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絶望から這い上がった勝者

(きっ、気まずい......!)


 姫野との一時の別れを終えた翔は、例え向かう先にあるのが命をかけた戦いだということを差し引いても、人生初の飛行機に少なからずテンションが上がっていた。


 しかし、そんな陽気な気持ちはすでに過去。飛行機に乗り込んだ翔に出来ることは、だらだらと冷や汗を流しながら、窓の外の風景を必死に見つめているのみだった。


 翔の不自然な態度の理由はただ一つ、彼の隣には常に眉間(みけん)(しわ)を寄せた不機嫌そうな少女、大戦勝者(テレファスレイヤー)ラウラという名の暴力装置が微動(びどう)だにせず座っていたからだ。


 最初の頃こそ少しでも場を和ませようと、翔の方から「向こうの天気はどうでしょう」やら、「これ以上、血の魔王の結界が成長してないといいんですけど」などと話しかけてみた。


 しかし、返ってくるのは「調べればいいじゃない」やら、「あなたが祈ったところで状況は変わらないじゃない」などの突き放すような返事ばかり。


 そして、目に見えて大暴落している機嫌を見て、翔はこれ以上余計なことをしては命に関わると瞬時に悟った。


 そこで、これ以上空気を悪くしないために、存在しない空気に徹することにしたのだ。


(俺は空気、俺は空気......!)


 こんな調子では、せっかくの窓の外の絶景なども、どれだけ(ひとみ)に映り込んでも頭で処理されずにポロポロと(こぼ)れ落ちるのみだ。


 翔が時間が少しでも早く経過していると感じるべく、十分はたったの六百秒、一時間はたったの三千六百秒などと全く意味の無い思考に埋もれていたところで、不意に隣からため息が聞こえた。


「どうか、したんですか?」


 まさか確実に聞こえてきたため息を無視するわけにもいかず、ギギギと錆びついた歯車のようにゆっくりと振り向いた翔の目に映るのは、呆れを通り越してあきらめ顔のラウラだった。


「あなた達大戦後の日本人って、本当にそっくりよね」


「へっ?」


「立場上仲良くしないといけない苦手な人間を前にすると、最初はわざとかと思うほどのご機嫌取り、それが通じないと分かると曖昧(あいまい)な笑顔で距離を取る、そして最後には距離を取った罪悪感で勝手に潰れる。

