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血を巡る昔話

 燃え盛る館を背に、壮年の男と少女が鬱蒼(うっそう)とした森の中を走り続けていた。


 彼らの背後からは複数の足音と獣の唸り声、それがゆっくりと二人を包囲する形で迫ってきている。


「あっ!」


 走り続けていた無理が(たた)ったのだろう、少女の方が入り組んだ木の根に足を取られ転んでしまった。


 「んっ!うぅ!抜けない!」


 さらに転んだ拍子におかしな力が入ったためか、片足が根の間に挟まり抜けなくなってしまった。


「お嬢様!」


 男が少女の異変に気付き、手に持ったナイフで木の根を切断し少女を助け出す。時間にして十数秒、けれどもこの一瞬で犠牲にした時間はあまりにも大きかった。


 二人への包囲が完成してしまったのだ。


「手間はかかったが、ようやく見つけ出したか。全く、お前の父や兄のように事故に巻き込めれば楽だったというのに、肝心のお前はここから一向に出てこない。おかげで森一つを踏破するはめになったぞ」


 追手のリーダー格であろう男が、自らの労をねぎらう様に手に持った銃で肩を叩いた。


「これが!この扱いが!長年に渡ってフランスに奉仕を続けてきたデュモンに対する仕打ちか!」


少女を背後に隠し、壮年の男が激昂(げっこう)の声をあげた。


「時代が流れれば常識も変わる。今のお(かみ)は先の戦争で振るわれた魔法の力が怖くて怖くて仕方がないらしい。俺達のような管理された力、もしくは教会のような安全な戦力以外は不要とのことだ」


「そんなことをすれば、今度こそフランスは世界地図から消えるぞ!」


「だろうな。けれど(さい)は投げられてしまった。母親の方は不幸な事故だったが、同時に君も処理の対象ではない。むしろ政府は君の力を欲している。降伏するなら今だぞ」


 男の視線と言葉は、壮年の男にのみ向けられていた。その意味は例え言葉にされなくても理解できる。


 ここで少女を見捨てれば、壮年の男はおそらく生き残ることが可能だろう。不安げに自らの服を掴む、震える少女の手を払ってしまえば。


 少女の顔を一瞬眺め、男は前へと振りむいた。最初から答えは決まっていた。


「殺せ!そうすることで得た束の間の安息を枕に、地獄からの業火で、もだえ苦しむがいい!」


「残念だ......総員、斉射開始」


 男の言葉を皮切りに、四方八方から二人に弾丸が飛来した。その蟻一匹通さないほどの密度は、ただの人間に向けたものであれば、一瞬のうちに二枚のボロ雑巾を作り出したことだろう。


 しかし、悲劇は起こらなった。飛来した弾丸はいずれも壁に弾かれたかのように勢いを失っていたからだ。


 両手を斜め上へと向けた壮年の男が何かしらの魔法を使ったのだろう。ただの人間の魔法使いとしては、破格の能力を有していると言えた。


 けれどもその代償は大きい。必死の形相で何かに耐える男の顔には滝のような脂汗(あぶらあせ)が浮かび、足や腕はがくがくと震え今にも倒れてしまいそうだ。男は最後を悟っていた。


「お嬢様、申し訳ございません。これまでのようでございます」


「ダメ!モルガン、死んじゃダメよ!」


「今から私は一つの薬を飲みます。これは自らの血に呪いをかける薬です。これがあれば奴らも私の死体から一度距離を取らねばいけないでしょう。血の加護を持って生まれたお嬢様以外は」


