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姫野の魔法

「ふぅ、なんとか誤魔化しきれたな。それで町に出たわけだけど、どうやってパトロールを行うんだ? ここら辺を見回って、事件が起こきたら現場に急行ってわけじゃないんだろ?」


 なんとか大悟達の追及を振り切り、二人きりになることが出来た翔。


 心の余裕が生まれたことで、そういえば昨日の時点でどこの区域を(まわ)るのかや、どうやって悪魔の捜索を行うのかといったことを聞き忘れていたことを思い出した。


「えぇ、勿論(もちろん)よ。私の魔法を使って悪魔を追いかけることになるのだけど、その前に天原君、これを手にもって貰えるかしら」


 そう言って、姫野は表側に複雑な文様(もんよう)の描かれた呪符のようなものを差し出してきた。


「これって、昨日神崎さんが使っていた木製のお札の親戚か?」


「似たような物よ。ただ昨日のとは効力が違って、この呪符(じゅふ)は魔力を吸ってる間、存在感を極限まで薄れさせることが出来るわ」


「......そりゃあすごいな。そんなものがあれば、泥棒万引きなんでもござれだ」


 冗談を言いながら翔は姫野から呪符を受け取る。


 すると受け取った瞬間から、紙が手の平に吸い付いたような感覚に襲われた。


 驚いた翔は紙から手を放す。すると、吸い付いているはずの紙は重力に従う形で地面へと落ちた。あわてて拾い上げると、また紙が吸い付いているような感覚に襲われる。


「驚いた。たぶんこれが魔力を吸われる感覚なんだよな? 実際には吸い付いて無いのに、掃除機に手をくっつけたみたいだ」


「そうね。この呪符は魔力の消費が少ないから、身体に吸い付いているような感覚で済むけど、消費の大きい魔道具を使う時なんかは、胸の奥から何か大事な物が流れ出すような感覚になるわ」


「うげ......それは嫌だな。それにしてもパトロールにこんなもの必要なのか?」


「えぇ。前にこれ無しでやった時は結構な騒ぎになっちゃったから」


 そう言って姫野は学生服の胸ポケットから一本の針を取り出すと、迷いなく自らの人差し指に突き刺した。


 その結果当然のように出血し、流れた血がぼたぼたと地面に落ちる。


「ちょ、神崎さん!? 何やってんだ!?」


「悪魔を追うための魔法を使う準備よ。あのお方は流れる血をお求めになられるから......深淵之水(ふかふちのみず)夜礼花神(やれはなのかみ)様。お力をお貸しください」


 その言葉の後、大きな変化が起きた。


 ぼたぼたと滴る赤い雫は地面に染みを作る前に姿を消し、まるで水面に落ちた水滴のように、一滴一滴が赤い波紋へと変わる。


 そして波紋は人や壁に遮られることなく、目に見えるぎりぎりの範囲まで広がっていっているように見えた。


「あー......説明してもらえる?」


 一気に現実離れした状況に、魔法知識ゼロの翔は自力で理解するということを早々にあきらめた。


「えぇ。歩きながら話しましょうか。まずこれが私の魔法。簡単に言えば、限定的に神様の権能を借り受ける能力よ。そして今お借りした力は、水の流れや運航を司る神様の力なの。その力で魔素に流れを作り、怪しい魔力を見つけ出すための探知機として使っているの」


 そう言って姫野は血の滴る左手を前に出し、一定の間隔で波紋(はもん)をソナーのように飛ばしながら歩き出した。


「スケールがでかすぎて全く理解できないんだけど、神様ってまとめてどっかに閉じ込められたのに、どうしてその能力を使えるんだ?」


 翔も追いかけるようにして歩き出す。姫野の歩みはそれほど速くは無いが、歩み自体が止まることは無く、何か確証があるかのような歩みだった。


「神様も完全に閉じ込められたわけじゃないの。姿を現したりは出来ないけれど牢獄の(ほころ)びから、気に入った人間に自分の魔力を分け与えるくらいは可能よ。そうやって人間に善行を行わせて、間接的に牢獄から魔力を稼いでいるらしいわ」


「そりゃそうか。稼ぐ場所が無ければ魔力だって減る一方だしな」


「えぇ。それに神様の能力をそのまま行使できるわけでも無いわ。神様や悪魔にとって魔力の消費は文字通り身を切ることになるんだから、優しい神様でも1%魔力を貸し出してもらえるかどうか」


「へぇ。でもそれにしたってすごい能力だ。だってフカヒレナノハナ神? って個人名を呼んだってことは、神様の数だけ能力が使えるって事だろ? 可能性は無限大じゃないか!」


深淵之水(ふかふちのみず)夜礼花神(やれはなのかみ)様よ。あの方はお優しいから流れる血を捧げるだけで済むけれど、武神や獣神の方々になると、()()を求める方々が多いし、目や魂、後は専属の侍女になるように求められても答えられないから、力を借りられる方は限られているの」


「.....それは、大変だな......」


 姫野の口から要求の数々に、翔は絶句してしまい上手く言葉が出てこなかった。


 お肉というのはスーパーのグラム数百円の物では断じて無いだろうし、目や魂なんて致命傷、専属の侍女というのも神隠しを行いますという犯行声明みたいなものだろう。


「えぇ。それに神様は自分の魔力に他の神様の魔力が混じるのを嫌う。つまり、同時に二種類の魔法は使えないの。だからこの権能をお借りしている間は戦力外になるわ」


「便利なだけじゃなくて、色々制約があるってことなんだな。ん? そういや前回騒ぎになったとか言ってたよな? まさか......町中でさっきみたいに針ぶっ刺したのか?」