 本当に同じ反応。マニュアルでも用意されてるわけ?」


「いっ、いや~......そんなわけでは......」


 ここで肯定しようものなら、自分が目の前の大戦勝者(テレファスレイヤー)をわざとで無いにせよ、(わずら)わしく思っていると自白しているようなものだ。


 ラウラに振り向いた時の翔の様子で、八割方露見(ろけん)しているようなものだが、それでも言質(げんち)を取られるのとそうでないのには天と地ほども違いがある。


 何せ彼女は、自分の意見を(さえぎ)られたというだけで、問答無用で翔に魔法をぶっ放した前科(ぜんか)があるのだ。


 この行いによって、翔がラウラに対して苦手意識を持つようになったのだが、そんなことをやった側の当人が考慮してくれるはずもない。


 そのため翔には、日本人の伝家の宝刀、曖昧(あいまい)な笑顔を貫き通す選択しか残されていなかったのだ。


「またその表情、まるで()れもの扱いね」


「そっ、そんなことは」


「事実を言ってるだけじゃない。むしろ私を相手に、そこまで露骨な態度を取れるような人間なんてほとんどいなくなってしまったもの。

 逆に懐かしさがこみあげてきたわ」


「そ、そうなんですね......」


 ここでいなくなった原因を聞こうと思うほど、翔も(おろ)かではない。


 どうせ聞き出したところで、物理的に黙らせていったという不良漫画も真っ青な、バイオレンスな話が聞かされるだけであろう。


「ほんと、昔の大熊を思い出すわ」


「昔の、大熊さん?」


「そうよ。あなたのように余計な気苦労ばかり背負い込むくせに、あなた以上に無茶苦茶だった頃の大熊」


 これまでの(とげ)の混じった、そっけない態度とは打って変わって、懐かしむような顔で語りだしたラウラの顔は明るい。


「大熊さんが主導して戦った、人魔大戦の話、ですよね?」


「......そうよ。あぁ、麗子は身の上を話したんだったわね。それなら納得がいくわ」


「大熊さんとは、昔から仲が良かったんですか?」


「まさか。最初の出会いは本気の殺し合いよ」


「えぇ!?なっ、なんでそんなことに!?」


 麗子の話では、前大戦で悪魔殺しは、一致団結して悪魔の討伐に尽力していたはずだ。


 大戦勝者(テレファスレイヤー)であれば、それこそ最後には協力して悪魔を討伐していたはず。そんな二人の出会いがどうして殺し合いから始まるのか。 


「なんでって、あの頃の私は、見た目通りの年端(としは)もいかない幼子(おさなご)よ。それでいて魔法の才能だけは国の最高峰。

 最強の魔女として、そして来るべき時の決戦兵器として、それはそれは大事に育てられていたものよ。

 あの頃は陸軍大将以上の贅沢をしていた自信があるわ」


「それは......すごいですね」


 翔が知っている戦争の知識など、教科書に記されている箇条(かじょう)書きの情報だけだ。


 けれども、だからこそ年端もいかない少女が、そのレベルの贅沢が出来ることへの違和感は、当事者以上に感じることが出来ていた。


「そんな生活をさせてもらっていたから、国のために戦うことは今ですら疑問は覚えていないし、同盟国の脱走兵なんて、敵兵以上の害悪な存在じゃない」


「あっ、そっか。大熊さんは、悪魔の討伐のために国を捨てて......」


「あの夜のことは今でも覚えているわ。

 突然、私の寝室に侵入してきた大熊達が、悪魔を討伐するために協力してくれなんて言うんですもの。

 ()()()だった私は文字通り、全員まとめて叩き出してやったわ」


 クスクスと笑いながら、相変わらず物騒なことを語るラウラ。


「で、でも、最終的には、大熊さん達と協力して悪魔の討伐を行ったんですよね?」


「そうよ。出会いこそ最悪だったけれど、今では友人、いえ、腐れ縁かしらね。

 最低限、良縁と呼べる仲は築けていると思うけど」


「けど_」


「言いたいことは分かっているわ。どうして、そこまでの立場を与えられておきながら国を捨てたのか、でしょ?」


「はい......」


 そう、話を聞くに、ラウラは力こそ示す必要があったが、当時では最高レベルの贅沢が出来る立場にあったはずだ。


 その立場を捨ててまで大熊達に合流した理由が、翔には思い当たらなかったのだ。


「簡単なことよ。私が生まれるずっと前から、悪魔など関係なく、私の国は追い詰められていた。

 そこから()い上がるために死に物狂いで戦ったのに、その展開が気に入らなかった()()がたくさんいたってこと」


「えっと、どういう?うぇっ!?」


 いつの間にか、翔の喉元にはビニール傘の先端が向けられていた。目の前の少女の性格を考えるに、突き刺されなかっただけでも幸運に恵まれたと言えるだろう。


