知識の魔王の悪魔講義 悪魔(伝承型)編
「さて、転生についての話は終わったし、次の話しに移ろうか」
「そういや、まだ話しは全然終わってなかったんだよな......
さっきの話のせいで、もう腹いっぱいだってのに」
先ほどダンタリアから聞かされた悪魔の裏ワザとでも言うべき延命手段は、その後の知識の国の中立維持の秘密の暴露も含めて、翔の頭を大いに揺さぶっていた。
明日には人生初のフライトが控えていることを除いても、もうこれ以上の情報を聞かされるのは、心の安寧という意味も込めてごめんこうむりたかった。
「大丈夫さ。ニンゲンの消化器は、許容量を超えることで容積を肥大化させ、より多くの食物を摂取することが可能になる。
脳だって似たようなものさ。たくさん考えてたくさん詰め込む。そうすることで、成長していくはずだよ?」
「体育会系の部活顧問か!」
最近めっきりと減った、根性論で全てを解決しようとする熱血系の人間。口調こそ優しいが、彼女の論調はまさしく、そんな筋骨隆々の男達と一緒だった。
「ふふっ、それじゃあ話しを続けようか。次は二つ目、多くの生物達の負のイメージが形になって生まれる、伝承型の者達の話だ」
「ツッコミは無視かよ......
ったく、負のイメージって言われると、ふわっとしすぎててよくわからねぇけど、伝承型って言うからに、都市伝説が実現するみたいなもんか?」
ダンタリアに尋ねながら、翔は己の右手に木刀を出現させる。
思えば、自分が使う創造魔法だって、一個人とはいえ、元を辿れば人間の想像力を具現化した力だ。人々の強い想像力が集まって悪魔が生まれる。それだけ聞けば、先ほどの転生うんぬんの話よりはまだ想像が出来た。
「そうだね。その考えで概ね間違ってはいない。
強いて付け加えるのであれば、都市伝説等よりももっと古い、生物の本能に訴えかける根源的な恐怖が悪魔の姿を取ることもあるってところかな」
「根源的な恐怖?」
「そう、例えば少年、君は底の見えない深い深い深海、または、全てを舐め取り飲みこまんとする大火、そういったものを映像か何かで目にした時、思わずぞくりと背筋が震えたことはないかい?
ちっぽけなテレビに映し出された、数色の光のみで構成された自分に一切の危害を加えることが無いだろうその光に、思わず恐怖を感じたことはないかい?」
「......無いって言えば噓になるな」
「ふふっ、素直でよろしい。もし自分が大火に飲み込まれたら、もし洪水で起こった川の氾濫に巻き込まれたら、そういった自分の身に迫ってくる死のイメージ。これもまた悪魔足りえると思わないかい?」
「都市伝説みたいな完全にイメージが固まっちまった化け物だけじゃなく、自然災害や......他にも偶然起こった事故なんかも、たくさんの人が恐怖すれば、悪魔になるってことなのか!?」
確かに昔は洪水や大地震は、妖怪の悪事や神の怒りと恐れられていた。
けれどもそこで語られる妖怪や神というのは、明確な対象を指すことの方が珍しく、人間の理解が及ばない人知を超えた力を語る際に使われた比喩の意味合いが強かったのだ。
それでも悲劇として語られたからには、そこには多くのマイナスの魔素が溜まる。それがある日、自分を形作る根源を手に入れてしまったら。
「そういうことだよ。だから_の悪魔や、大地の悪魔なんかは、案外現世生まれが多いんだ。
最も、彼らもすぐに魔界に降りてきてしまうから、魔界生まれの者達とほとんど差は無いよ。今の現世は、多くの悪魔が住むには魔素が少なすぎるからね」
「ん?ダンタリア、大地の悪魔ってのは聞こえたけど、その前に何の悪魔って言った?」
「_の悪魔だよ」
「ん?んんっ?」
ダンタリアの説明にしっかりと耳を傾けていた翔だが、なぜか彼女の語る国名の一つが、電波の不調で音が飛んでしまったラジオのように聞き取れない。
翔の困惑をよそに、ダンタリアは何か思いついたようにポンと自分の手を打った。
「あぁ、そういうことか。_悪魔が駄目なのなら、__の悪魔や_の悪魔なんかも駄目かな?」
「あぁ......全然聞き取れねぇ」
「少年、十君については聞いたことがあるかい?」
「っ!?......ついさっき麗子さんに聞かせてもらった。もしかして、そうなのか?」
翔はぞくりと背中に走る怖気に耐えつつ、魔界を統べる十の国と、その国の魔王達が自らの権威を高めるために戯れに振るう契約魔法について思い出していた。
「そういうことだね。今の君の実力では、みだりに名前を耳にすることすら許されないということだよ。
実力を磨くことだ。特に先に語った_の魔王なんかは、目的こそ適当だが、本気で現世に攻め込んでくるだろうからね」
「そんな高みにいるってのに、まだまだ自分の力に満足してませんってか?
