金こそ全ての影の派閥
「ったく、何かあるたびに報告報告って、あいつらはどれだけ疑心暗鬼でおまけに暇人だってんだ!」
数週間前にも訪れた日魔連本部、来たくもないその場所に上司から嫌味を言われるためだけに再び足を運ぶのは、流石の大熊でも溜息と共に文句が漏れた。
彼がこの場への招集に応じた理由は、もちろん先日起こった、人魔大戦対策課所属の悪魔殺しと教会所属の悪魔殺しの決闘騒動の事後報告を行うためである。
「ダンタリアのアホのせいで始まった二人の決闘だけなら最悪揉み消せた。
だってのに、どこぞの悪魔のボケが乱入して、おまけに討伐されやがったせいで上から下まで大騒ぎだ!」
ただの決闘騒動であれば、トップとは言えなくとも、それなりの地位にいる大熊の力で事実を捻じ曲げ、鎮静化を測ることができたが、悪魔の討伐によってそれは不可能になった。
魔法社会において、悪魔の討伐は確かな名声と発言力を生む。組織に所属する魔法使いが討伐に成功すれば、その評価はうなぎのぼりだ。
そんな一大イベントが、日魔連のホームで短い期間で連続で開催され、おまけに成功を収めてしまったのだ。下手に揉み消そうとしたら、大事になるのは間違いない。
「翔の活躍ももちろんだが、半分以上はマルティナの嬢ちゃんのおかげだ。素直に教会に手柄を譲って、覚えを良くしてもらった方がいいってのに......欲の皮突っ張ったジジイどもめ」
大熊は先ほど幹部達への報告を終え、教会に手柄を譲ることで、今後の戦いで日本が窮地に陥った場合の支援を約束してもらうよう遠回しに進言してみたが、返ってきたのは教会に出来るだけ成果を認めさせろという、曖昧で強欲な命令のみ。
「おまけに、これだしよぉ......」
そう言う大熊の手に握られているのは、彼のスマートフォン。その中には、つい先ほどラウラから送られてきたと思われる留守番電話が登録されていた。
血の悪魔が顕現し、拠点作りを始めているという信じられない内容の留守番電話が。
これによって大熊は、教会との悪魔討伐の成果の折衝に加えて、血の悪魔討伐へ姫野か翔を派遣しなければいけないという仕事まで生まれてしまった。
どちらも期限が切迫しており、おまけに拒否権が無い。この後の徹夜を考えれば、大熊の愚痴が増えるのも仕方のないことだった。
「状況が重なりすぎだろうが!もう知らねぇ、ジジイどもの仕事は後回しだ!
下手を打ったらラウラにぶっ殺されちまう翔のために、あの居座り魔王に説明を頼んで_」
「今、日魔連の仕事を後に回すと聞こえたが、気のせいだろうか?」
突然、大熊の背後から声が響き、咄嗟に彼は回し蹴りを放った。
「危ないな、もし直撃していれば懲戒ものだぞ?」
「てめぇ、吽......どこから盗み聞きしてやがった!」
大熊の蹴りを難なく躱し、目の前に現れたのは、日魔連を統べる、五大派閥のトップの一人、隠形派の頭領、吽の姿だった。
「どこからと言うなら、お前が我々を散々罵倒していた所からだろうな。それに、いくら公の場では無いとしても、その口の利き方はどうかと思うがね」
「はっ!隠形派には散々殺されかけてんだよ。あの頃から頭がすげ替わろうと、てめぇらと仏閣派の上層部にゃあ、下げる頭はこれっぽっちもねぇ!」
「ほう、そうかそうか。ならこの録音は、尊敬の態度を崩してはいけない相手である、五行派か防人派にでも売ってしまおうか」
「そん時は日魔連を三大派閥にした上で、堂々とラウラのとこにでも行ってやるよ!」
大熊の手に力が籠る。同時に彼の表情には、先ほどの戯言を実現しても構わないというすごみがあふれていた。
「ふっ、嫌われたものだ」
大熊の態度を見て、吽はたまらず両手を上げ、降参のポーズを作った。
「で?俺の探知すら騙す高価な魔道具と、何人がかりか知らねぇが、高度な変化魔法を使った侵入の理由はなんだ?」
「そちらの二人目のことだ」
吽は多くを語らない。けれど、二人目という単語だけで、大熊には誰のことを指しているのかが、瞬時に分かった。
