只人達との再会
その日、翔の通う高校では、ちょっとした騒ぎが生まれていた。
「いや~、本当に久しぶり!元気にしてた姫野ちゃん!」
「えぇ。お勤め先でもずいぶんと良くしてもらっていたから元気に暮らせていたわ。それと、お勤め中は返信が出来なくてごめんなさい。久しぶりに携帯を開いたら数十件くらい凛花さんから連絡が来ていて、全部返すのが遅れてしまったわ」
それは、凛花が楽しそうに話す相手、その相手である神崎姫野が、一か月という長い期間の巫女仕事を終えて、久しぶりに石巻南高校に戻ってきたからだった。
「いいのいいの!姫野ちゃんの方はお仕事だったんだよ。遊び惚けている私達と違って、忙しかったんだから既読無視もぜーんぜん気になんないって!
あっ、けど、わざわざ全部の連絡に返信したのはたまげたよ!ああいうときは、一番新しい連絡に応答してくれればいいんだからね!」
「あっ、ごめんなさい。綺麗なお花や、お犬様の写真を送ってくれたのに返信しないのは不義理だと思って......」
「あ~......考え方が武士っ!うん、姫野ちゃん。まずはそこら辺の常識も覚えていこうね」
「分かったわ。よろしくおね......よろしくね?」
長いとは言っても所詮は一か月、パッと見ただけでは姫野の様子には変化が無いように思える。
けれど、短期間でありながら彼女と濃密な時間を過ごした翔からしてみると、少しだけ、本当に少しだけ姫野の作る表情が、自然な表情になったと思ったのだ。
まるで、その表情を作ることを誰かに認められたかのように。
「そうそう!そんな感じで距離感を縮めていこうね!どっかの誰かさんみたいに!どっかの誰かさんみたいに!」
「おい、凛花。どうしてそのセリフの後に、こっちを見やがるんだ?」
姫野と久しぶりに会えたことで舞い上がっていた凛花の様子を、黙ってみていた翔だったが、突然彼女に喧嘩を売られ、もちろんそのまま受けて立った。
「えぇ~、だってぇ、久しぶりの姫野ちゃんとの再会だってのに、翔ときたら遠くで見守る保護者ポジションについちゃって、全く感動の様子がないんだもん。
どう考えても怪しいでしょう?例えば前日に姫野ちゃんと再会してたとかさぁ?」
ニマニマと口角を吊り上げながら、翔の様子を確かめるように凛花がこちらへと歩み寄ってきた。
「そ、そんなことねぇよ!俺はお前ら同性同士の会話を邪魔しちゃ悪いと思って、黙っていただけだっての!」
「ふぐっ!?ちょっとー!あまりにも凛花ちゃんの扱いが雑すぎるんですけどー!」
一瞬で動揺し、思わず凛花の額にデコピンをしてしまった翔の態度からも明らかなように、凛花の推測は大当たりだった。
「痛た......けど、墓穴を掘ったねワトソン君!図星じゃなければわざわざ反応する必要はない。
ということは事実だということだよワトソン君!私の誘導尋問にまんまと釣られたねワトソン君!」
そんなわけあるか!あと、しつけぇ!と叫びだしたい翔だったが、意図があろうとなかろうと、凛花の質問に思い切りリアクションを取ってしまったのは事実だ。
このままでは、昨日の内容を根掘り葉掘り聞かれることは間違いない。
姫野と夜通し話し合った時間。これはまぁ、話してしまっても凛花が調子付くだけで問題は無い。
しかし、その間に起こったダンタリアのお節介によるハプニングのせいで、翔は姫野の顔をまともに見れなくなっていた。
ましてや、今日は久しぶりに登校してきた姫野に、女性陣が群がって会話に華を咲かせるだけだろうと思っていた翔は、昨日の内容の口裏合わせなど全くしていない。
適当にごまかしたりしたら、嘘が下手な姫野からボロが出るのは火を見るより明らかだった。
「......」
「おやおやぁ、黙......視?秘?権の行使とはいただけませんなぁ。
それでしたら名探偵としては、もう一人の当事者に事情を伺わなければいけなくなりますなぁ......」
「あっ、てめっ!卑怯だぞ凛花!」
もはや似せる努力すらしていない探偵の物真似をしながら、凛花はこんどは姫野に歩み寄っていく。
「姫野ちゃん!ぶっちゃけ昨日翔と会ってた?」