自己研鑽意識が高すぎて、攻められる側からしたら涙が止まらねぇな」
「ふふっ、違う違う。
少年、私はさっきどんな悪魔達の生誕方法を語ったかな?」
「何って......人の恐怖から生まれる悪魔達の話だろ?」
「そうだね。生物の恐怖心からも悪魔は生まれてくる。そして、多くの生物達が恐怖する事柄からは、それだけ多くの悪魔が生まれ、場合によっては国を築くこともあるだろう。
だからこそ少年には疑問を持ってほしい。その事柄を生物達が恐怖しなくなったら、己の手で御しきれる力であると考えたらどうなってしまうかを」
「その事柄を恐怖しなくなる?」
ダンタリアの質問に翔は頭を捻る。
一つの事柄から恐怖心が薄れる。簡単に言ってしまえば、嵐や大地震、都市伝説なんかを恐怖しなくなるということは、技術の発展や対処法の確率などのおかげで確かにある。
けれどそれが起こることが、どうして一部の国の人魔大戦のモチベーションを高めることに繋がるのかが、彼には思いつかない。
「どうして、どうして人が恐怖しなくなると、一部の悪魔がやる気を出す......?
悪魔にとって、一番大切なのは自分なんだろ?完全に悪魔になっちまったんなら、人の考えなんてどうでもいいはずだ。それなのになんで、そんなどうでもいいことでやる気に満ち溢れるんだ?」
「お手上げかい?」
「くっ、あぁ、そうだよ!俺の頭の回転は、戦いのこと以外は並以下だっての!」
「ふふっ、そんなにいきり立つものではないよ。どんな天才だろうと前提が間違っていれば、どうあったって答えにはたどり着けないものさ」
「前提が......間違ってる......?」
「そう。少年、私は人々が一つの事柄への恐怖心を薄めることが、いくつかの国を本気にさせるとは語った。
けれど、その本気の方向性が、プラスの方向の本気とは一度も語っていないよ」
「はっ?プラスの方向?」
「人々から恐怖心が無くなることが嬉しくてやる気が出るなんて、一言も語っていないってことさ」
「あっ、そりゃそうか。
悪魔にとっては、マイナスの魔素を得る機会が減るだけでも不便極まりないもんな」
「それもある。けれど、もう一歩踏み込んで考えてごらん?
少年、魔界というのは少年から見てどんな世界だったかな?」
「どんな世界って......国の中こそ多少平和だろうけど、一歩外に出ればどんな化け物に遭うか分からないやばい世界で、多少平和な国だって、戦争が起これば次の日には国そのものが無くなっているような世紀末で......」
「そう。君たちニンゲンから見れば世紀末。文字通り、世も末の世界なんだ。そんな世界で、例えば国民が一気に減るような戦争が起こってしまったらどうする?」
「どうするって、畑から取れるわけねぇんだから、新しく国外からスカウトしたり、悪魔が生まれるのを待って......そうか。人から恐怖心が無くなったら、新たな悪魔は生まれなくなる。
国民が減ってしまえば、どれだけ魔王が強かろうと国力を維持することも難しくなる!」
度重なるダンタリアのヒントで、翔はついに答えにたどり着いた。
人魔大戦は人類にとっては種族の存亡すらかけた、決死の戦争と呼べるものだが、悪魔にとっては命の危険がほとんどない、観光旅行のようなものだ。
けれど、実際に遊び半分で現世に顕現するのは、目の前の魔王という名の読書の虫のようにごく一部。それはなぜか。
その答えは、悪魔は魔界というホームで、同族である悪魔達と常に存亡をかけた戦いを行っているからだ。たった百体の悪魔だけで苦戦を強いられる人間には想像もつかないほどの戦いを。
そんな戦いを続けていれば、もちろん死者だって出る。魔界生まれの者達が多くを占める国は、言葉は悪いが戦力の補充も容易かろう。
けれど、生物の負のイメージから生まれる者達が多くを占める国では。もし、国の名を冠するイメージから負の印象が薄れてしまっていたりしたら。そうすれば、じわじわと減っていく国民の総数に震えながら、緩慢な死を迎える選択しか残されていないだろう。
