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血戦作戦参謀本部

 日魔連本部から、拠点としているプレハブ小屋へと大熊が帰り着いたのは、日付が変わる寸前の真夜中だった。けれども、彼は疲れた様子など一切見せず、事務所の二人とラウラが席についていることを確認すると、空いている席にどっかりと腰を下ろした。


「案外早かったわね。もう少しかかると思っていたわ」


「源、お疲れ様」


「お疲れ様っす」


「遅くなった。最初に聞いておくが、ラウラ、あの留守電はタチの悪い冗談なんかじゃねぇんだな?」


「当り前じゃない。私の家族の命がかかっているのよ。誇張(こちょう)することはあっても、嘘をつくメリットなんて一つもない」


 あいにく、誇張(こちょう)表現も必要なかったけれど。そう(つぶや)いたラウラの表情は硬い。


 この大戦勝者(テレファスレイヤー)は、普段の残虐性と唯我独尊(ゆいがどくそん)ぶりからは考えられないほど、身内に甘い。


 特に自分の力を発揮できない問題であればあるほど、その傾向(けいこう)顕著(けんちょ)になる。彼女が顔を曇らせるほど、事態は深刻だということだ。


「血の悪魔が顕現(けんげん)して、おまけに中身は血脈ってことか。最悪だ」


「えぇ。しかもあいつはもう動き出している。これが使い魔を使って、今日の日暮(ひぐ)れに取られた写真よ」


 そう言って、ラウラがテーブルに置いた写真には、巨大な深紅のドームが映し出されていた。


 ドームの大きさを、写真上で比べられるものは樹木しかないが、それらがミニチュアに見えてしまうほどに、深紅の半円は巨大であった。


「奴の張った結界か。麗子、どれくらいだ?」


「直径にすると、約600メートルほど。東京ドーム三つ分くらいね」


 初めて見た写真にも関わらず、麗子は瞬時にその数字を口にした。不思議なことに、他の面々もその数字に疑問を覚える様子はない。


「いや、それって逆に分かりづらくないっすか?」


「そうよ麗子。もっと簡単な例えがあるじゃない。ヨーロッパの片田舎の村なら、丸ごと一つ飲みこめるサイズよ」


「うげっ、それってまずくないすか?」


「あぁ、マズい。非常にマズい。

 血の悪魔は、血液を使って魔法を使う。顕現(けんげん)直後なら自分の魔力を変換した分の血液しか使えないが、伝説よろしく他の生物の血液を奪うことで、どんどん力を増していくのが特徴だ」


 血の悪魔は、とにかく血液を媒介(ばいかい)にして様々な魔法を操る。その生命線である血液の補充を妨害し、短期撃破を狙うことこそが、対血の悪魔戦での必勝条件だった。


「本来なら、プライドの高さゆえに、顕現(けんげん)場所を変えない四公達の性格のおかげで、準備されていた結界内で戦えるはずだった」


 しかし、今回その作戦は、完全に空振りに終わってしまっている。


 その理由こそが、本来顕現(けんげん)しないはずの悪魔が、顕現(けんげん)しないはずの場所に顕現(けんげん)してしまったからである。


「避難は?」


「教会経由で始まってる。けど、森の獣に言葉が通じるはずがないし、むしろ血の匂いに釣られて、自分から結界に飛び込んで行ってるわ」


「ちっ、そりゃそうか。別に人間様の生き血だけが、奴らの力の源じゃない。

 余裕が出来るまでは、森の畜生(ちくしょう)共で代用しても構わないってことか」


「ちょちょちょっ!写真しか情報が無いっすけど、近くの森、かなり豊かに見えるっすよ!この森一つ飲みこまれたりしたら......」


「ラウラ、この写真より前の時間を移した写真はあるかしら?」


「あるわよ」


 ラウラに手渡された写真を手に取り、麗子が二枚の写真を見比べる。


「健治、この森の肉食動物の数は、どれくらい?」


「はえっ?い、いやっ、そんなこといきなり言われても!

