集いし者たち1
故郷の村の見慣れた顔ぶれ達が、心配顔で総出でソールを見送ってくれた。
それというのも、彼が無事に戻ってこない確率は低くはなかった。
なぜなら、道中は野党やモンスターといった危険を承知で旅をする必要があったからだ。
本来であれば馬を貸しあたえるなりして、彼に危害を与える者に対して、逃走なりの成功度をあげるのが望ましいのだが、慎ましい生活を強いられる村では家畜は生活に密接に絡みついており、融通が効くほど数がそろえられるわけではない。
もし 遠方への移動手段として、彼に馬を貸し出してしまえば、村での耕作や運搬といった労働にたちまち支障をきたすこになるからだ。
それらを考慮した結果、徒歩で一ヶ月程の旅を強いられる結果となった。
ソールはたいした時間が経過したわけではないが、村の人々をとても懐かしい気持ちで思い出す。
「ルディアは今頃どうしてるかな」
地味だけど誠実な大人しい恋人を思い出すと、その身に危険が及んでいないか酷く不安になる。
「・・・ねぇ・・・君。・・起・・・かな?」
どこから遠くで、心地良い音色が鳴った気がした。
さらに音色はもう一度繰り返される。
「もう、大丈夫なはずなんだけどな」
いや、これは誰かの声だと気付いた時、ソールの意識は急速に回復した。
意識を取り戻したソールであったが寝起き独特の霜のかかった視界が晴れると驚きのあまり声を失ってしまう。
それは横たわるベットがこれまで経験したことがないほどフカフカだからとか、見渡した室内の内装や調度品が素人の彼でもわかるほどに豪華だからというわけではない。
ただ目の前の美しい、美しすぎるエルフという種族に心を奪われてしまったためだ。
エルフ族は小柄で華奢だが、その容姿はこの世のどの宝石よりも光り輝くと、旅の吟遊詩人が歌っていたのを思い出す。
まさに麗人というべき存在は、固まって反応しないソールに優しく眼差しを向けながら首をコトリと傾ける。
「どうしたの? まだどこか痛むところはある?」
エルフは見た目だけではなく、発する声もリュートのように心地よいなと感心しながら、ようやく応える。
「大丈夫です。助けていただいてありがとうございます」
「よかった」
月のように淡い金髪を揺らしながら、麗人は優しく微笑む。
「アルシオンの治癒魔法はすごいからね。元気にならない人はいないよ」
ソールはさらに驚かされる。
「魔法が使えるんですか?」
「治癒魔法? ああ、わたしの友人は神官だからね。その辺りは彼の十八番ってやつさ」
さらりと応えるエルフだが、実際はそんな単純な話ではない。
この世界で魔法という名の奇跡を起こせる者は稀有な存在なのだ。
特別な才能があり、さらにはそれを伸ばす環境がなければ魔法の源たるマナを扱うことが叶わない、すなわち魔法使い足り得ぬといわれている。
「ではその神官様はどこにおられるのですか?」
ソールは起き上がりながら驚かされる。警備兵に暴力を振るわれた痕跡が、完全に消失していたためだ。
「会ってお礼をいわせていただけませんか?」
エルフは優しく微笑むと、
「そうするといいよ。でも、アルシオン‥神官様は人助けは趣味みたいなものだから、気を使わなくてもいいんだよ」
エルフは若干の茶目っ気を言葉に織り交ぜながら意味深な物言いをする。
ソールは恩人であろう神官——恩人という意味では目の前の麗人もそうだろうが——のことをそういう風に語るエルフに、真意を確認しようと口を開きかけるが、そのタイミングで扉がノックされる。
エルフが入室の許可を出すと、そこにたっていたのは清潔な純白のメイド服に身を包んだ少女だった。
少女は、どこか鈴を思わせる声音で、
「失礼します、ルフィーンロゥ様、アルシオン様たちがお呼びです。ご病人が目を覚ましたのなら早くお連れしろとのことです」
その時、麗人の名を初めて知ったソールは綺麗な名前だなと気を取られていて、メイドの不思議な物言いに気付くことはなかった。
これほどに素晴らしい調度品が並べられた部屋なら防音も考慮されて設計されているはずである。
目覚めたソールがルフィーンロゥと話し込んだ声が隣室に漏れたなりして、メイドが現れたならわかるが、今回は考えにくいはずだ。
エルフの麗人は、
「そういえば自己紹介がまだだったね。わたしの名前はルフィーンロゥ。みんなからはルフと呼ばれているから、君もそうしてくれると嬉しいかな」
そして、メイドを見やると、
「彼女はマルガレッド。マルガと呼ぶといいよ」
お辞儀をするメイドは清楚という言葉がぴったしの少女で、ルフより前に知り合っていたら、心動かされるくらいの容姿をしている。
「俺は——わたしはソールといいます。よろしくお願いします」
ルフは頷くと、
「さて、自己紹介もすんだし、あまり待たせるとめんどくさい人たちだから行こうか」
マルガとルフに先導されながら、廊下に出たソールは自分のいる場所がひどく場違いであることを痛感する。
今先までいた部屋の扉は、名工もかくやという凝った作りの彫り物が施されているし、立ち尽くす廊下は素人目にも一級品とわかる絨毯が、足元を心地よい弾力で応えてくれていた。
故郷のドラン村を旅立つ時に、村長の屋敷に通されたことはあったが、その時は自分の居住地は掘っ建て小屋か何かと恥いったものだが、これはそういう次元の話ではないことを知る。
彼はこの場所に存在するにはあまりにも見すぼらし過ぎた。
普段は想像したこともないほどの環境の変化に動揺するソールを尻目に、ルフはソールを急かす。
「ほら、行くよ!」
一方のマルガは暖かい眼差しで彼を見守ってくれている気がする。
もし、付き合うならマルガみたいな人だと可愛いし、気が楽だけど、正直タイプだけどルフは綺麗すぎて緊張して、なんとなく疲れそうだなとありもしない妄想をしてしまう。
彼はそんな考えそのものが故郷の彼女に対する裏切りだなと、自らで結論づけていると、一階の広い場所へと連れて来られる。
室内は等間隔にテーブルと椅子が設置されており、二人が広すぎる部屋を持て余しているかのように、一箇所に集まって雑談していた。
少し離れたところにはバーカウンタが鎮座しており、黒服のバーデンダーと思しき紳士は、手持ち無沙汰そうながら綺麗な姿勢をくずさず、彼が一流であることを感じさせる。
黒服の紳士は、階下へと現れたソールたちを一瞥するなり、何か物言いだげな悲しい表情見せるが、本当に一瞬のことなので気のせいかもしれない。
バーデンダーの近くにはマルガとお揃いの白いメイド服の少女が客の注文に備えて、いつでも対応できるように控えてあるのが見てとれる。
その時になって、ソールはようやくここが宿屋だと気付く。それも高級な、頭に超がつくくらいの宿屋に違いないと確信する。
そして、テーブルに集う人々は、いつか村で見かけた冒険者と同じ雰囲気がすることから、それに類する者たちに違いないと思われた。
ただし、言葉にはできない何かによって、彼らはいつぞや見かけた冒険者以上の存在間を感じさせた。
ルフは二人連れの近くに陣取ると、赤髪の意志の強そうな背の高い青年に告げる。
「アル、彼を連れてきたよ」
青年は立ち上がると、爽やかな笑みを浮かべてソールに宣言する。
「ようこそ! 王国連合へ!!」
それはソールが邂逅すべく村の人々から託された冒険者たちのチーム名だった。