「はぁ~......本当に察しが悪い。

 あなたは、どうすれば質の高い魔素がたくさん手に入るか知っているかしら?」


「い、いえ、分かりません」


「......運がよかったわね。もし、知っているなんて言ったりしたら、今すぐ喉元にこれをぶち込んでいたもの」


 そう言って喉に当てられた傘の先端は、ラウラの迫力も相まって白刃を向けられているようにも感じる。


 翔はこれ以上話がこじれないよう、無言で小さく(うなづ)くしかない。


「答えは百の人間を不幸にするより、一人の人間を絶望のどん底に叩き落とすことよ。

 魔素というのは、とにかく大きな感情に左右されるの。だから、百の人間の小さな不幸程度なら、一人の人間を絶望に落とす方が効率が良い。

 この理論を国単位で考えたらどうなると思う?」


「一つの不幸な国を作って、永遠に周りの国から虐げられ続ければ効率的に魔素を回収できる、ですか?」


「そういうことよ。始まりは人同士の争いでも、()()()()は私達に常に不幸であって欲しかった。逆転の人生など歩ませるつもりは毛頭なかった」


「......まさか、あいつらって!」


「そのまさかよ。とある悪魔の国家間同盟は、私の国に不幸であることこそを強要し、国の魔法使い達を次々と殺して回った。(つか)みかけていた人並みの幸福の権利を目の前で踏みにじるようにね!」


 ぞくり、少女から漏れ出る憤怒(ふんぬ)の感情は、翔の背中をそれまでとは別の冷や汗で埋め尽くす。


 けれど、少女の口から語られた事実は、それだけの怒りを生むに相応(ふさわ)しい情報だった。


 始まってしまった戦争に、どちらかが悪いと口を挟めるほどの知識は翔には無いし、そもそも当事者でもない自分には権利も無い。


 だからこそ、追い詰められた末に起こした戦争が、最初から結果の決まっていた出来レースであり、しかも自分の国が敗北する側であったと知った際の怒りと絶望はどれほどのものだっただろうか。


「裏の防衛能力を失った私の国は、もう情報戦でも、一発逆転を狙った魔法使い同士の魔法戦でも勝ち目が無かった。

 そして、どれだけ巻き返しを(はか)ろうとしても、結局は悪魔のせいで盤面をひっくり返される。

 私一人の力じゃどうすることも出来ない。だから、大熊達を頼ったのよ」


「国を守るために、国を捨てたんですね......」


 大いなる矛盾。そして実情を知らない者達から見れば、決定的な裏切りに見える選択。


 年端もいかない少女だった、当時のラウラの覚悟はいかほどのものであっただろうか。


「それくらい追い詰められていたもの。

 けど今の私ならともかく、あの頃の私程度の浅はかな考えの選択なんて、悪魔が読み切るには簡単すぎて笑いが止まらなかったでしょうね」


「どういうことですか?」


「知っているでしょ。私の国は戦争に負けた。

 それだけじゃないわ。私が大熊の同盟に参加したせいで魔法を知る者達、私を愛してくれた人達を守る者はいなくなり、悪魔に全員殺されてしまった。

 そしてあの時掲げていた正義すら、まるで邪教の(ごと)く、元自国民にすら唾棄(だき)されるようになった。

 私の選択のせいで、私は全てを失った」


「......」


 少女の口から語られるには、あまりに壮絶すぎる過去。翔にはラウラにかけるべき言葉が見つからなかった。


「......私はね、もう大切なものを何一つ失いたくないの。

 私から何かを奪おうとする奴には後悔すらさせないし、大切なものを守るためなら悪逆非道と(ののし)られても構わない。もちろん、そんなことをほざいた奴には、相応の報いを受けされるけれど」


「こう言ったら不愉快かもしれませんけど、ラウラさんのこと、少しだけ分かったような気がします」


 今の話を聞くまで翔にとってラウラとは、理不尽を詰め込んだ歩く暴力装置だった。


 けれど、彼女には例え他人からどれだけ理不尽と言われようとも、自分の我を貫くだけの理由があったのだ。


「あらそう、別にあなたにどう思われようと知ったことじゃないわ。どうぞご勝手に。

 ただ、わざわざ私の考えを聞かせてあげたのよ。血の魔王の討伐に失敗したらどうなるか、分かっているでしょうね?」


 翔は先ほどの話で、ラウラがどれほど身内を大切に思っているか。そして、それらを失うことをどれほど恐れているか聞かされたのだ。もし、失敗などすれば、二度と日の目を見れなくなってもおかしくはない。


「分かっています。この作戦、絶対に成功させます!」


 しかし、だからこそ翔は相方との連携すら確かめておらず、作戦も皮算用にすら満たないにも関わらず、力強く作戦を成功させると言い切ったのだ。


(「あなたが頑張れば頑張るだけ、未来を生きることが出来る人間が増える」)


