知識の魔王の悪魔講義 魔獣編
(「継承様もあなたに伝えておきたいことがあるそうよ。悪いけど、準備の前に顔を出してもらえないかしら?」)
そう麗子に伝えられ、翔はもはや見慣れたダンタリアの図書館へと足を運んでいた。
いつ見ても無限に続くように思える本棚の群れ、彼女自身の講義によって、この空間を維持するのにどれだけ莫大な魔力を消費するかが、翔にもわかるようになっていた。
今では初対面の時のように、翔がダンタリアを外見だけで侮ることは断じてない。けれど、彼女に対する態度はあの時とほとんど変わらぬまま。
それが彼女に対する信頼の表れか、それとも散々にからかわれたことへの当てつけかは翔自身も分からない。しかし、仮にどちらの気持ちから生じた態度であろうと、目の前の少女は気にしないのだろうなという確信があった。
「呼び出されたから来てやったぞ」
「よく来てくれたね。それじゃあ今日のテーマである、世界お茶品評会を開催しようか」
「......本当にそれを始めやがったら、今すぐ後ろを向いて事務所に戻らせてもらうからな」
「おや?何事も経験が大事だよ?ここで少年のお茶の好みを知っておけば、次回からはもっと効果的なもてなしが出来ると思って提案したというのに......」
「時と場合によるだろうが!
俺がこの後、鉄の箱で遊覧飛行の予定だってことは知ってるんだろ!そんな呼び出しならもっと余裕がある時にしろ!というか、そんな理由で呼び出すな!」
「ふふっ、冗談だよ、冗談。
今日呼び出したのは血の悪魔との戦いの前に、少年、君もそろそろ悪魔について詳しく知っておいた方がいいと思ってね。
それについての講義を君にしておこうと思ったからだよ」
「悪魔についての講義?それってこの前の魔法講義みたいなものか?」
世界のお茶への興味は欠片も生まれなかったが、翔としても、今まで流されるままに戦ってきた相手を知ることが出来ると言われて興味がないと言えるほど、何事にも無頓着ではない。
むしろ、たくさんの学びを得ることが出来た魔法講義の亜種を勉強できるのだとしたら、準備の時間が少し削れる程度なら十分におつりがくると思えた。
「ふふっ、興味がわいたみたいだね。その通り。今回の講義を通して悪魔に対する理解を深め、より戦いを有利に進められるようになってもらいたいんだよ」
「それは......正直興味がある。
けど、前回の戦いは最初から最後まで、俺達の戦いを見てたんだろ?
そしたら、その講義に支払う物語の持ち合わせが俺には無いぞ」
いくら友好的といっても、彼女は悪魔であり、悪魔に何かを求めるのであれば対価を渡さなければいけないのは、魔法を知らない人間にすら知れ渡っている常識だ。
「大丈夫さ。お代はすでにラウラから貰ってる。彼女曰く、出来るだけ完璧な助っ人が欲しいからだそうだよ」
「げっ、それは......断ったらまずいよな......?」
翔としても、これで大熊や麗子が対価を払ってくれていたのなら、そのまま安心して彼女の講義を受けることが出来る。
しかし、支払い相手がラウラだとすれば話は別だ。なにせ翔は一度彼女の話に反論をしただけで、魔法で吹っ飛ばされ、頭にたんこぶを作るはめになっている。
そんな相手に借りを作ってしまって、はたして大丈夫なのかという不安が生まれていたのだ。
「まぁ、最悪でも半殺しで済むんじゃないかい?」
「これから悪魔と戦うってのに半殺しにされたりしたら、全殺しと大差ねぇじゃねーか!」
どうやら借りなかった時点で、金貸しそのものが乗り込んでくるらしい。
「分かった!分かったよ!ラウラさんの好意に甘える!ダンタリア、講義を始めてくれ」
元々選択肢が存在しなかったことに気付いた翔は、あきらめたようにダンタリアに講義を依頼した。
「よろしい。それじゃあ、講義を始めよう」
翔の反応に満足したのか、ダンタリアはパチンと指を鳴らし、いつもの如くティーカップとお茶菓子を出現させた。
どうやら今日のお茶は趣向を変えて中華風らしく、カップは取っ手が付いたものではなく、お菓子も胡麻団子のようだった。
「少年、君は現時点で悪魔についてどれくらい知っているかな?」
「どれだけって、またアバウトだな。
ほとんど知らないぞ。魔界には72の国があること。そこにはトップの魔王と悪魔達が住んでること。あぁ、あとは、ウィローみたいな無所属の悪魔も結構いることくらいかな?」
「ふむ、まぁ、妥当なところだね。それじゃあ、まずは魔界に住む者達の分類についてから始めようか」
