知識の魔王の悪魔講義 悪魔(昇華型)編
「それじゃあ最後の悪魔の生誕方法、昇華型について話そうか」
「生前に多くの負の感情を獲得した奴ら、要するにたくさんの人に恨まれた奴らが悪魔に生まれ変わるってやつだな」
「そうだね。魂というのは、魔素の濃度とプラスマイナスの比率によってその性質を変化させていく。特に永い時間マイナスの魔素にさらされ続けた魂なんて格別だ。
生前は肉体という物理的な壁が魂の変質をある程度防いでくれているが、死後その壁が失われた瞬間、崩れていく魂をマイナスの魔素が埋め合わせ、その結果、悪魔に生まれ変わらせるんだ」
「へぇ~。うん?じゃあ、悪魔殺しになった俺の魂も、マイナスの魔素に常にさらされ続けているみたいなもんだよな?
俺の死んだ後も悪魔になっちまうのか?」
当面死ぬ予定などありはしないが、天国なんてものを信じていなかった翔にとって、死後の先が存在するということ自体は興味を引く内容だった。
「いいや、君達悪魔殺しの魂は特別製でね。
何せ悪魔殺しの魂というのは悪魔の魂とニンゲンの魂、この二つを組み合わせて魔法を使える身体に調整している存在だ。
言うなれば、二人のニンゲンが、一人のニンゲンの身体機能で無理やり生き永らえている状態なんだ。
少年、君もこれまでの講義で気付いているとは思うが、悪魔に成るというのはどんな方法であれ莫大な魔素を必要とするのはわかっただろう。そんな魔素を二人のニンゲンで分け合ったらどうなるかな?」
「共倒れってことか......
そもそも俺が死んじまったら、俺と契約してくれたあいつも死んじまうって聞かされたっけ。あれはそういう意味も含んでたんだな」
ダンタリアの言葉に、翔は少しばかり落胆した。
今まで人間として生きてきたんだから、自分が死んだ瞬間が自分の終わりだということは当然だと思っていたし、自分のミスで自分が死ぬのは、良くは無いが納得できる。
けれど、せめて普段から世話になっている自分の中の悪魔だけでも生き残ってくれたらと思っていた。しかし、そんな上手い話は簡単には転がっていないようだ。
「そうだね。それこそ上位国家の魔王を幾人も討伐した悪魔殺しであれば、どちらか片方だけならあるいはといった所だが、凡百の撃退と選択の討伐補助だけでは必要魔力の一割にも満たないだろう」
「一回もまともに討伐できてないんじゃ、それも当たり前か。
それなら下手な保険を考えるんじゃなくて、大熊さんやラウラさんみたく、人魔大戦を生き残ることを考えるのが百倍マシだな」
「ふふっ、その意見の方が、君らしくて君にふさわしいと思うよ。
それじゃあ、話を戻そうか。時に少年、今私が話した悪魔への転生法、他の二つと異なる点があることに気が付かないかい?」
「異なる点?現世生まれだとか......って、そうか。伝承型も生まれは現世か......」
悪魔は共通して、マイナスの魔素が大量に存在する場合に生まれてくる。その集め方こそ様々だが、そこに違いは存在しない。ならば、ダンタリアが翔に出した相違点とは、別の場所を指している筈だ。
「生まれの早さとか......ってそもそもどれが早いとか分からねぇし。生まれ持った魔力の量とかか?」
「伝承型が比較的多くの魔力を持って生まれてくる割合が高いけれど、どの生まれでも生誕時はそこまでの違いは存在しないね」
「う~ん......そうなると、そうなると何が......だぁー!わからん!」
「お手上げかい?」
「あぁ、本日何度目になるか分かんねぇお手上げだよ!」
翔があきらめたように、プラプラと振りながら両手を上げた。
「まぁこの質問は少し意地悪すぎたかな」
「お前の意地が悪いのはいつものことじゃねーか。もう俺の負けでいいからさっさと答えを教えてくれ!」
「おや、それは心外だ。
ならそのイメージの払拭も兼ねて、答えを教えようか。
昇華型だけの特別な点、それは養殖が可能だということだよ」
「養、殖......?」
