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護り結ぶ魔法

「いくぞ、神崎さん!」


「えぇ、こちらこそ」


 決闘らしく言葉を交わし、翔は姫野に向かって駆け出した。


(神崎さんの強みは魔法の多様さ、そしてそれを活かして、相手の魔法に対するカウンターの魔法を準備できるところ。つまり、言葉は悪いけど、弱いダンタリアみたいなもんだ!)


 走りながら姫野の分析を行う翔は、彼女の強みをそう評した。


(その強みを活かすには、相手の行動を一度見てから動く必要がある。神崎さんの弱点は、咄嗟(とっさ)の行動に対応できないことだ!)


 強みと弱みは表裏一体、相手の強みを知るということは、相手の弱点を知れるということである。翔は姫野との共闘で、彼女の戦闘が、相手の分析を終えたところから始まることが分かっていた。


 彼女は常に後手を行く。


 その遅滞(ちたい)は、戦闘において致命的な欠点とも呼べそうなものだが、彼女の豊富な魔法と、無謀一歩手前の胆力(たんりょく)が合わされば、相手へ確実に致命の一打を加えるクロスカウンターへと変わるのだ。


 そして、その戦闘スタイルゆえに、戦闘後の彼女は常にボロボロだ。翔は姫野が相手の分析を終えるまでの隙、これをついて、一瞬で戦闘のケリを付けようと考えていたのだ。


(二発目は考えない!この一撃で決める!)


 ダンタリアの指定によって、元よりこの決闘は、魔力を十全に使える戦いではない。彼女の髪一本に、どれだけの魔力が込められているかは分からないが、少なくとも擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ホウセンカ)を発動できる余裕はないと考えていた。


 だからこそ翔は、二度目の相対の可能性を捨て、最初の一撃に全てを賭けた。姫野との距離が近付き、あと五歩も踏み込めばといった距離で、翔は擬翼(ぎよく)を展開し、急激な加速で彼女に肉薄したのだ。


 普段の彼女であれば、腕などを犠牲にして情報収集に(つと)めた不意の一撃。しかし、今回の決闘では、どんなダメージだろうと、渡された人形にダメージが押し付けられ、その限界によって、人形が破壊された方が負けだ。


(元々、ダンタリアのわがままで始まった決闘だ。塩試合だろうと文句は言わせねぇ!)


 ルールと、姫野の知らない魔法を駆使した翔の作戦、実際に以前の彼女であれば、この一撃で人形を破壊され、ダンタリアは不満の言葉を口にしていただろう。


 しかし、翔が成長をしていた間に、姫野が神への奉仕だけで、ただ無為に毎日を過ごしていたわけでは断じてない。


 彼女は彼女で、新たに契約が可能になった神からとっておきの魔法を授かっていたのだ。今までの彼女の戦闘スタイルを一新させてくれるような、とっておきの魔法を。


玉祖命(たまのおやのみこと)様、御力をお貸しください!」


 翔が突撃を行う直前に発動した姫野の魔法は、一見すると彼女の周りにふよふよと浮かぶ、数十個の石ころが出現しただけのように見えた。


 翔もまさか、姫野が事前に魔法を発動してくれるとは思っていなかったため、面食らったが、もう突撃は止められない。


 発動した魔法ごと食い破るとばかりに、さらに魔力を消費して姫野に突撃した。


「一を前へ」


 けれども姫野はそれを見越していたかのように、全ての石ころを彼女の前面へと移動させ、石ころを等間隔でどこか紋様のような形で配置させることで、猛スピードで向かってくる翔への防御に用いたのだ。


「ぐうぅぅぅ!がはっ!?」


 ただの石ころによる防御、だというのに翔の突撃の勢いは全ていなされ、弾かれた翔は空中に浮かび上がる。


「一を全へ」


「いいぃ!?」


 それでもまだ勝負はついていないと、翔は体勢を立て直してもう一度姫野に突撃しようとした。だが、そんな彼の足に突然、(ひも)のようなものが絡みつき、その行動を大きく阻害したのだ。


「ごめんなさい、天原君」


「うわっ!ぶべっ!?」


 そのまま足の紐を思い切り引っ張られた翔は、地面に叩きつけられた。人形のおかげでダメージこそないが、それを喜ぶほどの余裕は翔にはない。


 翔の頭は、先ほどの石ころによる防御と、突然足に絡みついた紐による攻撃、姫野の魔法への困惑で頭がいっぱいだったからだ。


(神崎さんは基本的に、一つの魔法の発動中は他の魔法を使えないはずだろ!まさか今の魔法って、どっちも同じ魔法なのか!?)


「全を一へ、一を彼方(かなた)へ」


 姫野の声と共に、翔の足は今度は突然、(ひも)から解放された。


「なっ......って、おいおいおいっ!」


 だが、翔がそれを安堵する時間は無かった。なにせ姫野の周りに浮かんでいた石ころが、今度は翔の周りを包囲するかのように、移動したからだ。


(神崎さんの掛け声と石ころの......いやこの石、全部同じ形だ。ただの石じゃない!)


 石ころが至近距離まで近づいたことで、翔もようやくその石ころ群が、ゆるいコの字型に湾曲した、玉から尻尾が生えたような形に統一されていることに気が付いたのだ。


(この形は確か......勾玉?勾玉って確か首飾りの......まずい!)