翔の事前知識を聞きとったダンタリアは、少しだけ口元に手を当てて考えていたが、方針が決まったようで、以前のように魔法で背後にホワイトボードを出現させた。
彼女はそこに数本の横線が引かれたピラミッド状の図を描き出した。
「魔界の頂点はもちろん各国の魔王、そして次点は各国の悪魔達、これは間違っていない。
けれど、魔界にはさらに下の階級があるんだ」
「さらに下?」
「そうだよ。彼らは魔人、そして魔獣と呼ばれている」
彼女の言葉に合わせて、ピラミッドの一番下の段に四足歩行の動物達が描かれ、下から二番目の段には人に角や尻尾を付けた悪魔と人間の合いの子のようなものが描かれた。
「へぇ。まぁ分類されてるってことは、悪魔とは違う何かがあるってことだろ。何が違うんだ?」
「良い着眼点だ。少年の言う通りだよ。
まずは魔獣、これは単純に魔界において魔法を使えない者が分類される。要するに魔界で魔法を使えない者は、獣呼ばわりされても仕方ないということさ」
「なるほどな。......ん?魔法を使えない奴が魔獣ってことは......」
翔は今の説明に疑問を覚えた。獣を獣と呼ぶのはなんてことはない、普通のことだ。
けれど、先ほどダンタリアは獣扱いと言った。ならばそれは、本来獣に分類されるはずがない者ですら魔獣と呼ばれるのではないのだろうかと。
「その通り。魔法を使えなければ、例え人型だろうと、意思の疎通が可能だろうと魔獣ということさ」
「そういうことだよな。そう考えると、お前らってホントに世紀末を生きてるよな......」
悪魔に子作りなんて概念があるのかは知らないが、もし生まれた子供に魔法の才能が無かったら、子供は途端に魔獣扱いだ。
そんな差別を通り越した絶対的な区別が存在する世界を、一般的な日本人である翔には受け入れることができなかった。
「なに、君達ニンゲンだって、過去には力無いニンゲンを奴隷と呼び、虐げていただろう?」
「いや、確かにそんな時代もあったけど、いくら何でも獣扱いはされねぇだろ」
「ふふっ、そう感じれるのは、君がそれだけ幸せな時代を生きているということだ。先人たちの積み上げてきた成果に感謝することだよ」
「なんだそれ。まるで見てきたみたい......そうか、お前は実際に見てこれたのか......」
「そういうことだよ」
まるで全てを見てきたかのように語るダンタリアに、言い返そうとした翔だったが、思い出した。
目の前にいるのは、それこそ人類が生まれた瞬間から存在していた始まりの魔王だ。ならば、人類の負の歴史を実際に眺めてみたかのように語るのは、なんらおかしいことではない。
「話しを戻そう。魔獣は魔界における最下層の階級だ。国家内でのその役目も、肉体労働や苦役が基本となる。けれど、これはまだ幸せな方だ」
「なんでだよ?悪魔も給料制なのか?」
もし、魔界にも何かしらの給料が存在するのなら、無職よりはずっとましだろう。
「違う違う。どれだけ辛い役目を振られようと、役目がある時点でその魔獣は国家の資産であり、最低限国が守ってくれる財産だということさ」
「あっ、力のない自分の代わりに、国が自分を守ってくれるのか」
「その通り。そして少年、このピラミッドを生態系ピラミッドとして考えてごらん。
悪魔の生きる糧は、もちろん魔力だ。魔素の豊富な魔界では、じっとしているだけでもそれなりに魔力は吸収できるけど、吸収の効率を考えれば、他の誰かを襲って魔力を奪った方が早い。
すると、どうなると思う?」
「魔獣は他の魔獣も含めて、魔界の全ての存在から命を狙われるってことか!」
命を狙うということは、逆に反撃されて命を奪われる可能性もあるということだ。そのリスクを考えれば、出来るだけ危険度の低い、弱い存在を狙うのは当然と言える。
「そういうことだよ。そして国家の庇護が無い魔獣は、現世の草食動物と変わらない。ハンティングゲームのちょうど良い獲物というわけさ」
「なるほどな。例えるなら水槽の魚と海の魚って感じか?」
「その例えは悪くないね。確かに国家所属の魔獣は、安全だが最低限の魔力しか与えられず、飼い殺しされているのと変わらない。
逆に無所属の魔獣は、常に命を狙われながらも好きに獲物を喰らい、本当に幸運な個体は悪魔に至ることも出来るかもしれない。どちらが幸せかは魔王の私が断じるのは失礼だろうね」
「お前が判断できねぇなら、俺じゃ一生かかっても分かんねぇよ。まぁ、魔獣についてはよく分かったよ」
「よろしい。それならお次は、魔人の説明といこうか」
次回更新は2/21の予定です。