「そう。養殖だ。
そして、この話しこそが、君に伝えるようにラウラから頼まれた話しなんだよ」
想像すらしていなかった言葉に、翔は無意識に単語を聞き返した上で言葉を失った。
養殖。それは言葉だけを見れば、様々な方法を使って人の手で魚や植物を繁殖させ、育て上げることだ。
その単語が、つい先ほどまで悪魔の生誕方法について話し合っていた場に登場する、そうなれば養殖の意味する答えは一つしかない。
「悪魔を狙って生み出せるってことか!?」
その驚愕の事実に言葉を荒げる翔に、ダンタリアは黙って微笑むのみ。けれど、その笑みが無言の肯定を示していることは、火を見るより明らかだった。
そして、彼女は静かに語りだした。
「その昔、血脈と呼ばれる悪魔が己の立場を盤石とするために、人魔大戦の折に一つの計画を実行した。
その方法とは、相性の良い成長型を己の陣営に向かえ入れるという時間がかかる事ではなく、他の伝承型メインの国のように、より一つの概念を恐怖させるという、一歩間違えば国そのものを危うくさせる事でもない。
肩入れしたニンゲンに恐怖を集約させ、死後、己の陣営に取り込んでしまおうという方法だった」
「恐怖を、集約させる?」
「まず初めに、血脈は丹精を込めて、ただのニンゲンと契りを交わすことが出来る、己の分身たる眷属を生み出した。
そしてその眷属を使ってニンゲンと子供を作り、己の魔法の才能を引き継いだニンゲンを生み出した。ここまでは、言ってしまえば縊り姫の誕生と変わらないね」
「そんな昔から、神崎さんみたいな人が生まれてたってのか......くそっ!どいつもこいつも頭のネジが外れた野郎ばっかだな!」
「続けるよ?」
姫野絡みのことで、必要以上に憤慨した翔を諫めるように、ダンタリアが言葉を吐く。
そのおかげで彼の頭は一気に冷却され、冷静な自分を取り戻した。
「悪ぃ。頼む」
「うん。そうして作り出した......血族とでも呼ぼうか。
その血族に血脈自らが魔法の教育を行うことで、他者の血液を奪い取り、自己の血液を武器とする恐ろしい一族を生み出したんだ」
「手間をかけて、有能な兵隊を作り出したってわけだ」
「そういうことだね。そして血脈自身はその一族の影に隠れ、彼らの悪名を世間に轟かせることだけに腐心した。そうして、現代まで続く吸血鬼伝説が作り上げられていったってわけさ」
「ちょ、ちょっと待て!血脈が影に隠れるって、そんなことしたってその血族とかは生まれたばっかりの子供もいいとこだろ!?
子供だけじゃどんだけ教育したってぼろが出るし、いくらなんでも吸血、鬼なんて呼ばれはしないだろ!?」
悪魔に教育され、悪魔の血が混ざっていようとも、そのベースは人間だ。
どれだけ魔法の腕があろうとも、知能というのは成長と共に発達していくものであるし、今の時代まで語られている吸血鬼の一般的なイメージと言えば、鋭い犬歯の生えた成人男性だろう。間違っても小さな子供などではない。
「あの時代は、そもそも君達ニンゲンの生息範囲もとても狭いものだったからね。おかげで悪魔を見つけ出し、討伐するだけでも途方もない時間がかかったんだ。
一度の人魔大戦の期間が数十年かかったなんて時も少なくは無かった」
「あぁ、なるほどな。要するに、丁寧に準備を施したわけだ」
「そう。数を集めれば悪魔殺しと渡り合えるほどの教育と、単純な頭数を増やす時間をかけたってことさ。
人々を恐怖のどん底に叩き落し、仮に討伐されても、死後に血脈の配下として悪魔になって蘇る。おまけにベースがニンゲンだから、放っておいても悪魔よりもずっと速く、勝手に増える。ついでに彼らへの恐怖を根源として、伝承型の悪魔も生まれるようになれば万々歳。
こうして、血脈の計画は成功したはずだった」
「けど、上手くいかなかった」
翔の言葉に、ダンタリアは黙ってただ微笑んだ。
それは、先ほどと同じ、無言の肯定の証だった。
次回更新は3/9の予定です。




