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想いと重い思いを乗せた、波乱万丈空の旅

 ダンタリアから新たな知識を授けられた次の日の早朝、日魔連メンバーに見送られる形で、翔は事務所を出発することになった。


 事前に話せることを全て話していたおかげで見送りはスムーズに進み、まず翔は空港がある町まで移動するために、駅に向かおうとしていた。


「待って、天原君」


 しかし出発の瞬間になって、姫野が慌てた様子で翔を追いかけてきたのだ。彼女の服装は制服姿、手荷物は登校用のバッグのみ。


「天原君、さっき麗子さんから聞かせてもらったわ。何も気づかなくて......いいえ、何も力になれなくてごめんなさい......」


 その姫野が、突然翔に頭を下げてきたのだ。見送りをしてくれたのは大熊と麗子のみ。


 てっきり姫野は別件で何か用事があるのかと思っていたが、どうやら直前まで、血の悪魔討伐作戦について何も知らされていなかったらしい。


「神崎さん......別に神崎さんが気にすることじゃないよ。

 血の悪魔の討伐に参加するのを決めたのは、全部俺の意思だ。逆に神崎さんが参加することになっていたとしても、俺は無理やりにでもついていったよ」


 姫野の様子で状況を察した翔は彼女を(なぐさ)める。


「でも、天原君が大変な思いをしているのに、私だけが何もしないままなのは......」


 彼女のこれまでの人生は、自分の命を永らえさせるために言われるがままに動き、望まれる結果を実現するために努力を重ねる毎日だった。


 それが、言葉の悪魔の討伐に成功したことによって、少しばかりの余裕が生まれていたのだ。


 何もしなくていい、自由に人生を歩んで良い時間が。その意図していなかった休暇は、姫野を大いに困惑させた。


 何をしても良い、けれど何をしたいのか分からない。自由に過ごして良い、けれど命令が無ければ落ち着かない。そして、そんな無為(むい)とも呼べる時間を自分が過ごしている中で、翔が討伐作戦に参加することを知った。


 姫野からしてみれば、自分の役目を翔に押し付けてしまったようなものだった。


「そっか、なら神崎さんに一つだけ頼みごとをしてもいいかな?」


 ならばと、姫野という少女の本質を知る翔は、彼女の抱いている想いに気が付き一計を講じることにした。


「頼み事?」


「あぁ。凛花の奴が、神崎さんともっと仲良くなりたいぃー!って騒いでたのは覚えてる?」


「えぇ。結城さんは何かと私に気をかけてくれるから。でもそれがどうしたの?」


「あいつ態度こそおちゃらけてるけど、案外奥手で誰かと親友以上の関係を築くのに時間がかかるんだ。

 そうなると俺って繋がりが無くなった凛花は、神崎さんに対して深く踏み込むことが難しくなると思うんだよ」


 幼少期から男だらけの道場に通い詰めていた弊害(へいがい)か。凛花は悪意のある陰口や曖昧(あいまい)な表現をあまり好まなくなり、そのせいか黒い噂や占いが大好物な同年代の少女達とは、友達にはなれても親友にはなれないという場合が非常に多かった。


「だから、神崎さんから凛花の方に何かとアプローチをしてくれないか?

 そうすれば魔法関連以外で隠し事の無い神崎さんなら、きっと凛花も仲良くしたいと思うはずなんだ」


「そう、分かったわ。

 けど、私も人との付き合い方は上手くないわ。もしかしたら結城さんを心無い言葉で傷付けてしまうかもしれない」


「あっちから仲良くなりたいって言いだしたんだ。上手くいかないかもなんて覚悟の上だろ?

 それに神崎さん。何事も失敗してみないと自分の悪いところには気付かないもんだよ?日常を過ごせるようになるのも立派な訓練だ」


「訓練......そう、そうね。いつまでも天原君におんぶにだっこじゃ申し訳ないもの。

 天原君が帰ってくるまでに、結城さんに親友と呼んでもらえるように頑張ってみるわ。

 ありがとう天原君、それと頑張って、勝ってきて」


 感謝の言葉は自分を信頼して頼みごとをしてくれたことに対してか、それとも自分に次の達成すべき目標を授けてくれたゆえか。


 心に外から付けられた(ゆが)みこそあれど、翔を思う気持ちには一点の曇りもない。


「あぁ。さっさと解決して、ヨーロッパのお土産を片っ端から買ってくるよ」


 積み重ねられた信用は信頼へと変化し、信頼は会えなかった空白をたった数度の掛け合いで暖かく満たしてくれる。


 少年と少女は結んだ小指を絡めることで、見送りの儀を()めくくった。


______________________________________________________


 姫野と別れたその後、麗子に伝えられた情報を頼りに空港までたどり着いた翔は、先に辿(たど)り着いていると言われた引率の人間を探して、空港内をきょろきょろと見渡していた。