 ......強いて言うなら、熊とか、キツネとか、野犬とかの数だけでも、余裕で村の人間の数を超えるんじゃないすか?」


「ラウラ、この魔法の詳細は?」


「ディーに聞いたわ。名前は深紅の領土(レッドドーム)。血脈のカバタが好む魔法で、入るのは液体を通り抜けるように簡単。けれど出ようとすると、凝固(ぎょうこ)した血液が一斉に襲い掛かってくる漁業(ぎょぎょう)カゴのような結界よ」


「二枚の写真を見比べると、明らかにドームが拡大しているのだけれど、それの条件は?」


「......あなたが思い浮かべているとおりよ。血液を注ぎ込むことで、このドームは拡大していく」


 それを聞いた途端、大熊はギリッと奥歯を噛みしめ、猿飛はめまいを起こしたかのように天を(あお)いだ。


 このドームは今もなお、拡大を続けているのだ。


 しかも、血液が増えれば増えるほどサイズが拡大するということは、接する横面積が広がるほど、犠牲者の数が増えるほど、そのスピードは加速度的に増すことが予想される。


 犠牲者の死を踏みしめ、己が領土とする。まさしく、深紅の領土(レッドドーム)と呼ぶにふさわしい魔法だった。


「予測に過ぎないけど、このまま森まで到達してしまえば、ドームは24時間ほどで直径2キロまで拡大する。

 肉食動物たちが犠牲になった後は、少しはスピードも落ちるでしょうけど、どれだけ甘く見積もっても5日間で5キロまで拡大するわ」


 麗子の推測によって、辺りに沈黙が舞い降りた。


 当然だ。直径5キロの結界内で、周りの血液全てを武器に変換できる血の悪魔を見つけ出し、あまつさえ討伐するなど、無謀としか言えない。


 加えて、もし、その結界内で悪魔殺しが倒れようものなら、血の悪魔は、その血液すら吸収し、さらに力を増す。


 失敗の許されない無謀な作戦、それを実行しようなどと誰が言い出せる。


 そのような空気の中、真っ先に口を開いたのはラウラだった。


「大熊、分かっているわね。今なら叩くことが出来る。今だけならニナの力で勝機が生まれる」


「なっ!お前こそ分かってんのか!?翔に今すぐ連絡して、そのままヨーロッパに渡ってもらったとしても一日!そこからニナの嬢ちゃんと連携を確かめたりしたらもう一日!

 ドームに突入する頃にはどんなに巨大化しているか分かったもんじゃねーんだぞ!」


「だから言ってるんじゃない!もし、この機会を逃してみなさい。ドームは際限なく巨大化し、多くの悪魔殺しの派遣が必要になる。

 その瞬間を各国で潜伏している悪魔達が逃すと思う?騒動の解決後に、これに似た光景が十個に増えていても驚かないわよ!」


 すでに人魔大戦が始まってからそれなりの時が()ち、ウィロー等の国外代表はもちろん、カタナシやダンタリア等の下位とはいえ国家所属の悪魔達の顕現(けんげん)も始まっているのだ。


 それだけの悪魔が顕現(けんげん)しているのに、現世での被害報告が少ないというのは嬉しい報告では断じてない。


 彼らは()をうかがっているのだ。自分達の計画に邪魔が入らないという()を。


 そんな潜在的なリスクがあらゆる場所に潜んでいる段階で、一体の悪魔のために多くの悪魔殺しを動かすというのは、とても危険な行為だ。


 血の悪魔を無事討伐しても、そのために少数の悪魔殺し達では手が付けられない悪魔の計画が、倍増してしまっては意味がない。


「ぐっ......お前の所の悪魔殺しは協力出来ねぇんだな?」


「出来るんならとっくの昔にしてるわよ!ドミンゴも、ヤークートも、リリアンも、ビラルも、全員が全員、血の悪魔との相性が最悪なの!

