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知識の魔王の悪魔講義 魔人編

「魔人......読み方は、魔力を持った人ってとこだよな?ならそもそも、その呼び方っておかしくないか?」


「おや、何か気になることでもあったかい?」


 黙っていれば、ダンタリアが勝手に魔人の解説を始めてくれただろう。


 けれども翔だって勉強の成績が悪いだけであって、記憶力なら人並み程度にある。過去に彼女に聞いた話から総合して、一つの違和感を覚えたのだ。


「だって悪魔はナチュラルに人間を見下してんだろ?そんな悪魔がトップに存在する魔界で、下の階級とはいえ、魔人なんて階級を作るのか?」


 翔が抱いた疑問、それは悪魔の価値観と、魔人という称号についての違和感だった。


 悪魔は人間を脆弱(ぜいじゃく)な存在と見下している。これは過去に戦ったカタナシやウィローの言動をみれば明らかだ。


 そして、直接的な侮蔑(ぶべつ)をしているところこそ見たことは無いが、ハプスベルタやダンタリア等の比較的人間に好意的な悪魔でさえ、人間の呼び方が、人が犬や猫を呼ぶ時のイントネーションに近いのだ。


 つまり、悪魔にとっての人間とは、愛玩動物に近い存在だということになる。


 それならば人間は獣と変わらない。魔獣の上の階級として、魔人という階級が存在できる理由が、翔にはいまいちピンとこなかったのだ。


「あぁ、なるほど。悪魔にとって、ニンゲンも野を闊歩する獣も大差ないだろう?といった所かな」


「改めて言われるとムカつくけど、そうだ。魔獣から魔人になるだけでも、めちゃくちゃ大変なんだろ?

 それなのに、せっかく魔獣から上がれた先の階級が魔人なんて、ガッカリもいいとこじゃないか」


 どれだけの努力が必要なのかは想像すらできないが、魔獣から魔人に上がるだけでも、相当な修練と幸運が必要なのだろう。


 それなのに、苦労して上がった先で、ほとんど変わらない侮蔑(ぶべつ)の視線を向けられていては苦労の甲斐(かい)が無い。それなら素直に、魔獣の上を悪魔にしてしまえば良いではないか。翔はそう言いたいのだ。


「ふふっ、良いところに気が付いたね?確かに少年の言う通り、多くの悪魔にとって、獣も人もどちらも取るに足らない存在だ」


「だろ?なら、魔獣で統一しちまえばいいじゃねーか」


「けどね。だからこそ、悪魔に至るまでの階級としてふさわしいんだよ」


「はぁ?どういうことだよ?」


「魔獣の説明である程度予測は付いているだろうけど、魔人とは、魔法を使える魔界の住人達を指す階級だ」


「魔獣が魔法を使えない奴らなら、そりゃそうだよな。けど、やっぱりそれなら悪魔と統一しちまっていい気がするけど......」


 国力や純粋な実力によって、悪魔間の実力にも大きな差異が存在する。


 ならば、その(はる)か下に魔人階級の者達を組み込んでしまっても違和感はない筈だ。


「確かに魔人は魔法を使える。けれど彼らは、魔法を本当の意味では使いこなせていないんだ」


「うん、うん?......悪魔と魔人じゃ違いがあるって、ことか?」


 (みょう)に含んだダンタリアの物言いに、それなりに付き合いが増えてきた翔も、知恵を振り絞り、何とか返答を(つむ)ぎだした。


 その後の彼女の笑顔を見るに、彼の返答は満足のいくものだったらしい。


「その通り。彼らは、魔法を使えども、自らの根源には辿り着いていないんだ。自らの根源魔法にはね」


「根源魔法......前回の講義でちらっと言ってたあれか!」


 翔は前回の魔法講義の際、根源魔法とは悪魔の切り札のような物と言っていたことを思い出した。


「そう、それだ。悪魔と魔人ではそこが違う。根源魔法とは、端的(たんてき)に言えば己のアイデンティティだ。

 魔界では、己の欲望と真に向き合った者だけが、悪魔と名乗ることを許されるんだよ」


「自分の、欲望......。魔王のお前は根源魔法を使えるってことだよな?」


「もちろんさ。けれど、流石に見せるわけにはいかないね。

 根源魔法は悪魔の切り札。全容を把握されようものなら、魔王ですら命を危うくしかねない。

 本当に見たいなら、私を命の危機だと感じさせるくらい追い詰めてくれないとね」


「無理難題じゃねーか」


 一体の魔王を退け、一体の悪魔の討伐に大きく貢献(こうけん)した今でさえ、翔には目の前の魔王の底が見えなかった。


「おやおや、勝率が低いからといってすぐに自分の好奇心を殺してしまうのは減点だね。そんなことでは私の国ではやっていけないよ?」 


「お前の国に行くようなことは一生無いだろうし、減点する点数が残ってるだけ、俺としては上出来だっての。

 うん?そういえば......ダンタリア、一つ聞いていいか?」


「どうしたんだい?」


「話しを聞くに、根源魔法を使えるかどうかって、自己申告制だろ?