「いや!これ以上家族が死ぬのなんて見たくない!」


「こんな老いぼれまで家族と呼んでいただき、ありがとうございました。お嬢様、どうか生き抜いてください」


 (ふところ)の薬瓶を取り出そうとする男を必死に止めようとする少女だったが、不意に鼻先に冷たさを感じ、驚いて辺りを見渡した。


 すると何ということだろうか、空から雪が、秋が始まったばかりだというのに、しっかりと目に見える形の雪が、深々と降りだしていたのだ。


「ゆ、き?」


 少女が疑問を覚えたと同時に、後方から大きな衝撃音と複数の悲鳴が聞こえてきた。その異常に思わずリーダー格の男も射撃を中止させてしまう。


 そうして悲鳴が鳴りやんだ頃、木陰(こかげ)から姿を現したのは、雪のような深い白色をした髪と瞳、そして氷をそのまま固めたようなランスと同色の軽装鎧を身に纏った軍服姿の少女だった。


 少女が手に持ったランスからは真っ赤な液体が零れ落ち、鎧も所々が赤色の汚れを作っている。その様子は、先ほどの事態の下手人が誰であるかを語らずとも理解させた。


 突然の事態にごくりと喉を鳴らしつつ、ただ状況を見守るしかなかった少女に軍服の少女は近づいてくる。


「な、なぜお前がここに!?」


 リーダー格の男は少女の正体に心当たりがあるようだ。


「本当にあなたたちは下手(へた)を打つことに関しては一流ね。身内を粛清したところで、私という脅威が消えるわけではないじゃない」


 少女は男の言葉を無視して傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な振る舞いを続ける。そうして軍服の少女は二人の(かたわ)らに立った。


「犬は飼い主にされるがままだけれど、狼は檻の中でも何よりも家族を大切にする。あなた達の牙が折れてなかったようで安心したわ。あなた達がいたからこそ、()()はフランスを取り切れなかった」


「まっ、まさか!あなた様は!?」


 何かに気付いた様子の壮年の男をこれまた無視して、軍服の少女は少女の頭に手を乗せた。その手は優しくもあり、同時にどこか突き放された冷たさを感じるものだった。


「ねぇ、あなたは死にたい?生きたい?」


 突然の質問に少女は思わずフリーズする。けれどその時間は一瞬だった。


 もう少女は家族を、そして自分の命が危険に(さら)されるのなんてたくさんだった。


「死にたくないっ!生きたい!」


「よく言えました」


 軍服の少女は少女を()でる。もうその手には突き放される冷たさは感じなかった。


「さて、私の目の届く範囲でずいぶんと好き勝手やってくれたわね」


 なにせその冷たさは成り行きを見つめるしかなかった男達、二人の命を狙った者達へと全て向けられていたのだから。


「こんなことをして、お前の国が無事で済むと思うなよ」


 どこか諦観(ていかん)を感じさせながらも、男達はジャキリと残った銃口を軍服の少女に向けた。


「ふっ、笑わせるじゃない。私の祖国はとっくの昔に滅んだわ。あるのは祖国の上に陣取った、同名のそっくりさんだけ。私の故郷は私の胸の中だけに残ってる」


 ビキビキと音を立て軍服の少女に氷が(まと)わりついていく。真っ白なランスと軽装鎧をより凶悪な形に塗り替えていく。


 そして並行して隣に真っ白な馬を生み出した。馬用の鎧を着こみ内側で両耳が触れ合う特殊な耳の形を持つその馬は、過去の産物となって久しい軍馬の姿そのものだった。


「それをどうにかしようだなんて、疑いようもなく敵ね。お前も、お前の所属する暗部も、命令を下した能無しも、みんなまとめて滅ぼしてやるわ!」


 少女は軍馬に飛び乗り突撃を開始した。


「総員、一斉斉射!」


 男達も負けじと応戦したが、少女の形をした暴虐を止めるには必要なものが何一つ足りていなかった。


 壮年の男は悲惨な状況を少女に見せぬよう隠そうとしたが、少女はそれを拒否して目の前の光景を脳裏に刻み付けた。優しく、勇ましく、そして好きなように生きることが出来る強さを持った少女の姿を。


お待たせしました。本日より第三章の開幕です。


更新ペースは前回同様に四日置き更新を予定しています。第三章も楽しんでいただけたら幸いです。


次回更新は1/16の予定です。

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