本命の講義
翔がダンタリアの言葉を遮り、血脈の計画が失敗したと断言できた理由、それはとてもシンプルなものだった。
血脈の計画が成功していれば、世界は吸血鬼に対する恐怖で満ち溢れ、繁栄した一族のおかげで路上には血を一滴残らず抜き取られた不審死体が、定期的に転がることになっていただろう。
しかし、現実では吸血鬼はフィクションの産物として語れるようになって久しく、稀に見つかるそんな死体の犯人は、過激派のテロリストがほとんどだ。吸血鬼の存在など欠片も見当たらない。
つまり、彼らの望んだ姿に世界は変貌を遂げていない。だから血脈の計画も成就していないと翔は考えたのだ。
「その通り。血脈の計画は失敗に終わった。
その理由の一つは、吸血鬼の完全な繁栄を迎える前に運悪く、いや君達ニンゲンにとっては運良くかな?血脈自身が討伐されてしまったことだ。
これによって、トップを失い傲り高ぶった血族達が暴走し、多くが悪魔を崇める邪教徒として討伐されてしまった」
「暴走を止める奴がいなくなったってわけか」
この計画は、血脈の類稀なる頭脳と人間には実現できない魔法の力、そして何よりも多くの人間を惹きつけるカリスマ性によって成り立っていたものだ。
彼が討伐されたことで、その全てを失った血族達は、多少力が強いだけの烏合の衆に変わってしまったのだ。
「そしてもう一つが、ニンゲンと悪魔の混血という無理が祟り、肉体に様々な拒否反応が現れてしまったことだ」
「拒否反応?」
「聖水や十字架なんかのプラスの魔力が込められた品、さらに日光やニンニク等への強いアレルギー反応、後は心臓に杭を打ち込まれると死んでしまうと言ったところかな?」
「伝承の吸血鬼そのものの弱点が出来ちまったわけか......って、心臓に杭は、吸血鬼じゃなくても普通に死ぬわ!」
それで死なない人間がいるとすれば、それこそまさしく悪魔と呼ばれるにふさわしいだろう。
「おや、そうかい?
ラウラなんかは、身体中串刺しにされてもケロッとしていたんだがね?」
「最大値を平均値に持ってくんなバカ!」
確かにあの人間らしからぬ超然とした少女であれば、杭が刺さったとしても、笑顔で反撃に移ることが翔にも想像できた。
「ふふっ、そういった形でね。
その後も人類に協力的な一族は、魔法使い扱いで生き残っていたがごく少数。血脈の計画は頓挫したってことさ」
「はぁー、なるほどな......うん?血脈の計画は失敗に終わったんだろ?」
「そうだね。初期の血族こそ悪魔として回収できたが、費用対効果は大赤字もいいところだろうね」
「なら、そんな話をどうして話したんだ?」
とある悪魔の失敗談。これは、いつものダンタリアの脱線話として聞けば勉強にもなるため頷ける。
しかし、この話はラウラがわざわざダンタリアに対価を払ってまで、伝えてくれるように頼んだ話だ。ただの昔話として聞くだけでは到底釣り合わない。
「簡単だよ。少年、私はついさっき、血族は少数だが生き残っているって話しただろう?」
「あぁ、それは覚えてる」
「血脈の支配が無くなったことは、血族を破滅に導いた。
けれども同時に、自らの魔法を自らの望んだ方向に進化させる機会を手に入れることにも繋がったんだ。
血脈が顕現したままでは到底許されない、血の悪魔と対等に戦うことが可能な血の魔法を手に入れる機会をね」
「うん?そりゃあ、すごい話だってことはわかるけど、結局どうして俺に話したのかが分かんねぇんだけど......」
「そんなの簡単じゃないか」
「はぁ?だからどういう_」
「君は血の悪魔との戦いで、魔力の多さという防御力を買われて戦いに向かうんだろう?