 麗子の言葉を思い出す。今の時代は恵まれていて、何不自由なく多くの悪魔殺しと魔法組織が協力することが出来るという。ならば逆説的に、苦い過去を知っている少女が翔達二人で討伐できると言ったのなら、出来て当然のはずなのだ。


 その翔の宣言を受けて、当のラウラは特に感情を見せることは無く、「そう」と一言、言葉を受け止めるのみだった。


 一見すると、翔には多くを期待していないような淡白な反応。けれど、その反応は何も無関心の表れなどではない。


 今までの彼女であれば、気に食わないことがあれば、すぐに言葉や暴力など目に見える形の反応が返ってきたはずだ。それが特に何もアクションが返ってこなかったということは、特に言うことは無い。後は行動で結果を示せということなのだろう。


(結局ラウラさんにも余計な気を使わせちまったな......)


 元はと言えば彼女のせいなのだが、それでも彼女に苦手意識を持ち、露骨に避けるような態度を取ってしまったことも事実だ。


 そんな自分に対してラウラは突き放すのではなく、最低限の歩み寄りを見せてくれた。ここだけはまさに大人の対応と呼べる行動だった。


 自分が思っていたよりも付き合いやすい人物なのかもしれない。ラウラという人物の評価を改めつつ、彼女に礼を言おうとした時、翔の眉間に彼が全く反応できないほどのスピードで、彼女のビニール傘の先端が突き立てられた。


「い゛っ!?ーーー!!!」


 その不意打ちの一撃は、翔の目にいくつもの星を生み出し、頭にスパークを走らせる。


 それでいながら、痛みに悶絶(もんぜつ)する以上の被害は無い。完璧に手加減された一撃だった。


「さっきの宣言は受け取ってあげるわ。けれど、私は私に不機嫌をもたらす相手に寛容じゃないの。次までにもう少し女性のエスコートの仕方を学んでおくことね。

 それと啖呵(たんか)を切ったのよ。連携訓練の時は覚悟しておくことね」


 そう言ってラウラは瞬時に髪色を、先ほどまでの燃えるような赤色から透き通るような青色へと変え、まるで最初から存在しなかったかのようにその場から姿を消してしまった。


 先ほどの一撃は、わざわざ目上の人間に気を遣わせた代償ということなのだろう。


「ぐぅぅ......最近俺、チビッ子にやりたい放題されてないか......」


 思い浮かぶのは、見た目とはかけ離れた深い知識と見識を有していながらも、己の欲望のためならば、平気で他者を迷惑に巻き込む、紫カラーの魔女っ子の姿。


「でも......これもある意味人魔大戦そのものって言えるよな」


 力ある者は傲岸不遜(ごうがんふそん)にやりたい放題を貫き、力なき者は何をされても文句一つ言うことが出来ない。


 ある意味この場で行われたことは、悪魔と人間の関係、人魔大戦の縮図、そして彼女が過去に味わった絶望に通ずるものと言えた。


「力が無いとこうなるってことだ。そして力を得るためには戦うしかない。

 それを伝えるためにラウラさんがやったって線は......どうだろうな」


 あの少女の形をした暴力装置に、他人を思いやる気持ちのスペースなど残されているはずもない。何せその愛は全て身内に向けられているのだから。


 ラウラが翔を思いやってくれることなど、身内と認められでもしない限りありえないだろう。


「けど、やれることからやっていくしかない。そしてやるからには絶対に成功させる!」


 文句を付けられる人間というのは、付けられるだけのナニカを有する人間のみだ。そしてそれを目指すためには、目の前の壁を一つ一つ乗り越えていくことしか方法は無い。


 翔は上方修正しようとしていたラウラの人物評価を、頭の中でこっそり白紙に戻し、勝手に移動してしまったわがまま少女を追いかけるのだった。


次回更新は3/21の予定です。

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