 だから、わざわざ日本まで来たってのに、そんなことも確認しなきゃ忘れるわけ!?」


「だぁー!耳元でキンキンわめくな!(ろく)な支援も出来ねぇ中での二人っきりの作戦になる。

 成功の確率は限りなく低いぞ。むしろ二人揃って最悪の事態に(おちい)る可能性がべらぼうに高ぇ......」


「分かっているわよ。でもね、私は勝算があると思ってる。

 あの子が決闘で見せてくれた、努力と才能の入り混じった奇跡の力。あの力があれば、血の魔王を討伐してくれる気がするの」


「お、おい、ちょっと待て!お前あの時、事務所から消えてやがったと思ったら、まさかダンタリアと一緒に見物に_」


「それに、どっかの誰かさんと違って、私は私の家族のことを信じているのもの。

 いいんじゃない?無理なら無理と言い切っても。一番近くであの子を見ていた大熊が無理っていうなら、私も素直にあきらめるわよ」


 大熊の言葉は最後まで(つむ)がれることは無かった。それどころか、翔のことを信じていないなどと特大級の煽り文句をぶつけられ、日頃から溜まっていたストレスも合わさり彼は爆発した。


「んだとチビがあぁぁ!!!てめぇごときに翔の努力の何が分かる!?見ず知らずの世界にいきなり踏み込むはめになった苦労の何が分かる!?それ以上ふざけたことを口にしやがるならっ!」


「あら?喧嘩かしら?もちろん受けて立つわよ。

 一度くらいは勝ってくれないと張り合いが無いのだけれど、今日は期待していいかしら?」


 ラウラが右手にビニール傘を出現させ、真っ赤だった髪と瞳の色を灰色に変化させた。


「上等だ!表に出やが_」


 そう言って立ち上がろうとした大熊だが、なぜか立ち上がることが出来ず、それどころか逆に力が抜けたかのように、椅子に深く座り直してしまった。


 そしてこの現象に心当たりがあったのか、後ろを振り向いた大熊は、自分の肩に手をやる麗子の姿に気付き、にらみつけた。


 しかし麗子も慣れたもので、その目線を平然とスルーし、喋りだした。


「はいはい、お互い翔君の力を信じてるってことでいいじゃない。

 どのみち、ラウラに義理を通すなら派遣するしかないのは分かっているでしょ?子供みたいに駄々をこねないの」


「いや、仮に派遣するとしたら、余計あのチビを一回凹ましとかねーと、あっちで翔が何をされるか、へぶっ!?」


 それでもグダグダと言い訳を続けていた大熊の頭に、ついに麗子のゲンコツが振り下ろされた。


「妄想もいい加減になさい。せっかくの戦力を邪険に扱うはずがないじゃない。それとラウラ、この人はただでさえ喧嘩っ早いんだから、あんまり(あお)るのはやめてちょうだい」


「そうね。悪かったわ」


「じゃあ翔君には、明日、私の方から説明しておくわ。健治、翔君とラウラのフライト予約と、休学の理由作りよろしくね?」


「うっ、うっす......了解したっす」


 大熊へのゲンコツを見てから、まさか自分(ごと)きが拒否できるわけもない。猿飛はカクカクと首を縦に振り、了承した。


「痛たたた、っておい麗子、翔への説明は俺がやるのが筋だろ?」


「いいのよ。継承への交渉も必要だし、何より翔君には、私の秘密を話すって約束しちゃったもの。ついでに話してしまうことにするわ」


「全部話しちまうのか?もし、それで翔の心に余計な負担をかけちまったら」


 麗子にゲンコツを落とされてもなお、大熊の心配は尽きないらしい。


「はぁー......全く。源の目には、翔君はそんなに頼りなく見えるのかしら?」


「んなっ!?そんなこと!」


「なら信じてあげなさい。優しく大切に育てられた籠の小鳥が生きられるほど人魔大戦は甘くないこと、分かっているでしょう?」


「......そうか。分かった、任せる。けど、くれぐれも翔のことは気にかけてくれよ」


「はいはい。心配のしすぎだと思うけどね」


 そう言うと、麗子は会議はまとまったとばかりに席を立ち、ダンタリアの図書館へと降りていくのだった。


次回更新は2/9の予定です。

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