戦いは守るだけでは勝利を掴めない。守った先の攻撃があるからこそじゃないか」
「......そうか。ようやく分かった」
これから戦うのは血の悪魔。そしてダンタリアに話してもらったのは吸血鬼伝説の裏側の話。最後に自分が血の悪魔との戦いに参加するのは、その防御力で攻撃役の悪魔殺しを守るため。
「俺の相方が、その血族の遠い子孫ってことか!」
確かに何も聞かされずに血の悪魔との戦いに突入していれば、血の悪魔の魔法に似通った相方の魔法にどこかで不信感を抱いたかもしれない。致命的な隙を作ったかもしれない。
けれど今の話を事前に聞いていれば、血の悪魔とその悪魔の中の一体である血脈によって翻弄されてきた、とても苦労を重ねてきた一族の人間なんだと理解できる。
だからだ。これを知っていて欲しかったから、ラウラはダンタリアに講義を頼んだのだ。
「ふふっ、ラウラは説明嫌いだからね。こうして私に頼んだんだよ。
そして私からも少年にアドバイスだ。どれだけ似通っていようとも、どれだけ展開に飲み込まれようとも本質というのは簡単には変わらない。曲げられない。
だから信じてあげることだ。君のたった一人の相棒をね」
「その言葉のためだけに、こんな回り道をしやがったのかよ......
まぁ、ありがたく受け取っとく。でもな、お前ら年長者にそんなこと言われなくても、俺は仲間を信じることに、疑問なんて持たねぇよ!」
「ふふっ、頑張っておいで」
「おう!」
ダンタリアの激励を胸に、翔は席を立ちあがる。そして、最後に放置してしまっていたお茶を、日本人特有の勿体ない精神で一息に飲み干した。
「ぶーっ!!!?」
そして、予想していなかった強烈な苦みに舌をやられ、翔は思わず飲みこもうとしていたお茶を盛大に噴出することになった。
「おや?今日のお茶はお気に召さなかったかい?健康志向のニンゲンには大好評なお茶なんだけどね」
「あ゛にを飲ましぇやがった!?」
せっかくの良い雰囲気をぶち壊したダンタリアに、怒気を強めて詰め寄る翔だったが、当の彼女は涼しい顔でこう答えた。
「センブリ茶だよ」
「センッ!?こんなにクソ苦いのか!?」
名前こそ某不味い飲み物の代表格である青汁並みに聞き覚えのある健康飲料だったが、まさかここまで凝縮した苦みを舌全体に届ける、仕事熱心なお茶だとは思っていなかった。
「残念。その顔を見るに、今日出したお茶は不評だったらしい。けれど最高のもてなしのためだ。次は別のお茶で挑戦してみることにしよう」
そう言って頭を横に振るダンタリアだが、そもそも翔が彼女と知り合ってから、彼女に出されたお茶は一般的な紅茶とハーブティーくらいだ。別に普段のバリエーションが富んでいるわけでは断じていない。
そして、言葉とは裏腹に上がった口角は、翔がまたしても彼女に手玉に取られたことを意味していた。
脳裏に思い起こされるのは、到着早々にダンタリアの提案を無碍に断った自分の姿。確か彼女はあの時、お茶の品評会がどうのと話していたはずだ。
「あーっ!そういうことか!
分かった、分かったよ!この騒動が片付いたら品評会でもなんでも参加してやるから、もうセンブリ茶は止めてくれ!」
要約するに、好みのお茶を指定しないのなら、何を出されても文句は言えないよな。
ダンタリアはそう言っているのだ。
いくら急いでいたからとはいえ、頭ごなしに彼女の提案を否定した翔への小さな仕返しだったということだろう。
「少年がお茶の世界への関心を持ってくれたようで嬉しいね。それじゃあ、帰ってきたら品評会だ」
「ぐぬぬ、覚えてろよ!ダンタリア!」
「もちろん覚えているとも。各国最高の茶葉を準備して待っているよ」
ダンタリアの言葉には、翔と顔も知らないもう一人の悪魔殺しの敗北の可能性が微塵も含まれていなかった。そして、それを嬉しく思う自分の心がもどかしく、悔しかった。
この少女の姿を取る魔王には、どうやっても遊ばれる運命にあるらしい。
怒り冷めぬ帰り際、詫びを込めて彼女の眷属から手渡された飴からは、それでも幸せの味がした。
生まれ持った魔力の差異は大きくなくとも元々一度目の人生を歩んだ記憶のある昇華型と、一つの物事への負のイメージが凝縮した存在である伝承型は、己の根源に辿り着くスピードが成長型とは比べ物にならないほど早いです。
そのため成長型の者達は、よく成長途中の同族、伝承型、昇華型の食卓に並びます。しかし、ちょっとした魔素溜まりさえあれば、魔界全土で生まれてくる成長型の発生数と比べると、それぞれの種類の悪魔の総数は、そこまで違いはありません。
次回更新は3/13の予定です。