にこやかでありながらも、その質問は翔の喉元にナイフを突きつけるのと同義の質問だ。姫野の回答によっては、翔はこれから一週間ほど凛花のオモチャにされることが決定してしまう。
翔は少しだけ頬を朱に染めながら、どうにか姫野にアイコンタクトを送り、うまい言い訳を姫野がしてくれることを期待する。
姫野が最初の言い訳に成功さえしてしまえば後はこっちのものだ。翔の方で口裏を合わせてしまえば、どんな嘘だって真実になる。
これが、シュレディンガーの猫ってやつかと、彼は先ほどの凛花と同レベルのことを考えていた。
そして短いながらも、濃密な時間を過ごした二人だ。翔の祈りは姫野へと伝わり、彼女も了承の証として、凛花にばれない程度にこちらに向かって小さく頷いた。
「えぇ。昨日こっちに帰ってきたときに、ちょうど天原君と合流したの」
「おぉ!やっぱり!で、それで?こう、心を震わせるような甘い一言とか、無言で抱きしめられたりとかの青春の一ページに刻まれるイベントとかはあったりした!?」
ここだ。次に姫野が話す内容によって、翔の運命が大きく変わる。だが、翔は心配していなかった。なぜなら、先ほどの翔のアイコンタクトに姫野は頷いて見せたのだ。
なら内容はどうあれ、誤魔化さなければならないということは伝わってるはず。後は凛花との付き合いの長い翔が適当に煙に巻いて、話を切り上げようと思っていた。
(凛花は後でゲンコツだ!神崎さん、魔法関係を話さないのならどんな言い訳をしても俺の方で何とかする!だから頼んだぞ!)
ここで姫野という少女について説明しておこう。
まず彼女は、言われたことを忠実にこなすことを得意としている。それは幼い頃から多くの儀式や作法について学んできた賜物といえよう。
次に、彼女は育った環境のせいで基本的に常識がない。もちろん善悪の判断などを間違えることなどはないが、一度良いと言われたことは、どんなタイミングでもしていいことだと思ってしまうのだ。
この二つの要素を組み合わせてみるとどうなるだろうか。そう、姫野は魔法関係を隠して、翔を仲の良い友人として誤魔化すために、一か月前に使った言い訳をそのまま代用するのが正解だろうと判断したのだ。
「うん。前回出来なかった天体観測に行ってきたわ」
その言葉が言い終ったかどうか。
一瞬のうちに凛花の口角は嬉しさのあまり大きく吊り上がり、まるで鎌を片手に持ったままの短距離走が得意な、某都市伝説のマスク女のように耳まで裂けたように見えた。
「お~っと!それは!もちろん!二人っきりでだよねぇ!?」
「そう......ね」
凛花の反応から、いくら常識に乏しい姫野と言えど、何か大きな失敗をしたことに気が付いたらしい。
少しだけ目を伏せ、謝るようにこちらへと顔を向けた。そして、同時に凛花も翔へと実ににこやかな笑みを向けた。
「いや~、翔はやっぱり義理堅いねぇ!まさか、姫野ちゃんの帰省当日に前回の約束を果たすなんて!その時のことをぜひとも聞きたいなぁ!」
勢いのままに姫野を押し倒すという、昨日のとんでもないハプニングが暴露される事態だけは防ぐことができた。
しかし、果たして今の状況は、凛花の質問攻めを凌ぎきった言えるだろうか。
答えは否だ。
笑顔で近付く凛花は見る人が見れば、思わずその可憐さに振り替えるような笑みを浮かべて翔に近寄っていく。けれど、翔にはどうしても、近寄ってくる凛花が腹を空かせた肉食獣にしか見えなかった。
元はと言えば、この展開を読み切れなかった自分が悪い。
最悪を想定しろ。ごく最近、シスター服に身を包んだ金髪の少女に言われた言葉を思い出した。そう、その言葉の大切さが身に染みていたというのに、甘く見ていた自分が悪いのだ。翔も腹を括った。
「そうかよ......そんなに聞きたいのか......」
「ぜひぜひ!」
「それなら気が済むまで話してやるよ!あまりの甘酸っぱさに胸焼けを起こすんじゃねぇぞ!」
「ウェーイ!」
全てを嘘で塗り固めた架空の天体観測。それを実現させるために翔の脳は、悪魔との戦闘時であるかのように、高速回転を始めるのだった。
マルティナ「そんなしょうもない話のために、言った言葉じゃない」
次回更新は2/5の予定です。
 