だから悪魔達は本気で人魔大戦に挑むのだ。人類に見くびられて負のイメージを失ったりしないように、簡単に討伐されて他の国家に侵略目標として目を付けられないように。悪魔にとっての人魔大戦は、魔界の国家間戦争の前哨戦でもあったのだ。
「正解だよ。よく答えにたどり着いたね。
千を容易く超える長い年月は、魔界を悪魔で溢れかえさせるには十分すぎる時間だった。
足らぬ土地、足らぬ魔素、閉塞された魔界という世界で自らを満たすには、他人から奪い取って埋め合わせるしか方法は無い」
ダンタリアがどこか遠くを見つめ、手遊びとばかりに空中にたくさんの小さな球を出現させた。
玉同士は出現した瞬間に近くの玉とぶつかり合いを始め、一方が衝撃に耐えきれずに砕けてしまうと、それを内部に取り込んで球は巨大化する。
そうして最後の二つのぶつかり合いに決着がつくと、彼女は巨大化した球に矢の形の魔法をぶつけ、跡形もなく砕いてしまった。
「そうして力を得た者も、始まりを知る強者の気紛れで容易に消し飛ばされてしまう。
だから集う、だから必死になる。案外、悪魔というのも苦労しているんだよ。
もちろん、世界に土足で踏み込んで、好き放題荒らしまわっていく悪童を認めてやれなんて、口が裂けても言わないけどね」
「なんでそんなことまで話すんだよ......」
今までのダンタリアの講義は、言ってしまえば技術教育や、歴史の授業と言ってしまえるものだった。
けれども、この講義はどちらかと言えば道徳、もしくは現代社会の授業のようなもの。本人の口からでは無いにしろ、人魔大戦に参加する悪魔達の胸の内を語ったようなものだ。
もちろんこの話を聞いてしまったからと言って、人の命を危険に曝して、その上でへらへらと笑うような悪魔を討伐することは迷わない。
けれど、小さな悪事を繰り返し、目に涙を溜めて必死に見逃してくれるよう懇願する悪魔を自分は討伐できるのか。そんな一瞬の迷いが翔の心に生まれたのだ。
「相手を知ることは、相手を理解することへの第一歩だよ。知っていれば向き合うことが出来る。知っていれば突き放すこともできる。
君の性格のことだ。不意に懇願されてしまえば、必要以上に剣を鈍らせ、鈍らの剣は己を切り裂く逆刃の剣へと変化する。
だからこれは君の物語を凡作で終わらせないための、私からのプレゼントだ。
普段から肌身離さず身に着けてほしいなんて言わないさ。必要になるその時まで、カギをかけてしまっておいて構わないよ」
翔は、自他共に満場一致で認められる馬鹿だ。考えるよりも先に身体が動く、論理的に説明されても身に着けた感覚で理解しようとする。
(「議論が平行線の時は、先延ばしにすることも場合によっては大事っす」)
目の前の魔王に出会う以前、再戦が予想されるハプスベルタへの対応に頭を悩ませていた翔に、猿飛がかけてくれた言葉が思い浮んだ。
(結局、俺の心がどう動くかなんて、俺自身にだって予想は出来ないんだ。ならその場その場で一番いい方法を考えて、解決していくしかないんだ。事前に説明してくれたダンタリアには悪いけど、行き当たりばったりが俺には一番似合ってる。)
「送られた言葉をどうやって身に着けろってんだ......
まぁ、結局そんな場面に出くわしたらどうなるか分かんねぇし、理解できたかも分かんねぇ。けど、お前が言いたいことだけは......分かったと思う」
「それでいいよ。いつかの保険さ。使わずに済むならそれでいい。
それじゃあ、最後の悪魔の生まれについて説明しようか」
まるで翔がその言葉を発するのを予想していたかのように受け止めたダンタリアは、翔に薄く微笑んだ。
翔が悪魔殺しの契約をした際に、相手の悪魔の名前を聞き取れなかったのも同じ現象です。けれども、件の悪魔が十君の国所属というわけではなく、単純に彼が魔法の訓練を行ったことのない素人そのものであったためです。
私事ですが、本日の投稿で人魔大戦 近所の悪魔殺しは、一周年を迎えます。これからも皆様に楽しんでいただける物語を描いていこうと思うので、どうぞよろしくお願いします。
次回更新は3/5の予定です。