 石の正体と、それに基づく魔法の正体を朧気(おぼろげ)ながら理解したことで、咄嗟(とっさ)に勾玉の包囲から脱出しようする翔。


 しかし、行動を起こすには遅すぎた。


「一を全へ」


「ぐえぇ!」


 姫野の声で、またしても紐が出現し、今度は足だけでなく翔の身体中を縛り上げたのだ。


「ごめんなさい、天原君。

 この魔法、便利だけど攻撃能力がほとんど無いの。苦しいと思うけど、このまま縛らせて貰うわ」


「そういう、ことか......」


 姫野の言葉と石ころの正体が勾玉であることに気付いたことで、翔もようやく、彼女の新たな魔法の能力を把握するに至った。


 簡単に言えば、姫野が玉祖命(たまのおやのみこと)から授けられた魔法は、数十個の自由に動く勾玉と、それらを結ぶ形で出現する紐の、二つの状態を持つ魔法なのだ。


 勾玉状態であれば、数十個の石を操ることで、鉄壁の防御に使うことができ、紐状態であれば、相手を縛ったり、何かにぶら下がったり出来る。


 今まで姫野に不足していた、相手の能力を見極めるまでに使える防御特化の魔法。彼女はそれを、今回の契約で手に入れることに成功していたのだ。


(クッソ、馬鹿か俺は!俺が成長している間に、神崎さんが成長してないはずがないじゃないか!)


 文字通り雁字搦(がんじがら)めに縛り上げられた翔は、己の考えが浅はかだったと猛省する。しかし、反省したところで状況が改善するわけがない。このままでは、窒息のダメージで人形が破壊されてしまう。


(下手な悪知恵を働かせたのが悪かった!)


 作戦の失敗、追い詰められた状況、これでは翔の完敗という形の塩試合だ。


 翔としては、自分のせいでダンタリアが落胆するのは、彼女にかけられたこれまでの迷惑を考えると全く構わなかったが、彼女の落胆の矛先が、防御特化の魔法を用いた姫野に向かうことだけは避けたかった。


 その避けたい状況が、すぐ先まで迫っているのだ。そして、いくら仲間と言えども、このまま完封されてしまうことは、負けず嫌いの翔としても認められなかった。


(どれだけ使える魔力が残っているとか、人形の耐久力とか余計なことはもうどうでもいい!)


 翔は全ての物事に関する思考を放り投げ、擬翼(ぎよく)から大きく魔力を噴出し、拘束からの脱出を試みた。


 そのあまりの推進力により、雁字搦(がんじがら)めの(ひも)の拘束も、次第に(ゆる)んでいく。事態は翔の思惑通りに進んでいるように見えた。


 しかし、またしても翔の考えは甘かった。そんな推進力を放出している翼が、急に別方向を向いたらどうなるかということを想定していなかった。


 紐の拘束は雁字搦(がんじがら)め。つまり、緩む可能性よりも、力を加えることによって余計に(から)まる可能性の方が大いにありうるということだ。


「んえっ!?」


 そして不幸にも、今回余計に絡まった部分は擬翼の片翼だった。斜めを向いた片翼は、上へと飛ぼうとした翔の身体を、斜め下前方に押し出した。


「はえっ?」


 さらに幸運にも、その瞬間に拘束が解けてしまい、自由の身となった翔の身体は、制御不能のまま前方に飛ばされる。


 防御の勾玉を、翔の(はる)か後方に置き去りにしてしまった姫野の下へと。


「やべっ!?神崎さん!避けてく_どわあぁぁぁ!」


「えっ?あっ......」


 制御不能の弾丸と化した翔は姫野に突っ込み、もみくちゃになった二人はそのまま床をごろごろと転がり、本棚の一つに激突したところで停止した。


「天原君、大丈夫?」


「痛てて.....ごめん、神崎さん。そっちこそ大丈、夫......?」


「?」


 姫野に謝罪をし、助け起こそうとした翔は、自分達の様子に気が付きフリーズした。 


 そう、もみくちゃになって転がった二人は、結果だけを見てみれば、翔が姫野を押し倒したような状態になっていたのだ。


 普段の翔であれば姫野にもう一度謝罪をし、頬を赤らめながらも助け起こしていたことだろう。


 だがこの場には、今の状況を見て面白がるものがいたのだ。騎士道、王道、ハプニング、とにかく面白い物語が大好きで、人をからかうことも大好きな、知識の魔王改め、ゴシップの魔王が。


「ふっ、くく。少年、やっぱり君は面白いね。どうやったらそんな状況になるんだい?

 全く、決闘を()きつけて訓練の一役を買うつもりが、恋物語の当て馬役をやらされるとは」


 そして、そんな決定的な瞬間をダンタリアが見逃すわけがない。


 普段の笑みよりも心なしか口角を釣り上げて笑い声を漏らす、紫の少女の姿がそこにはあった。


「__っー!!!」


「ありがとう天原君。天原君?」


 燃え上がるような熱を顔に感じながらも、なんとか姫野を助け起こした翔は、無言で渡されていた人形を木刀で叩き壊した。


 先ほどの事故は、思春期の心には刺激が強すぎたのだ。もうまともに姫野の顔を見ることも出来ない。例え頼まれても、今の状況では決闘など出来そうもなかった。


「おや、自分から負けを認めてしまうとは。私としては、もう一度決闘の魔力を肩代わりしてもいいんだけどね?」


 クスクスと笑いながらダンタリアが再戦の提案をする。間違いなく確信犯だった。


「うるせぇ!お前も一度は痛い目を見やがれ!」


 羞恥で顔を赤く染めた少年の手加減なしの一撃は、やはり不可視の壁に受け止められ、彼女に届くことはなかった。


次回更新は1/28の予定です。

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