「そうね。あの時は通報されて警察はやってくるし、子供は大声で泣き出すし、悪魔を追いかけるどころじゃなくなって大変だったわ。あそこまで大騒ぎになるとは思わなかった私の失敗ね」


「......いや、そりゃそうなるよ」


 真昼間の往来でそんな凶行を行ったとしたら、さぞ阿鼻叫喚の大騒ぎになったであろう。


 連行されなくてよかったといった思いや、大熊さん達はどうして止めなかったんだよといったツッコミなどが翔の頭の中でグルグルと(まわ)った。


「......そう、そうなのね。天原君、天原君から見てやっぱり私って変かしら?」


 そして呆れ顔で返答した翔の表情を見て、途端に神妙な顔になった姫野が不思議な質問をしてきた。


「え?」


「学校での会話や昨日の天原君との会話みたいに、私が話すと皆時間が止まったような表情をする時があるの。小さいときは理解できなかったけど、それが私の言葉や行動が皆の常識から乖離(かいり)しすぎている時の表情だって気付いたの。だから教えて。私って変かしら?」


 確かに昨日初めて姫野と話してから、違和感を感じる言動等が所々にあった。普段話すクラスメイト達は、翔なんかよりもそれを強く感じていただろう。


 突然そんな質問と共に過去の出来事を語りだしたことが不思議だったが、姫野の真剣な表情から、彼女にとってこの質問が大切なものだということは理解できた。


「変だと思う」


 だからこそ翔は包み隠さず姫野の質問に答えた。


 彼女が言っていた通り小さい頃の姫野になら、誤魔化した優しい言葉が必要だったかもしれない。しかし彼女はすでに自分の状況を正しく理解しているのだ。


 だからこそ正直に答えることこそが、彼女の質問に対する何よりも誠実な言葉になると思い翔は答えた。その答えを聞くと真剣な表情がいくらか和らぎ、パトロールを始める前の雰囲気に戻る。


「そう、やっぱりそうだったのね。ありがとう。私、施設で育ったせいで、ほんの数年前まで世の中の常識なんて全く勉強をしたことが無かったの。皆優しいから、本当のことを言ってくれなくて。天原君、もしあなたが良ければ、これからも私が常識から外れた行動を取ろうとしたら止めてくれないかしら?」


「学年順位ドベの俺に教えを求めんのは止めといた方が......まぁ、それでもいいならいくらでも。それにしても施設って、やっぱ魔法とか神様関係の?」


「そうね。勉強とかは神様とお話しする時に必要になるから最低限学んでいたわ。けど、それ以外のことは神様に祈りをささげる方法や、言葉を交わしあう方法なんかを物心ついた時からずっと」


「それだけって......魔法世界ってのも、それはそれで大変なんだな......」


 姫野の言葉から、思えば翔は生まれた時から普通を勉強して普通にふるまえる(すべ)を人と人との営みの中で学んできていたのだと気が付いた。


 きっと彼女は小さい頃に才能を見出されてから、特別な学校で長所のみを伸ばす英才教育を受けてきたのだろう。


 そのせいで常識を学ぶ機会が極端に減り、社会に出たタイミングでコミュニケーションを阻害する壁として立ちはだかったのだ。それを考えると、どれだけ特別な力だろうと、魔法だけを勉強していくってのも考え物だなと翔は思った。


「えぇ。大熊さん達と行動するようになってから、たくさんのことを教えてもらったわ。けれど学生の常識なんかは、何年も前の常識を教えて酷いことになりそうだからって」


「あー......そこは間違いなく大熊さんが正しい。チョベリグとか言い出す神崎さんは想像したくねぇからな。じゃあ神崎さんが常識外れなことをしそうになったら止めるからさ。神崎さんは今日みたいに俺に勉強を教えてくれよ。」


「そんなことでいいの?」


「死活問題なんだ......」


 そう語る翔の表情は、先ほど自分の過去について話す姫野と同じレベルの真剣さだった。


「わかったわ。天原君、これからよろしくお願いします」


「こちらこそよろしく頼むよ。ガチで、本当に」


 二人は小さな約束の証に握手をする。翔は姫野という不思議少女の正体を、少しだけ知れたような気がした。


 そして彼らの会話が一段落したタイミングを狙っていたかのように、事態は動き出した。


「天原君、見て」


 急にはっとした表情をつくったかと思うと、姫野は目線を自らの右手から生まれる波紋、その先へと向けた。


「なんだ? 波紋が(ゆが)んでる?」


 翔がその波紋の先へ目を向けると、ある方向へと向かった波紋が何か小さな障害物にぶつかったかのように歪み途切れていた。


「さっきも言ったけど、この魔法は魔素に流れを作って波紋を作り出しているの。だから何かの魔力に染まった魔素が波紋の先にあると力の加わり方にずれが起きて、波紋が崩れてしまう」


「......ってことは!」


「ええ。他の魔法使いが魔法を使ってしまった場合も反応してしまうけど、この町に来る時に調査済みよ。そうなれば波紋が崩れる理由は一つ」


「悪魔の仕業ってことか! 急ごう! 神崎さん!」


「えぇ。これ以上言葉の悪魔を自由にさせるわけにはいかないわ」


 波紋の反応を頼りに、二人は商店街を走り出した。

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