐに白い歯を見せて嬉しそうな表情をする。犬歯がかすかに見えた。


 白夜は火孁にはっきりと告げる。


「俺と手合わせしてくれないか」


 火孁はいきおいよく立ち上がる。それから棒立ちの白夜の胸に右拳を突き立てると、少女らしい側面を残したものの、獰猛な笑みで言ったのだった。


「ああ、いいよ。焼き焦がされる覚悟しとけや」


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