「何でてめぇが気にかける」
「言葉と剣の宴を生き残り、あまつさえ教会の悪魔祓いにすら土を付けたというじゃないか。気にならない方がどうかしているだろう?」
大熊はぎりりと奥歯を噛みしめる。彼の思っていた通りの展開だった。
翔という、どの派閥にも所属していない特記戦力。手にすれば、その派閥が一気に権力を手に入れる悪魔殺しの力。力を示した翔を手に入れようと、日魔連の上層部が動き出したのだ。
「あいにく翔については、こっちでも調査中だ。せっかく手に入れても、早世の呪い持ちだったりしたら大損だろ?」
「その通りだ。そのため、こっちでも独自に調査を行ったんだが、残念ながら空振り続きだ。君の所に放り込んだ影が、中々どうしていい仕事をする」
「逃した奇貨は大きかったんだろうよ。ちったぁ身内も大事にしてやるんだったな」
猿飛は元々隠形派の人員であるが、半ば除名扱いの無所属の人員であり、人魔大戦対策課に所属した際も、守秘義務を記したガチガチの契約魔法を結んでいる。裏切る可能性は低い。
「そうだな。損切りした資産が、その後成長することはままある。そこでだ」
「ちっ、何だこれは?」
猿飛を人ではなく資産と答えた吽の態度に、大熊は露骨な態度を取ったが、突然渡された一枚のカードに眉を寄せた。
「私への直通の回線だ。
一度きりの番号だが、ここからの依頼は隠形派の全ての人員を動かすことが可能だ」
「はぁ!?何でてめぇが、んなもん渡しやがる!」
「先ほどの損切りの逆だ。
二人目は一人目を超え、大きく成長する資産だと我々は推測している。これ以上の言葉はいらんだろう?」
「貸しを作っておくってことか......」
「もし、二人目が最後まで生き残るようなら、側室で構わんから席を空けておいてくれ。
もちろん、正室はそちらの派閥の一人目で構わな_」
ビシッッッ!!!
その瞬間、大熊の感情を表すかの如く、地面が蜘蛛の巣状にひび割れた。
「それ以上、喋るな......」
大熊から、噴火寸前の火山のような圧力が漏れ出す。
大切な身内を優秀な血を繋ぐだけの駒として語られる。到底許せる内容ではなかった。
「全く、お前はこの手の話しになるといつもこうだな。こちらも伝えることは伝えたし、言われた通りに消えるとしよう。
あぁ、ついでに悪魔討伐の件も、こちらで受け持っておいてやる。最低限、他の派閥以上の優遇は頼んだぞ」
そう言って、吽は物影に滑るように移動し、まるで影に飲み込まれるように消えていった。
「気に食わねぇ。気に食わねぇが、日和見の神祈派、裏切りやがった仏閣派以外で、多くの人員を動かせる唯一の派閥だ」
隠形派を動かすのはいつだって金だ。
金さえあれば、この場の上下関係が入れ替わり、金が無くなった瞬間に全ての縁が切れる。腹芸が必要ない分、ある意味では大熊にとって付き合いやすい相手と言えた。
「いざという時の保険として持っておいて損はねぇ......
それに、気を利かせやがったあの野郎のせいで、血の悪魔への対策に割く時間も生まれた......」
元はと言えば、吽も所属している五大派閥からの命令であったわけなので、悪く言えばマッチポンプだが、それでも生まれた時間の余裕はありがたかった。
「翔、姫野、お前達をしょうもねぇ馬鹿共の欲望に付き合わせたりはしねぇ。
お前達は自由に生きろ。欲望の炎の飛び火を浴びるのは俺だけで十分だ......」
吽のせいで余計な時間がかかってしまったが、大熊は日魔連本部から外に出て、自分の車に乗り込んだ。
「けど、ラウラのチビみたいなわがまま野郎になるのだけは勘弁してくれよ。俺はボケ老人共の介護作業で忙しいんだ。これ以上の仕事は勘弁してくれ」
ヨーロッパを中心として、方々に迷惑をかけているという少女の顔を思い出し、守るべき二人が道を踏み外さないことを祈りながら、大熊はその場を後にするのだった。
次回更新は2/1の予定です。