 いくら今の時代がスマホ一つで何でも調べられる時代になったと言っても、土地勘もなく、言葉も通じない場所に悪魔殺しを送り込んで迷子になられたとした大問題だ。一歩間違えれば人類存亡の危機になる。


 そのため、麗子の方で翔のために引率の人間を付けてくれたのだ。翔としても、この好意をありがたく受け取り、件の人間を探して辺りを見回すのだが、どうにもその人間が見当たらない。


「おっかしいな。麗子さんの話だと、先に着いて俺のことを待っているはずなんだけど......」


 麗子の伝手だということで、日魔連関係の人間だと思っている翔は、それらしき服装の人間を探してみるが、やはり見当たらない。


「仕方ない。これで飛行機に乗り遅れましたなんて言ったら、冗談抜きに大惨事だ......

  一回麗子さんに電話で確認を_」


 翔がスマホを取り出そうとした時だった。


「いつまでお(のぼ)りさん丸出しの演技を続けているわけ?」


 翔の目線より下から声が聞こえてきたのだ。


「えっ?うおぉぉぉ!?ラッ、ラウラさん!?どっ、どうして!?」


 翔に話しかけてきた者の正体、それは前大戦を勝ち残った大戦勝者(テレファスレイヤー)の一人、ラウラ・ベルクヴァインだった。


「どうしてもこうしても無いわ。ここでいつまでも時間を潰していたら、本気で飛行機に乗り遅れるじゃない。

 そんなふざけた理由で討伐作戦が失敗したら、私なら責任者共々逆さ吊りにするわね」


「すっ、すいません!けど、その、麗子さんに引率の人間を頼って飛行機に乗れって言われたんですけど、肝心のその人の姿が見つからなくて......

 ラウラさんはもしかして見送りに?」


 この討伐作戦も元はと言えば、ラウラの依頼から始まったものだ。


 翔には未だにラウラという人物がどんな人間であるのかピンと来ていない、しかし、頼んだからには最低限の義理立てとして見送りに来てくれたのかもしれないと思っていた。


「まさかとは思うけど、まだ理解してないのかしら?」


「えっ、えっと、何を?」


「はぁ~......あなたの中で大戦勝者どんな扱いなのか知らないけれど、これでも私は忙しいのよ?

 そんな私が、自分から頼んだとはいえ、わざわざ家族でもない悪魔殺しの見送りになんか来ると思う?

 ......本気で頼む相手を間違えたかしら?」


「えっ、えっ、だったら、どうしてここ_うっ!」


 目の前の少女の機嫌が急激に下降していき、翔に対して不機嫌を通り越して敵意を込めた眼差しを向け始めているのは理解できた。しかし、根本的な理由が翔には理解できない。


「あなた、まさか冗談で言ってるわけではナイワヨネ......?」


「すみません!全然ピンと来ていません!むしろ、どうして怒られているのかもわかりません!」


 大熊が何度も念を押していたように、ラウラと呼ばれる少女は怒りの沸点が異常に低い。おまけに、好き放題に暴れまわるだけの力も()ね備えている。


 ここで彼女の一線を越えたりしたら、空港一つが更地になる可能性があるのだ。


 敵意が殺意に変わりかけている。もう翔には謝ることしか出来ない。


「......はぁ~。全てを見透かされた上で遠回しに語られるのもイライラするけど、察しの悪い人間を相手にするよりは百倍ましね。

 私がこの場にいて、他に引率の人間がいないのなら答えは一つじゃない」


「......え゛っ?まっ、まさか......」


「私の大切な人が戦いに向かうのよ。帰国するのは当然じゃない。あなたはついでよ」


「ラウラさんが引率!?」


 猿飛のような成人男性の引率を予想して、目線を上に向けていたのが一番の失敗だったのだろう。


 ラウラはダンタリアより背は高いが、翔より頭一つ分は小柄だ。これでは見つかるはずがない。


「本当に察しが悪いわね。あなたにニナを任せるのを、すでに後悔し始めてるけど仕方ないわ。

 ほら、さっさと行くわよ」


「ちょっ!ちょっと、待ってください!」


 あまりにも豪華な引率、それでいてあまりにも危険な人物。そんな人間と狭い空間の中で何時間も過ごす事が、どれほどのプレッシャーを生むのか、この数十分後、翔は思い知ることになった。

次回更新は3/17の予定です。

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