 その上で、普段は隠し持って使わない魔法なんて、(かた)り放題じゃねーのか?」


「なるほどね。それもいい質問だ」


 彼女の話しを聞いているうちに、翔は一つの疑問にぶつかった。


 それは、根源魔法を使えるようになったと、嘘を吐く魔人が現れるのではといったことだ。


 彼女の話しから、魔人と悪魔では、扱いに雲泥(うんでい)の差があることは明らかだ。その扱いが、一つの小さな嘘で大きく変化するのであれば、誰だって根源魔法を習得したと言う筈だ。


「少年の質問への答えだけれど、半分正解で、半分ハズレといった所かな。いや、過去には正解だったという方が正しいだろうね」


「過去にはっていう位だから、今は違うってことだよな?」


「そうだね。魔界が生まれた当初は、そういった(かた)も少なくなかった。どんどんと実力無い者達が悪魔を名乗っていた傲慢(ごうまん)の時代。

 けれどある時、強さこそを何よりも尊ぶ、龍の悪魔達がその現状に激怒した。

 彼らは、根源に辿り着いたもののみが悪魔であると主張し、一位の魔王に直談判を行ったんだ」


「一位ってのは、魔界の......」


「そう。その一位だよ。位こそ一位から十位までは同列とされているけど、実力だけなら、間違いなく最強と呼べる、魔界最強の国家の魔王だ」


「そんな奴に直談判しに行く龍の悪魔ってのもたいがいだけどな。いや、それとも龍の悪魔も十位以内の実力の近い場所の国なのか?」


「いいや、龍の国は残念だけど、今も当時も、もう少し下だ。けれどその当時、二つの国は、魔王同士の婚姻で、非常に良好な関係だったからね。幾分直談判(じかだんぱん)はしやすかったと思うよ」


「はっ?婚姻って......結婚!?お前らって、そんな概念が存在してんのか!?」


 その発言は、翔にとって今日一番の驚くべき発言だった。


「ふふっ、その辺もこの後話してあげるよ。まぁ、その結果もあって、一位も訴えは妥当(だとう)であると判断し、一つの超大規模な契約魔法を生み出した。

 それが真名(まな)。根源魔法を習得した者のみが名乗ることが出来る。私で言うなら継承、それがニンゲンで言うところの名前だね」


「待て待て待て!真名が本名!?なら、そのダンタリアって名前は何になるんだよ!?」


「ミドルネームみたいなものだね。そして名前の前にある国名が、君達で言うところのファミリーネームと言えるかな?」


「マジかよ......」


 今日一番の驚きは、一瞬の内に第二位に順位を落とすこととなった。


 ダンタリアとの講義を重ねるうちに、翔は悪魔についてだいぶ詳しくなっていたと思っていたが、どうやらそれは錯覚だったらしい。


「真名の魔法のおかげで、悪魔と悪魔と名乗ることが許されない者達は区分されることになった。けれども、彼らだって今更魔獣呼ばわりされるのはプライドが許すはずもない。

 だから悪魔達は、彼らのために一つの階級を用意した。獣呼ばわりはされない。けれど、見下されることには変わりない。そういう意味も込めて魔人と呼ばれるようになったのさ」


「はぁー......。なんというか、お前達のことを結構知ったつもりでいたのに、俺は全然知らなかったんだな」


 翔の口から言葉と共に漏れるのは納得と感嘆。


 ソロモン王が人と神魔を分断したその時から、人が文化を積み上げていったように、悪魔達も独自の文化を築き上げていたのだ。


「ふふっ、一息ついているようだけど、本題はここからだよ」


「えっ?」


 ダンタリアの言葉によって、すでに講義の終了の雰囲気を出していた翔は、冷や水をかけられたようにピシリとフリーズした。


「それもそうだろう?だって、今まで解説したのは魔獣と魔人、言ってしまえば人魔大戦で出会うことはあり得ない魔界の被支配者階級の話だよ?

 ラウラがわざわざそんな講義を、少年の準備時間を奪ってまで、私に頼むメリットが無いじゃないか」


「はぁっ!?じゃ、じゃあ、今までの講義って......」


「いわば下準備だね。持っていて損は無い。けれど、この後の戦いには必要のないトリビアという物さ。

 少年がさっさと本題に入れと言うなら、本題のみを話すつもりだったけれど、それも無かったからね」


 悪びれず語るダンタリアの言葉を要約するなら、今の今まで翔は、彼女の無駄話に付き合っていたということだった。


 そしてそんなことを聞かされて笑顔で許せるほど、彼も人間が出来てはいなかった。


「ふっ......」


「うん?」


「ふざけんなあぁぁぁぁ!!!時間がねぇって言ってんだろおぉぉぉぉ!!!」


 木刀を出現させて、ダンタリアに向かって放り投げる翔。


 彼女との訓練の継続のおかげで、ついに翔は、生成の時こそ身体に触れている必要があるが、その後、身体から離してもある程度消滅を遅らせることができるようになっていた。


 彼女と積み上げた努力の結晶が、彼女に向かって牙を()く。


 そこだけを切り取れば悲劇の小説の一ページのようだが、相手は魔王ダンタリア。投擲(とうてき)された木刀は彼女に近付くにつれて速度を落としていき、到達する頃には無重力空間をふわふわと浮遊する物体のような勢いになってしまっていた。


「ふふっ、すまないすまない。ラウラにも言われたけど、こればっかりは私の欠点だね。だけど、これから語る知識は、血の魔王との戦いに必要な知識だ。後悔はさせないよ」


 ダンタリアはゆるゆると近寄ってくる木刀を指で止めると、デコピンの要領で上へと弾き飛ばした。


 効果があるとは思っていなかったが、ここまで簡単にあしらわれてしまうと、逆に怒りは急速に冷めていく。


「ぐぬぬ、次はちゃんとした講義をしろよ!俺が飛行機に遅れたせいで国が滅んだとか、冗談でも笑えねぇんだからな!」


 翔はせめてもの抵抗とばかりに、どしんと勢いよく椅子に座りなおした。


「もちろんさ。魔獣、魔人と解説してきたんだ。ならば次こそが本命だ。悪魔についての講義を始めよう」


 気分の一新のためか、彼女は普段とは色みの違うお茶を飲み干し、本命の知識を語りだした。

次回更新は2/25の予定です。

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